一日目終了
一日目を何とか乗り切った俺たちは、一旦教室に戻った。
楠宮は階段を二段飛ばしで警戒に駆け上がっていた。俺はそんな楠宮に声をかけた。
「元気だな、ホントに」
俺はもう疲れた。階段がエスカレータになればいいのに。
楠宮は踊り場で反転し、薄く笑いながら言った。
「年寄りみたいなことゆうなよ」
「いや、そうだろ。ぶっ続けで働いた後に階段を二段飛ばしする脚力を、俺は持ち合わせていない。楠宮、お前に質問だ。『若さ』とは何ぞ?」
いきなりの俺の質問に戸惑いを隠せない楠宮は「ええと」と、左上を見た。別に天井に答えがあるわけではないことは明瞭なので楠宮は今までの経験から『若さ』とは何かを考えているのだ。
ちなみに、俺はまだ答えを用意していない。
楠宮ははっとしたように、頭の上にある豆電球を光らせた。
「挑戦的であること! とか」
「残念、違うな」
一発で楠宮の答えを正解というのはなんだか癇に障るので、俺は聞いていないことにしてその答えを不正解にしてやった。
俺が三階へ続く階段を上り始めると、楠宮も俺と肩を並べて階段を上り始めた。
「ハリがある。とか」
「まだまだだな」
「なんだよー。わっかんねえよ! 教えてくれよう」
「『若さ』が何かわかんないんだろ? そりゃあお前が若いからわかんないんだ。『若さ』ってえのはさ、失って気が付くもんなんだぜ。『若さ』ってなんだろうって考えている間は楠宮は若いままさ。よかったな、楠宮よ」
「なんか綺麗にまとめて無かったことにしようとしてねえか?」
「………………」
うう……。読まれている。心を。
苦し紛れにまとめては見たがなんだこの理論。哲学でもなんでもない。
しかし、いいタイミングで教室に着いた。俺は楠宮を無視して教室のドアを開いた。
教室にはもう先生がいた。
ぱらぱらと空席があるが、ものの五分で席は埋まった。するとみゃーちゃんが教壇に立ち、話し始めた。
「よーガキ共! ご苦労さん! 今日の店の売り上げ等々、現見に話してもらおうと思う。現見」
そういってみゃーちゃんは現見を呼び、自分は窓際の方へ下がった。
現見は少し緊張しながら右手に紙を持ち、前に出た。頬を少し赤らめながら、小さく息を整えて言った。
「ええと、今日の売り上げを発表します。は、八十……九本でした。残りは五百、十一本に……なります」
教室のどこからか、明らかにワザとであるような溜息が聞こえた。どうせあのイケイケ女子軍のものだろうと想像できた。
俺はジルの方を見た。下を向いて下唇を噛み、スカートをぎゅっと握りしめている。よほど悔しいのだろう。気持ちは俺も一緒だ。
現見は重苦しい雰囲気を打破するため、二日目の売り上げを伸ばすために、口を開いた。
「あのっ! 今日は主に私と、トールボットさんと、あとは男子数人での販売になりました。明日は……その、みみみ、皆さんで協力してやりませんか?」
すると、イケイケの女生徒が机を叩きながら、身体を仰け反らせながら、現見に意義を申し立てた。
「あたしははんたーい。てか、あたしら忙しいし、手伝いとかマジでないよねー? 勝手にやって欲しいんですけどー」
現見はその女生徒の言葉が終わるが早いか、言葉尻をとるように食い下がった。
「じゃあ、こうしましょう。みなさんが、手伝いをしない、したくない理由は……。トールボットさんの発注ミスが原因ですよね。明日は最終日ですから、そうですね……」
そう言って、現見は顎に置いていた手を教壇に置き、教室に響くような声で言った。
「明日、ジルさんが……三百本売り上げた瞬間から、みなさんに手伝ってもらうっていうのは……どうでしょう」
教室中がどよめいた。男子も女子もなくそれぞれに顔を見合わせ、現見の言葉に対してある者は小声で、ある者は大声で、物議を醸していた。
ジルは白くなって固まっているようだった。少し風が吹けば飛んでいってしまいそうなほどペラペラだ。いや、物の例えだけれど。
教室がまだどよめきの雨の中にある中、声を上げて立ち上がった。イケイケの女子だ。
「はっ! 出来るワケないでしょ? そんな事! 元々売る予定だったのが二日で二百本なのよ! 無理無理っ! 話にならないわよ」
現見はイケイケの女子に向かって人差し指を立てながら言った。
「では、出来たら手伝って貰えるという事で、よろしいですね?」
「だから……。出来るワケないじゃないの」
確かに無理な事を言っている。悔しいがイケイケの女子の考えが正当過ぎるほどに正当だ。
今日の売り上げ本数から考えるに、売れても精々百本超えるくらいが関の山だと思う。どうしたんだ? 現見。冷静さを欠いているようには全く見えない。
「いいですね?」
現見の再確認は、なんだか圧倒されるものがある。本気でジルを心配しているという事は、痛いほどに伝わってきた。
「勝手にすれば?」
教室はまだ騒がしい。耳にじっとりと残る様な喧騒の中、俺は辺りを見回した。楠宮が、肩を震わせている。
こいつ……。笑ってやがる。
教室が静寂に包まれるのに、時間は必要では無かった。みゃーちゃんの「解散っ!」という鶴の一声により、ゾロゾロと沢山の生徒が教室から出ていった。
教室の人口密度が低くなり、教室は水を打ったような静けさに包まれていた。そんな中、一番に口を開いたのは楠宮だった。
「でさ、勝算はあるの? 京子ちゃん」
「うう、実は今から考えます」
「!!!」
ビックリシタ!
俺とジルはビックリを百乗させる程に驚き、現見を見る。現見はバツが悪そうにこめかみ辺りを右手の人差し指で掻いた。
「どっ! どうしたらいいのー? アタシ」
「お、落ち着けジル。ほら、広い大海原をイメージするんだ。穏やかな陽気だあ。ほら、イルカさんが遊びに来てくれたみたいだあ」
俺も落ち着きが無かった。この状況……。楠宮は面白そうに笑うんだろうなぁ。いや、真面目だ。こいつの真剣な表情……。なんか怖い。
楠宮がゆっくりと、口を開きながら言った。
「何か、策をーーーー」
「おい、もう教室閉めていいかあ? 先生、早く帰りてーんだけど」
みゃーちゃん、居たのか。全然気がつかなかったぞ。俺たちは、みゃーちゃんの指示通り、教室を出た。時刻は八時を回っていた。
帰り道。俺たちは駅までの道のりで色々と話をした。速度がいつもの半分程になるくらいゆっくりと、話しながら歩いた。
結論から言うと、各々『儲けられるための仕組みを考えてくる事』という経済学部経営学科の宿題の様な案件を、持ち帰る事となった。
家についたのは九時を過ぎた頃だった。お腹が空いていたが、眠りたいという欲求の方が大きく、俺は制服のままベッドに倒れこんだ。寝ぼけ眼で携帯をいじっていたが、俺は深く、深く、眠ってしまった。




