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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第四章
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並び替えと痴話喧嘩

喧嘩する程仲がいい。

「みゃーちゃんが……自殺を?」


「勧めたって……?」


 俺とジルは顔を見合わせて、みゃーちゃんが言った事を確認する。俺たちは少し沈黙してから校長室に視線を戻す。


「あなた……何を……」


 校長室の表情は見えなかったが、きっと驚きを隠せない程に動揺していた事だろう。

 みゃーちゃんは続ける。


「ですから、私はこの学校を離れません。この学校に居られなくなった時が私の教師生命の終わりです。そう、考えています」


「どうして? 本当に……あなたが?」


「ですから、非常にいい話ではありましたが、申し訳ございません。辞退します」


 そう言ってみゃーちゃんは校長先生に深く礼をした。


「まずい!」


 俺は小声でそう言って、ジルの手を取り西階段へと走った。みゃーちゃんは振り返り、校長室を出てくるだろう事が容易に分かったからだ。

 俺たちが西階段に到着した瞬間、校長室のドアが開く音が聞こえた。ジルはすかさず壁際から顔を少し覗かせて廊下の様子を確認する。『元気ヨーグルト』のストローを咥えながら、俺もジルにならう。


「確かめたい事があるわ。図書室に戻りましょう」


「ん? ああ、そうだな。そうするか」


 『元気ヨーグルト』はズゴゴと控え目に音を立てて、内容量をゼロにしていた。



「確かめたい事って、なんだよ。ジル」


「すぐに、分かる筈よ。この予感、当たって欲しくはないけど。裏打ちがないと……」


 そう言って、ジルはスタスタと本棚に向かった。俺は勉強道具を置きっ放しにしていた机に戻り、座った状態でジルを待った。


「はい、これ」


 そう言ってジルが机に置いたのは三冊の本だった。三冊の本には見覚えがある。


「これ、今までメモが挟まっていた本……か?」


 夏目漱石『こころ』、三島由紀夫『夜会服』、寮美千子りょうみちこ『たいちゃんのたいこ』この三冊に何か意味があるのだろうか? それとも、まだ隠されたメモが?

 顎に手を置き「うーん」と唸っていると、痺れを切らしたジルが、机をばしんと叩いて言った。


「アンタ! 今までの推理はマグレだったの? ちゃんと確認しなさいよ」


「………。分かりませんが?」


 ジルは右手を腰に当て、左手を額につけて「やれやれ」と言って、静かに言った。


「著者名と、著書の頭文字とってみて」


「な、こ、み、や、り、た……。あっ!」


 成田美弥子なりたみやこ! みゃーちゃんの名前が……! アナグラムになっている!

