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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第五章
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真意と緊張

「ジルが……俺に……? な、何だって?」


 俺は自分の耳がおかしくなったのかと思い、ダグに聞き返した。ダグは相も変わらず俺に指を差し続けている。


「だから〜。うちの妹、ジルは……君に惚れてるの。ゾッコン! ラブ! スキ! ダイスキ! ムチュー! そう言えば分かるのかな? 銛矢君よ」


「本当に……。何を……!? 信じられませんよ。そんな事」


 俺は首を深く下げて、膝の上に固めた自分の拳を呆然と見る。何分かの沈黙のあと、大切な事に気がついた俺は、ダグにもう一つ問いかける。


「じゃあ、ジルが……死んでしまうという話は」


「うん。本当だよ。君に惚れたままじゃあ、とても危険で夜しか眠れないよ」


「夜寝れるなら充分でしょ」


「出来れば昼も寝たいじゃないか」


「週二日休んだ上に昼に寝るんですか」


「人魚界は暇なんだよ」


「…………」


 伝家の宝刀『だんまり』を決め込もうと思ったが、俺は我に返り、話を続ける。


「そんな話がしたいんじゃないんですよ! 俺は、人魚の事をよく分かっていません。だから、ジルが死ぬとか、俺に、その……惚れてる、とか……。何故、そんな事になるのか」


「せっかちだなー。君、一人っ子だろ?」


「そうですけど、今関係ありますか」


 ダグは肩を竦めてから話し始める。


「まぁ、そう焦るな。少年。まずは人魚の事から話してあげようじゃないか。しかし、オレはお喋りが苦手だから、面倒な説明は割愛しながらだけどね」


「どの口が言ってんですか」


 ダグは俺の言葉にニカッと笑ってから、すぐ真剣な表情になってから話し始めた。


「人魚はね、昔から人間とは違う世界で生きてきた。海で、ね。これは当たり前の事だ。マグロが海で生きるように、シマウマがサバンナで生きるように、サソリが砂漠で生きるように、人間が地上で生きるように、ね。

 オレら人魚はさ、本当なら君達人間とは生きられない生物なんだよ。人魚ってのは所詮、人間の影に潜んで生きる、ちっぽけな伝説に過ぎない。しかし、君達が思うよりも人魚は凄くてね。このような脚を作って地上に上がれたりもする。--いや、これについては詳しくは言うまい。

 で、うちの妹、ジルが人間界に来た理由だ。これはずーっと言ってるように、君の事が好きだからだ。間違いない。

 じゃあ、何故。この状況がまずいのか、説明しておこう。人魚は基本海に住んでる。淡水魚が海水で死んでしまうようなもので、人魚は海に居なければならないんだよ。だが、ジルは君に会いに来てしまった。

 で、オレが来た。オッケー?」


 長々と説明していたが、重要な部分が綺麗に割愛されている。俺は予告が長くて本編が短いDVDを観せられたような、遣る瀬無い気持ちになった。


「あれ? どしたどした? 炒飯とピラフの違いが理解できない! って顔して」


「んな顔してませんよ。それに今の説明は割愛し過ぎですよ。全く伝わりません」


 ダグは「もーう」と言いながら、左足で何度か地面を蹴った。ざっざっと硬い砂が音を出していた。


「理解力なさ過ぎだね」


「…………いいから」


 俺は沸騰してしまいそうな血液の温度をどうにか下げようと、ダグから目を外し、薄明るくなり出した空を見上げて、心を落ち着ける。


「最後だからなー。まぁ、簡単にまとめると、人魚が人間に恋するってのは禁忌なんだよ。だから、夢見がちな姫様を連れ帰るために俺が来た。これで分かったかい?」


「禁忌、なのは……分かった。何故ジルが死ぬって……」


「キミ、本当に何も分からないんだな。魚は水の無い所には居られないだろ?」


「え……ああ」


 なんとなく、本当になんとなく、俺は頷いてみせる。なんて理由なんだろう。そう感じたが、ジルが死ぬとなると、受け入れるしかない。こいつはなんと言ってもジルの兄であり、人魚だ。その人魚が言うなら間違いないのだろう。俺はベンチから腰を浮かせ、深呼吸してからダグに言った。


