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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第五章
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今、やるべき事

 現見の部屋の香りが俺の肺をフローラルにして、二時間が経過した。俺達は話をする事なく、勉強をしていた。


「ねぇ、銛矢君。休憩しよう」


 そう言って現見はオレンジ色のシャープペンの芯を、机の上に押し付け芯を収める。俺は現見の部屋に掛けてある、可愛らしい時計を確認しながら「そうだな」と言い現見に倣って、シャープペンの芯を収めた。


「んーっ! 頭使ったなぁ」


 俺は大きく伸びをして、一気に脱力する。今まで緊張していた反動だろうか、背中の筋肉がピクピクと動く。


「何か話でもしようよ」


 現見は大きな目をぱちぱちと瞬かせ、俺に否定をさせなかった。


「ああ、どんな話でもついていけるぜ。しかし、現見、今日は何だか、ずっとそわそわしてないか?」


「そ、そうかな? 気のせいだよ」


「何かを気にしている雰囲気というかなんというか」


「えー。あー。うー」


 現見は腕を組みながら、上を見たり、下を見たりして視線が合わない。


「まあ、それは置いといてさ! 銛矢君に訊きたい事あるんだけど、訊いてもいい?」


「ああ、何でも訊いてくれよ」


 ホッとしたように、現見は胸に手を当てる。なんとなく視線が現見の胸に集中していた事を悟られないよう、現見の顔を見る。


「銛矢君は、どこの大学目指しているの?」


「地元の国立。文学部かな」


「へぇ、文学部かぁ」


「現見はどこの大学に進むんだ? やっぱり、東京へ行くのか?」


「うん。そうだね。でも私立は考えてないかな」


 現見は小さな八重歯を見せて、照れながら言った。本当に可愛いなぁ。思わず顔がにやけてしまう。


「っと、ちょい待ち。東京で、私立を抜きにして……。まさか! 現見、東大行くのか?」


「東京にも他に国立はあるでしょう? 東京歯科大学とか、東京外国語大学とか、一橋大とか……」


「で、答えは?」


「文科Ⅲ類」


「東大じゃねーか!」


「まあ、目標は高く、だよぉ」


 俺に向かってブイサインを作り、人差し指と中指をくいくいと動かす現見の仕草が、とても女の子らしかった。


「やっぱりスゲぇな……現見。勉強出来て、委員長で、真面目で、皆に人気で、女の子らしくて……。とてもじゃないが、敵わない」


 俺は両手を頭の後ろに回して、仰向けになる。天井は真っ白で、まばたきするとチカチカと目が痛かった。


「いきなりどうしたの? 銛矢君は私と競っているの?」


「いや、そうじゃない。そうじゃないんだ」


「そうだよね」


 現見の表情は見えなかったが、言葉の調子から、彼女が暗い表情をしていると感づいた。俺は体を起こして、現見を見る。


「どうか、したのか? 現見」


「いや、何でも無いよ」


「そっか」


 沈黙が苦手というわけでは無いが、俺はここで起きている沈黙に身を任せることが出来なかった。気が付くと、俺は口を開いていた。


「なぁ、現見。少し、質問したい」


「何かな?」


「もし、もしもだぞ? 現見はさ、いつも自分の近くにあったものが、突然なくなってたら……どんな気分だ」


 現見は少し考えてから、真剣な口調で答えた。


「私は、哀しいよ。多分、いえ、きっと……哀しむんだと思う。辛いじゃない。何かを失うのって」


「そうだよな。哀しいよな……。でも、失わないと、くさないといけない状況ってのもあるよな」


「んー、考え方が難しいね。例えば?」


「例えるなら、そうだな……。友達が、突然親の都合で海外へ行ってしまうってトコだ」


「随分と回りくどい考え方だね。銛矢君らしくないね」


「俺らしく、無い……か」


 現見の部屋の天井を見つめるが、俺は何か違うものを見つめている気分だった。


「ジルちゃんの事で悩んでいるんでしょ」


 俺は驚きのあまり言葉を失う。何故女の子はこんなにも勘が鋭いのだろうか。


「……!? ……ああ。なんで分かるんだ? 現見はメンタリストか何かなのか?」


「そんな大層な職業には就けないと思うけれど、簡単な心理学なら心得てるから」


「やっぱり、敵わねぇな」


 俺はもう一度上を向き、右手の甲を額に乗せる。現見は目を細めて薄く笑った。その後、間髪入れずに真面目な疑問が俺にぶつけられる。


「ジルちゃん、どうかしたの……?」


 俺は目を閉じ、少し考えてから口を開いた。


「ああ、まぁ……な」


「何があったのよ」


「いや……。えぇと、その……」


「ゆっくりでいいよ。落ち着いて」


「ううー。うーん。--やっぱり……言えない! すまない! 現見っ!」


 俺は立ち上がり、現見の部屋を飛び出した。飛び出して、走る。走った。とにかく、走った。

 勉強は大事だが、今俺が考えなくちゃならない事は何か。分かり切ったことだ。



 俺はジルを助けなくちゃならないんだ。

 

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