『月見』 ハルの誕生日とアオイの恋
アラタ
1ヶ月が過ぎた
(……)
特に大きな出来事はなかった
(……)
穏やかな日々が続いている
ふわりと甘い香りが漂う
(……)
この匂い
知っている
「おはよう、お母さん」
「まさか、小豆ケーキを作ってるんじゃないよね?」――アラタ
「おはよう、息子」
「そのまさかよ。今オーブンで焼いているところ」――母
(……)
やっぱりだ
「座って待っていてね」
「お父さんとサキも、もうすぐ朝食に来るから」――母
「おはよう、お母さん」――サキ
「おはよう、サキ。調子はどう?」――母
「まあ、悪くないわ」――サキ
(……)
でも。
「サキ、何か気になることでもあるの?」――母
(……)
確かに。
サキの様子が少し違う。
「アオイのことが心配なの」――サキ
アオイ?
(……)
何かあったのか。
「どうして?」――アラタ
「最近ね」
「アオイがサイトを見ていることが多いの」――サキ
(……)
そういえば。
僕も何度か見た気がする。
「それに」
「この前、アオイが私に好きだって話してくれたの」――サキ
(……)
なるほど。
「でもサイトは何も言わないのよ」――サキ
「そういう話になると、本当に口が堅いんだから」
(……)
メッセージの通知音。
――おはよう、アラチ
――おはよう、ハル。どうしたの?
――9月18日の水曜日、私の誕生日なんだけど、来てくれる?
(……)
ハルの誕生日。
(……)
しまった。
「お兄ちゃん、どうしたの?」――サキ
「ハルの誕生日がいつか聞くの、すっかり忘れてたんだ」――アラタ
「大丈夫よ」
「きっとハルも、お兄ちゃんの誕生日を聞き忘れてるわよ」――サキ
「サキの言う通りよ」――母
「付き合い始めたばかりなんだから、そういうこともあるわ」
返信を打つ。
(……)
少し申し訳ない。
――ハル、ごめん。
君の誕生日を聞いてなかった。
もちろん行くよ。
数秒後。
返信が来た。
――大丈夫だよ、アラチ。
私も聞いてなかったし。
ところで、アラチの誕生日はいつなの?
少し笑ってしまう。
――11月27日だよ。
水曜日 午前0時
アラタ
(……)
彼女の誕生日。
(……)
一番にお祝いしたい。
アラタはハルの番号を押した。
電話が鳴る。
—もしもし、アラタ?— ハル
—もしもし、ハルちゃん— アラタ
—まだ起きてたの?— ハル
(……)
まだ気づいていない。
—うん—
—お誕生日おめでとう、愛しい人— アラタ
(……)
一瞬の沈黙。
—ありがとう、アラタ— ハル
(……)
その優しい声を聞くだけで。
(……)
嬉しくなる。
—もしかして、一番乗り?— ハル
—うん—
—今日は特別な日だからね— アラタ
—ふふっ、ありがとう— ハル
(……)
その笑い声。
(……)
それだけで十分だった。
【ハル】
—もう寝るね— ハル
—うん—
—学校で会おうね— アラタ
—おやすみ— ハル
—おやすみ、愛しい人— アラタ
(……)
電話が切れる。
(……)
終わっちゃった。
ぬいぐるみのアラチンを抱きしめる。
(……)
落ち着く。
(……)
心が温かい。
今日も。
一番最初に祝ってくれた。
(……)
嬉しい。
「おやすみ、アラタ」
小さくつぶやく。
(……)
安心する。
そのまま。
優しい気持ちに包まれながら。
眠りについた。
高校の入り口で
【ハル】
みんな。
何してるんだろう。
(……)
近づいていく。
「ハル、お誕生日おめでとう!」
みんなの声が重なる。
(……)
胸がいっぱいになる。
(……)
温かい。
(……)
前とは違う。
「ありがとう、みんな」――ハル
昼休み。
机が並べられている。
(……)
みんなが待っていてくれる。
「ハル、お誕生日おめでとう」――アラタ
ケーキを持って近づいてくる。
(……)
アラタ。
「アラタ、そんなことしなくていいのに」――ハル
(……)
涙が。
目から溢れてくる。
「ハル、泣いてるの?」
「大丈夫?」――アラタ
(……)
大丈夫。
(……)
嬉しいの。
「ごめんね」
「嬉しくて」――ハル
「こんな誕生日、初めてだから」
静かになる。
「ハル」
「誕生日なんだから、泣くより笑ってよ」――ユナ
「そうだよ」
「今日は主役なんだから」――アカリ
「ほら、願い事を考えないと」――サキ
「ハッピーバースデー、ハル」――セイジ
(……)
みんな。
(……)
アラタ。
(……)
私。
今。
幸せなんだ。
9月26日(土)
月見の夜
【アオイ】
今日だ。
(……)
緊張してる。
(……)
もう。
分からないままではいたくない。
(……)
彼は。
私のことを好きなんだろうか。
「やあ、アオイ。元気?」――サキ
「うん、大丈夫」――アオイ
「大丈夫って顔じゃないわよ」――サキ
「すごく緊張してるね」――サキ
「まさか、今日告白するつもりじゃないよね?」――セイジ
(……)
もう限界。
「そうか」
「アオイも、もう我慢できないんだな」――セイジ
「もう、セイジ、からかわないでよ」――サキ
「からかってないよ」
「むしろ応援してるんだ」――セイジ
(……)
みんな。
気づいていたんだ。
(……)
もう逃げない。
今夜。
この気持ちを伝える。
遠くから。
(……)
一人の姿が見える。
ゆっくりと。
こちらへ歩いてくる。
(……)
ドキドキする。
(……)
近づいてくる。
「やあ、斎藤。元気?」――アオイ
「うん、元気だよ」
「ちょっと緊張してるけど」――斎藤
(……)
月が綺麗だ。
「なんて美しい月なんだろう」
「月明かりの下の君も、とても綺麗だよ」――アオイ
(……)
言ってしまった。
(……)
顔が熱い。
(……)
心臓が激しく鼓動する。
静寂。
(……)
彼の手。
私の手に触れる。
(……)
優しく。
彼が私を引き寄せる。
(……)
彼の腕が。
私を包み込む。
(……)
もしかして。
彼も。
私のことを。
「アオイ」
「僕も、君のことが大好きだよ」――斎藤
(……)
胸がいっぱいになる。
(……)
離れたくない。
(……)
この温もりを。
ずっと感じていたい。
「私も」
「ずっと前から好きだったの」――アオイ
月明かりの下。
二人は静かに微笑んだ。
【アラタ】
みんな一緒にいる。
(……)
斎藤とアオイ。
セイジとサキ。
(……)
そして。
僕の隣にはハル。
アカリとユナもいる。
「みんな、うらやましいな」――アカリ
「じゃあ、チェス部の男子を紹介してあげようか?」――アラタ
「アラタ、頭おかしいの?」
「私はこれでいいの」
「みんなのことが大好きだから」――アカリ
「ユナはどう思う?」――アラタ
「もう、アラタのそういうところって……」――ハル
(……)
ハルは苦笑いしている。
「人の幸せばかり考えるんだから」――ハル
(……)
その優しさ。
(……)
その機転。
(……)
やっぱり。
僕のハルだ。
「でも」
「アカリの言う通りかもね」――ユナ
「こうしてみんなでいられるだけで十分幸せだよ」
(……)
月が綺麗だ。
(……)
みんなが笑っている。
(……)
この時間が。
ずっと続けばいいのに。




