ごめんなさい
みゃーちゃんを裏門で待つこと六分。俺とジルの前に淡いブルーのラパンが止まった。
「なんかイメージと違うわね」
「ああ、軽自動車のイメージでは無かったな。もっと、こう……速そうな奴かと」
車の窓がゆっくりと開き、みゃーちゃんが顔を出す。俺たちの会話が聞こえたのだろうか、みゃーちゃんの顔には「文句ある?」という表情が貼り付けられていた。
「ちゃっちゃと乗って。ーーで? どこ行くのさ」
「ああ、俺の家の方まで……」
「タクシー替わりとかじゃ、ないよな?」
みゃーちゃんは見た目とは裏腹にーーと言うと、みゃーちゃんに怒られそうだがーーかなりの安全運転だった。
線路沿いに等間隔に並んだオレンジ色の街灯がアスファルトをぼんやりと照らしていた。緩やかな左カーブが終わり、そろそろ駅に到着するというところで俺はみゃーちゃんに言った。
「そろそろ目的地ですよー。スピード落としてくださいね~」
みゃーちゃんは前を向いたまま「おー」と言いながら、アクセルから足を離して徐々にスピードを落としていく。
左に折れると駅のロータリーがあるが、そこを直進し、直後に右にある空き地へ入るように指示した。そして、最後に一言。
「で、あそこの月極駐車場に止めてください」
「いいのか? 月極だぞ」
「問題ありません。月極ですから」
「つきぎめってなに? 『げっきょく』って書いてある駐車場のこと?」
ジルは月極を『げっきょく』だと思っていたらしく、興味津々に後方の席から身を乗り出して俺に訊いてきた。
「ああ、あれが『つきぎめ』だ。お前、国語そんなにダメだったっけ?」
「平仮名は完璧よ!」
ジルはエッヘンと威張っているが、威張るようなことではない。
「五十二文字すべて覚えたわ!」
「二つ余分に覚えてないか!? 何と何だ!」
「『ゑ』と『ゐ』と『乙』」
「二文字目までは許そう。だがな、ジル……『乙』は漢字だぞ」
しかも、五十二文字なのに三つだしてきたという事は、五十音のうち一文字が欠けているぞ。
「お疲れ様って意味じゃないの?!」
「日本で何を吸収しているんだ、ジル」
それはネットスラングだろ。しかも意味を持つのは漢字の特徴だろ。気づけよ。
ジルとの話が終わる頃には、みゃーちゃんは駐車場に車を入れ終わっていた。
「よし、降りろ降りろ。で? どこで話をするんだ?」
「ここですよ」
俺は親指でちょいと合図をだして、月極の駐車場の縁石辺りを指す。
「あずみの……店か」
喫茶『となりや』に他の客の姿は無かった。相変わらず閑散としているな、この店は。閑古鳥もここでは鳴いてくれないほどに静かである。
「みや姉が来るなんて驚きだな。いつ振りだろうね?」
あずみさんは俺たちにコーヒーを出し、自分のマグカップに口を一度つけてから言った。
「そうだね……。高校以来かな……。懐かしい」
俺はジルと顔を見合わせて、どちらが話を切り出すかを、目でやりとりした。そんな俺たちを見て、あずみさんは快活に笑ながら言った。
「お前ら仲直り出来たのか! アイコンタクトなんかしちゃってよぉ」
「放っておいてくださいよ! あずみさん」
俺はあずみさんに軽く反発してから、意を決して話し始めた。
「えっと、ですね。あずみさん。みゃーちゃん。今日は真面目な話があって、きました」
ジルは背筋をぴんと伸ばし、真剣な表情でコーヒーを見つめている。
「なんだい? 銛矢。いやに真剣だな」
「ええ、シリアスな場面ですから」
「そ、じゃあ茶化さないでおく」
俺はコーヒーを半分程飲み、口の渇きを癒してから口を開く。
「道玄坂あさみ、あずみさんのお姉さんの自殺を勧めたって……どういう事なんですか」
今日はコーヒーが嫌に苦い。
そんな気がした。
沈黙。時間にすると、刹那的な沈黙だったろう。しかし、空気が、雰囲気が、止まっていたのを肌で感じる。重苦しい空気の中、口を開いたのは、あずみさんだった。
「海、冗談にしても、笑えねぇよ」
「冗談でこんな事言える程、ブラックユーモアを備えていませんよ。あずみさん」
あずみさんに対し、軽く言葉を返してから、みゃーちゃんを見る。
「……はぁ、見つけたの? 手紙。ようやくって感じだね」
「ええ、やはり、これらはみゃーちゃんが……意図的に、本に挟んだものですね」
そう言いながら、俺はルーズリーフを一枚取り出し、みゃーちゃんの前に置く。ルーズリーフには今までのメモの内容が記されている。ジルが図書室で書いた物だ。
「いつ、気がついたの?」
「薄々と分かったのは、校長先生と話してからですね。決定打は今日の校長室でのやりとりですが……」
「あら、聞かれてたか」
みゃーちゃんは少しの間、目を閉じて、二三、深呼吸をした。俺たちはじっとみゃーちゃんが口を開くのを待った。
「ふぅ。あずみ、先に謝っておく。本当にーーごめんなさい」