「俺は、何をすればいいでしょうか」



 休日に、誰かと出掛けるというのは、非常に心踊るものだ。普段はこのような気分にはならないのだけれど、相手が現見京子てんしさまとなれば話は別である。幸運だ。幸運過ぎて恐い。朝食が喉を通らないなんてものではない。

 昨日、現見から連絡があったのは昼の事だ。『一緒に勉強しない?』とメールが入ったのだ。しかも、キラキラとした絵文字まで付いていた。ハートでないのは残念だが、そこはそれ。現見からのデートの誘いだ。心が踊らない訳がない。


「さて、行きますか」


 鏡の中の自分に一言呟き、顔を引き締める。油断すると緩んでしまう頬を軽く捻り、ぶんぶんと首を振る。


「気持ち悪い。どこ行くの?」


 洗面所の扉の前に、仁王立ちしている金髪女が短く俺に毒づく。ジルに少し驚きながら、緩みそうな口元を尖らせながら俺は洗面所を出ようとする。


「……! お前には関係ないだろ。どいた、どいた」


「口、緩んでるけど」


「う、うるせえな!」


「何よ……変なの」


 俺に対抗する様に、ジルも口元を尖らせて言った。しかし、すぐに「いってらっしゃーい」と力無さげに言った。俺は「うん」と「おお」を足して二で割ったような返事をしてから、家を出た。


 停車と共に沢山の人が電車を降りてくる。引く波の後は寄せる波、ホームに待っていたスーツを着た人や、髪を脱色した若い男女、虫眼鏡の様な厚いグラスをかけた老翁、様々な人間に電車の椅子が埋められてゆく。

 俺はドアに近い席の吊革を掴み、背筋を伸ばした。満員電車とまではいかないが、日曜日ということもあり、車内は込み入っている。


『明日、学校前で待ち合わせね』


 昨日届いた現見からのメールを開き、少し表情が緩む。発車のベルと共に閉まったドアに自分の顔が映り、目をぎゅっと閉じてから表情を戻す。

 携帯電話を取り出した時に裏返しになって飛び出したポケットを、元の状態に戻すように、携帯電話をズボンの左ポケットへと戻す。

 ああ、緊張してきた。嬉しさと緊張の板挟みで、どうかしてしまいそうだ。こんな時は素数でも数えて落ち着こう。


 学校前に近づくと閉まっている校門の前に人影が見える。恐らく現見だ。十一時に待ち合わせだというのに、もう到着している。まだ十一時十分前だというのに。

 俺の姿に気がついた現見は、こちらに向かって大きく右手を降り、こちらに駆け寄って来た。


「よお、現見。待ったか」


「ううん、私も今来たところだよ」


 休日だというのにいつもの制服姿だった。現見の私服が見られないのは残念だ。


「どうしたの? 銛矢君。カップ焼きそばを全部シンクに流しちゃったみたいなガッカリ顏だよ?」


「それを言うなら、三年間やった部活で補欠の奴が背番号もらえなかった時の顏だよ。俺は淡い期待をしていたんだが、儚く散ってしまったよ」


 俺は空を仰ぎ、目を細めながら消えそうな声で、そう言った。現見は、首を傾げ真っ直ぐに俺を見る。大きく、綺麗で、純粋な瞳に吸い込まれるように錯覚した。


「まあ、背番号の話はこれくらいで。じゃあ行こうよ」


 現見はそう言って俺に背を向け、真っ直ぐに歩きだした。俺は慌てて、現見の背中に呼びかけた。


「待てよ現見。行くって何処にだよ。図書館ならこっちだぞ」


 現見は身体を少し捻り、横顔を見せながら俺に言う。


「車を待たせているの」


 学校の裏手の路地に入り、真っ直ぐ進んであまり広くない道路に出る。そこには黒光りした、厳かな車が停まっていた。


「センチュリー……」


「銛矢君、乗って」


 言われるまま、後部座席に乗り込む。何処に座ればいいか迷ってしまいそうな程、車内は広かった。俺はドアに近い席に座った。現見は助手席に乗り込み、運転手に行き先を伝えていた。


「現見、今から……何処へ」


「私の家だよ」


 後ろの席からなので、現見の表情がよくわからなかった。

 だけど、現見が笑っているように感じたのは、俺の気のせいだろうか。

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