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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第五章
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女の子の部屋ってなんでこんなにいい匂いなんだろう

 現見の家は、街の外れにあった。車の通りも少なく、静かな所だった。大きな玄関の扉の前で、俺たちは車を降りた。そして現見はセンチュリーをガレージに向かわせる。


「お邪魔します」


「いらっしゃい」


 玄関を開けた所に居たのは、着物を着た校長先生だった。色は目に優しい明るめのグリーンで、足袋を履いているのが分かった。


「こ、こんにちは。校長先生」


「いやねぇ、休日くらい先生って事を忘れさせてよ。校長という役職になってから長いけれど、孫がボーイフレンドを初めて家に連れて来たのだから、一人のおばあちゃんとしてお話させてちょうだいよ」


 気宇壮大な校長先生の器量にはただ頭を下げる他なかった。しかし、何か気になる事を言われた気がしたのだが、気のせいか。


「お、おばあちゃん! 私たち、今から勉強するんだから--。とにかく、邪魔しないでよっ」


 現見はそう言って、俺のためにスリッパを用意してくれる。なんて出来た娘なんだろう。


「うふふ、可愛いわねぇ。でも、休日なのに制服なんて……。ガッカリしたでしょう、銛矢君?」


「う?! …………いぃ」


 言葉にならない驚きを、どの様に表現すべきか迷っていると、現見が叫ぶ。


「おばあちゃん! 銛矢君も!」


 太もも辺りのスカートを両手でぎゅっと握りしめ、こちらに叫ぶ現見はとても可愛かった。


「あらあら、ケンケン言ってるわね。じゃあ、後は若い者に任せて--」


「おばあちゃん!?」


 休日でもパワフルな校長先生を振り切り、二階の現見の部屋までたどり着く。

 二階建てとは、本当に立派な家をお持ちのようだ。確か現見の家系は代々教師になるとか聞いたっけか。教師って公務員だろ。こんな豪奢な家に住めるのか。


「さっきからキョロキョロしてるね。銛矢君。どうかしたの?」


「い、いや。少し緊張したというか、なんというか」


「そっかぁ、じゃあ落ち着けるようにお茶でも淹れてもらおっか。おばーちゃーん! ジャスミン茶二つおねがーい」


 二階から、階段に向かって大きな声で注文を飛ばした現見に、俺は咄嗟に突っ込んでしまった。


「校長先生に頼むのか!?」


「え? 何かまずかった?」


「いや、何でも無い。ただ、少し……驚いて」


「……? まぁ、早く勉強始めようよ。時間がもったいないよ」


 確かにそうだ。

 今日は現見との初デートだ。俺が、勝手に決めたのだが。現見と二人っきりで勉強なんて、至福。口が裂けても楠宮なんかには言えないな。女子だけでなく、男子の評価まで悪くなると居場所がなくなる。

 現見が華奢な腕で自分より重そうなドアを開く。部屋の中は現見らしく、整理整頓されている。女の子の部屋独特の甘い香りに、身体がふわふわと宙に浮いているように錯覚した。どうして女の子ってこんなにいい匂いがするんだろう。


「適当に座ってて。お茶持ってくるよ」


 バタンとドアを閉める現見。

 現見の部屋に一人で正座している俺。正座したまま、部屋を見回してみると、小さな勉強机、ガラステーブル、白いベッドがある。ベッドの上にはペンギンのぬいぐるみが二体置いてあった。本棚には様々な本が収納されている。文庫本、ハードカバー、雑誌、コミックス、実用書--。本そのものが好きなんだな。流石は現見。


「ん? これって……」


 本棚の一番下の段に少し古い本があった。題名に惹かれ、手を伸ばそうとした所で、現見がドア越しに声を出したので、俺はびくりと身体を震わせ、ドアを見た。


「銛矢君ー! 開けてー」


 その声にすかさず俺はドアを開ける。結構重たいドアだった。


「えへへ、ゴメンね。お盆持ってたから、手が塞がっちゃって」


 お盆を持ったまま、現見はペロッと、少し舌を出した。現見のチャーミングな仕草に、俺の心臓が激しくエイトビートを刻んでいる。俺は現見からお盆を受け取り、そのままガラステーブルに置く。そして、肩から掛けていたバッグを降ろし、筆箱を取り出す。


「さて現見、何から取り掛かろうか」


「うーん。まずは無難に数学かな」


 現見は机の上に置いてあった赤本をガラステーブルに移動させる。赤本にはピンクやオレンジの付箋がいくつもあり、使い古されているようだ。


「ああ、そうだな。あれ、現見もう赤本使ってるのか」


「うん。センター対策も同時進行だよ。センターまで、あと三ヶ月切ってるしね」


 センターとはセンター試験のことだ。古い言い方をすれば、共通一次というやつだ。大学に受験するために、まず受験生が艱難辛苦を味わう試験だ。英語のリスニング問題は、去年もトラブルを起こしていたようだ。


「現見、センター何教科いるの?」


「うーんと、国語、英語、数学ⅠA、ⅡB、世界史、政経、生物かな。銛矢君も大体似たような物だよね」


「ああ、俺は政経じゃなく、倫理をとったからな」


 なんともデートらしくない会話だと感じるだろうが、甘い。俺にはこの会話さえ、甘く尊いやりとりに感じるのだ。というより、デートデートと嘯(うそぶ)いているが、もう考えるのをやめよう。

 俺はピリピリと痛みだした足を崩して、数学の参考書の頁(ページ)をめくった。




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