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罪な人魚の都落ち  作者: 闍梨
第四章
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走る心臓

 俺はひとまず、家の周りからジルの捜索を始めた。もう日が落ちてきているってのに、全くあの人魚姫はっ!

 まず俺は駅を捜索した。帰宅ラッシュの時間帯だが、この駅に人は多くない。直感、ではあるが俺はホームをざっと見渡し、金髪ロングヘアがいない事を確認して、捜索を継続する。


 走るのは得意ではない俺だが、走らずにはいられなかった。こめかみから流れる汗は、走った事による副産物なのか、はたまたジルを心配しての物だったのかは分からなかった。しかし、歩いてしまうとジルを見つけられないと勝手に思い込み、俺は走り続けた。アスファルトを蹴る音がどこか遠く聞こえた。


 商店街に行ってみた、河川敷に行ってみた、だがジルは見つからない。

 俺の気持ちはイライラから焦りに変わっていった。このままあいつが何処かへ行ってしまうのではないかと心配して……。


 もうどれくらい走っただろう。足はパンパンだし、肺が痛い。口に溜まった唾液の味は鉄のような感じがする。酸素が身体に足りていないとわかる程に喉の辺りが苦しかった。

 俺は方向を変えて走った。とにかく、走った。どうしてあんな事言ってしまったんだ。俺はただ、自分の勉強の出来なさをジルのせいにして……。

 駅まで戻り、薄緑色の塗装がはげかかった陸橋を駆け上がり『となりや』がある方向に走った。

 かいだんを全力で駆け上がっていると、すれ違った女子中学生二人に「何あれ?恥ずかしっ」などと言われていたように聞こえたがまあいいだろう。俺は必死だった。

 『となりや』の扉を勢いよく開けると、あずみさんが一人でグラスやカップを拭いているところだった。


「おお、おまえか」


「ジルは、ハァ。ジルは、きまっ……ハァ、せ、んでしたか」


 自分で言うのもなんだが、物凄いスピードでダッシュし、急停止した後にしてはハッキリと言葉にできていたと思う。


「落ち着けよ、海。ほれ、水飲め」


 先程磨き終えたのであろうピカピカのグラスに、あずみさんは水道水を注いでくれた。


「す、み、ません」


 俺はグラスの水を一気に飲み干し、息を整えてからもう一度訊いた。


「ジル、来ていないですか! 急に飛び出して行っちゃって……」


「喧嘩、したのか?」


 あずみさんのトーンが低くなる。怒っているのではなく、真剣で、シリアスな口調だった。俺は今日のジルとの喧嘩でどんな事を言ってしまったかを簡単に説明した。


「いえ、俺の八つ当たりのせいで、ジルを傷つけてしまって。ーーーー酷い事、言ってしまったんです」


 あずみさんは煙草に火を付けて、大きく息を吸い込んだあと、勢いよく俺に息を吹きかけた。メンソールの匂いと煙草独特の鼻に付く葉っぱ臭さが俺の全身に纏わりつく。

 あずみさんは静かに微笑みながら、奥の部屋に向かって言った。


「そりゃあ、謝らなくっちゃあねー。どう思う? ジルちゃーん」


「え?」


 奥の部屋からジルが現れる。俺と全く目を合わせようとしないのは、ジルが泣いていたからだろう。赤く泣き腫らした目が遠目にも分かった。


「女の子、泣かせんなよな」


 呆れたように言うあずみさんであったが、そこには年下の兄妹喧嘩を諌めた後の姉のような風情があった。


「何か言う事は?」


 あずみさんに誘導され、俺はジルに模試の出来が悪く八つ当たりしてしまった事を謝罪した。ジルは後ろで手を組み、モジモジしながら口を開く。目は合わせない。


「いいわよ。アタシもす、少しは反省してるし」


 しおらしいジルの態度に少しばかり心臓の鼓動が大きくなる。額の汗を左手で拭って、シャツで拭く。俺もジルから目線を外しながら努めて明るくジルに提案した。


「じゃあ、ウチに帰って、飯でも食いながら作戦会議するか」


 目を腫らした人魚姫は視線を左下に落としながら、俺にギリギリ聞こえるか否かの声量で言った。


「うん……。わかれば、いいのよ」


 俺の心臓はまだ走るのをやめないようだ。

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