カタコト、トールボット
「いらっしゃーい! いらっしゃいませー! フランクフルトー、安いですよー!」
活気があるのはいい事だ。だが、どうだ? お客さんが少ない。フランクフルトなんて一人一本買えば上等だ。一人で二本も三本も食べるようなものではない。お昼時になって人間も徐々に増えてきているものの、未だ売り上げ数は五十本に満たない。
「いっ! イラっしょいマセー! どどど、ドデスカー? フランクフルトオイシヨー!」
ジルは緊張からか、物凄いカタコトになっていた。こっちの方が留学生らしくていい。俺は心の中で笑ってやった。
俺と楠宮はフランクフルトを焼く係りで、九時から休みなしで働いている。模擬店をやるクラスは中庭に店を出すので、外から来たお客さんを捕まえやすいのだが、俺達はかなり暇をしていた。
「楠宮ー。暇だなー」
「本当だーなー。しかし、いいもんだな。色んな学校の女子達も来てる。ほらあの子なんか可愛いじゃあないか! あっちには綺麗なお姉さんもいる! OGかもなぁ! あっちの方には----」
「お前、疲れないか?」
「何が? 祭なんだぜ? 海。楽しまなきゃあ損だろ! 昔からよく言うだろ? 笑って暮らすも一生、泣いて暮らすも一生ってな」
「…………」
ドイツの格言だな。しかもフランクフルトに掛けているジョークなのだろう。少し面白かったのが癪に触り、俺は黙っていた。伝家の宝刀だ。
「現見ー! そろそろ休憩いいぞー」
俺は受け付けに居る現見にそう言ったが、現見は透き通る声で、笑顔で反対した。
「みんなが休憩行かないなら私も行かないよ。銛矢君も、楠宮君もまだ休憩していないでしょう? 休憩するならその時にする。四人でまわろうよ! 駄目かな?」
現見にそう言われてしまっては返す言葉がないな。流石、現見京子。やはり、「天使様」だ。
俺達四人は、一時間の休憩を貰った。俺はジルをかばう為に今日、明日働きづめなのだが、気のいいクラスの男子(楠宮の友達)が四人、変わってくれたのだ。感謝だな。
「アタシ、あれ食べたい。海、買ってきてよ!」
「はぁ? 面倒臭いなー。うげ……。『沖縄そば』かよ。めちゃくちゃ人並んでるじゃあねーかよ!」
「行ってあげなよ。銛矢君」
現見が笑顔で言ったが、俺は食べたいものが決まっていたので、現見に反発せざるを得ない。
「いや、悪いが現見。俺は食べたいものがあるんだ。この文化祭の唯一の楽しみと言って遜色ない」
「へぇ、意外だなー。銛矢君、お祭り騒ぎとか嫌いそうなのに……」
「失礼だな! 俺だって騒ぎたい時もあるさ。大体、お祭り騒ぎが嫌いそうってどこで判断したんだよ? 現見」
「んー? 顔?」
「ショーック!」
現見にひどい事を言われてしまった……。
本気で立ち直れないかもしれないな。
「うああ! ゴメンね銛矢君っ! 今のは何て言うのかな、魔がさしたっていうか、ノリと言うか……」
「いや、いやいやいや。いいんだ、現見。俺は俺の道をゆく。幸せになってくれ----ガハッ」
「うおおおお!? かあああああああああい! しっかりしろ! お前が……お前が死んだら、これから誰がツッコむんだよおおおおおおお! 死なないでくれえええええ」
俺ツッコミ要因だったのか。
酷い友人を持ったものだ。
しかし、祭りの空気に当てられ少しテンションがおかしかったのは事実だ。許せ楠宮。
「そんな猿芝居はどーでもいいんだけど、海の言ってた食べたいものって何なのよ?」
ジルが冷たくそう言った。棘があるというか何と言うか……。こいつは自分の興味の無い事には全くの無関心だな。協調性という言葉を知らないのだろうか。
そう思いながら俺はジルの刺々しい質問に、「くくっ」と笑ってから言った。
「いいかよく訊け! 今回の模擬店の目玉であるクレープを俺は買いに行こうと思っている!」
「…………」
「…………」
「…………」
一同沈黙の後、俺は首を限界まで傾げ、みんなに『聞こえるように』もう一度言った。
「いいかよく訊け! 今回の模擬店の目だ----」
「海、大丈夫。訊こえてる」
「銛矢君って案外可愛いもの好きなんだね」
「…………」
楠宮は何も言わなかった。俺おかしい事いったか? なんだよ、三人して同じような顔しやがって。
「じゃあ海の奢りね」
「どしてそうなる!?」
結局四人分のクレープをジルのせいで奢らなくてはならなくなった。俺の財布のHPはもう殆ど無かった。
短い休憩を終えて、三年一組の売り場に戻った俺達はエプロンをつけ、三角巾を装着して仕事に戻った。
「フランクフルト、まだ百本いかねーな」
楠宮は元気無げに呟き、まだ数十本フランクフルトが入っている発泡スチロールの箱を見ながら、肩を落としていた。
昼時で数を伸ばしてはいるものの、なかなか本数が増えない。値下げを考えた方が得策かもしれないな。受付にいる現見の背中に、
俺は声を掛けた。
「なあ、現見。値下げしたら売れる本数増えるか?」
現見はこちらを振り返り、キュートなおでこに手を当てて考える仕草を見せ、言った。
「値下げは一日目からするのは原価的に破綻すると思うなぁ。一日目に確認したいのは、お客さんの入りと買っていただいた年齢層だから、ん~。値段を落とすにしても明日の朝からでも遅くはないと思うよ」
「そっか。現見がそう言うんなら間違いないんだろうな。じゃあ値下げは明日からか」
それにしても、一本二百円は高過ぎるのではないかと思いながら、俺は作業に戻る。
「うん。とりあえず、今日一日を頑張って乗り切ろう! いらっしゃいませ~! フランクフルトおいしいですよぉ~。どぉーですかぁー!」
すぐさま声出しに戻るところが健気で可愛いなあ。必死な現見を真近で見れてラッキーだ。ジルもなかなか様になってきたんじゃあないかと思う。現見の見よう見まね、聞きよう聞きまね、言いよう言いまねではあるが自然と声が出ているように思う。
さてさて、一日目は六百分のいくら売れるのだろうか。中庭のステージでは変なお面を被っている人が踊っていた。