 どうして気がつかなかったのだろう。俺は額に手をやり、考える。

 あれ? なんか、引っかかるな。


「嫌な予感、的中ね……全く」


「まぁ、あんな話訊いてしまえばな……それにしても」


 それにしても、の後の言葉が見つからず沈黙していると、ジルが口を開いた。


「それにしても、これからどうするか。ね」


 ジルは腕を組む。つられて俺も腕を組んでしまう。


「ああ、でも知ってしまった事だ。あずみさんの事もあるし……。確かめないワケにはいかないよな」


「そうね、海。……じゃあ、真相を確かめに行くわよ」


 そう言ったジルの目は真っ直ぐで、力強く、とても、とても頼もしいものだった。



 頼もしかった。

 少しでもそう思ってしまった事を訂正したい。

 ジルと俺は鞄を持ち、職員室まで来た。ここまではいい。至って普通だ。しかし、ここでジルは意外にも俺から職員室に入るように言ってきたのだ。


「なっ! あんなに勇んで図書室出た奴が、どうして土壇場になって怖気づいちまうんだよ」


「仕方ないでしょ! アタシは女の子よ! 『日本の女性は男性の一歩後ろを歩くもの』って本に書いてあったし!」


「お前、日本人じゃねーだろが!」


もっとうとしとなす。よ」


「字が違うだろ! それ! 意味も!」


「何よー! うまい事言えた筈よ! おひねりがあってもいいくらいじゃないの!」


ひねった事を言ってから、おひねりを強請ねだれよ」


「はぁ? 何それ。上手くないです~」


「はっ……。この掛詞の素晴らしさががわかんないかなー。センスない奴はこれだから困る」


「ん~~、うるさいいいっ! 男を立ててやろうとする女心がわかんないわけ? そりゃーモテない筈だわ!」


「ってめー! それだけは言ったら駄目だろ! 俺の琴線に触れやがって!」


 いつの間にか、俺とジルの言い合いは、取っ組み合いの喧嘩にまで発展していた。顔と肩に食い込む爪が痛い。左頬がヒリヒリしてきた。引っ掻き傷が残るかもしれない。


「顔はやめろ! ボディにしろ、ボディに!」


「うー! るさい!」


「いってーーーー!」


 そう言って、見事に引っ掻かれた。猫か、こいつは……。いや、人魚だけどさ。


「うるせーぞ、ガキ共ー!」


 職員室のドアが豪快な音を立てて開く。みゃーちゃんこと成田美弥子教諭がカンカンに怒っている。


「中にまで声聞こえてんだ! 痴話喧嘩なら家でやってな! 見せつけやがって、忌々しいっ!」


「俺の決めゼリフ取られた!」


「うるせー! 二人とも正座!」


「はい」


 俺とジルは取っ組み合いをやめて、即座に床に正座をする。俺はジルに引っ掻かれた頬をさすりながら、ジルを睨みつける。ジルも鋭い眼光で俺を威圧している。


「どうして、職員室の前で痴話喧嘩を? はいっ、銛矢」


 みゃーちゃんに指名された。俺はおずおずと答える。……なるべく、慎重に。


「ええと、その……。先生に用事がありまして……」


「なんだそりゃ? はいっ、トールボット」


 ここで回答権がジルに移る。ジルも俺と同様に、動揺しながら答える。


「そそっ、そのですねー。どちらが職員室に乗り込むか……で、言い争いに、その、なりまして」


「それで痴話喧嘩……か?」


 俺達は同時に「はい」と答えて、みゃーちゃんの言葉を待つ。みゃーちゃんは仁王立ちのまま俺とジルに激しく言い放つ。


「子供か! お前ら!」


「その通りです」


 完璧なまでのユニゾンに、みゃーちゃんは呆れて溜息を漏らした。ここぞ、とばかりにジルが口を開く。


「ところで、先生。これから暇ですか?」


「ん? ああ、一応な。もう帰ろうとしてたところだ」


 ナイスだ。ジル!

 チャンスを逃さない為、俺は間を開けずにみゃーちゃんに言う。


「先生とデートがしたいです!」


「え? えぇぇ? ……っへへへ」


 満更でもないのか! どれだけ男に誘われない女性なんだ。なんか、悲しくなってきた。


「でも、私たちは、教師と生徒の関係だぞ」


「大丈夫です。一線は越えませんから」


「んなら、オーケー! 裏門で待ってろ。車取ってくるから」


 そう言ってみゃーちゃんは一旦職員室に引っ込んだ。職員室の扉が閉まった瞬間、俺達は安堵の溜息を吐いた。


「一応は成功か?」


「ええ、そうね。でもまたアンタの新しい噂が広がりそうね」


「は?」


「ほら、あそこ」


 そう言って、ジルは下足場を指差す。そこには居てはいけない人物が親指を立てて、ウインクをしている。


「く、楠宮……」


 楠宮に聞かれていた。俺は弁解しようと立ち上がろうとするが、足が痺れて立ち上がれなかった。


「まて、楠宮……。話せばわかる!」


「フッ……。お大事にー!!!」


 そう言って、楠宮は走り去ってしまった。壊れかけのロボットの様に、ジルと目を合わせる。ニヤリと笑いながら、ジルは言う。


「お幸せに」


 足の痺れが無ければいいのに、と本気で思った。ああ、本当に忌々しい。

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