いつもの席に君がいる
うーん。
今日はいい日だ。
(……)
答案用紙が運営側に
保管されていて助かった。
(……)
答えの欄に、
花田ハルと書いてしまったことは、
誰にも知られたくない。
「おはよう、みんな」
「おはよう、アラタ」——父
「朝食を食べていきなさい」——母
「お兄ちゃん、今日は数学の地区大会でしょ?」——サキ
「うん。斎藤から、会場はフジヤ高校だと聞いたよ」
「じゃあ、学校でね」——サキ
(……)
そろそろ、
出発する時間だ。
「朝食、すごく美味しかったよ、ママ」
「ありがとう、アラタ」——母
「じゃあ、
サキを少し先まで送ってから、
バスに乗るよ」
(……)
まるで、
場違いな気分だ。
(……)
ここはマンチェスター。
花田が通っていた学校。
(……)
「おはようございます。
数学オリンピックの試験会場は、
どこですか?」
「廊下をまっすぐ進んで、
三つ目の教室です」——生徒会長
「ありがとうございます」
【ハル】
「ハル、もう入る時間だよ」——あかり
(……)
思わず、
微笑んでしまう。
「ハル、その笑顔は?」——あかり
(……)
「ううん、別に何でもないよ」
(……)
ただ、
もういるはずなのに。
(……)
彼の机を、
じっと見つめる。
道具がない。
(……)
来ていない。
「ねえ、なんでそんな心配そうな顔してるの?」——あかり
(……)
言えない。
(……)
「何でもない」
【アラタ】
今は十問ある。
(……)
まずは、
全体の難度を見てみよう。
(……)
花田の元クラスメートが、
何人かいる気がする。
いや、
違うのかもしれない。
(……)
教室に、
静寂が漂う。
(……)
先生の雰囲気が厳しくて、
少し気が重い。
時計を見る。
(……)
もう、
答案を提出する時間だ。
(……)
学校へ向かう時間でもある。
「先生、こちらが答案です」
「よし。結果は木曜日に発表するよ」——先生
「ありがとうございます」
【ハル】
「あかり、一緒に来て」
「うん、ハル。行こう」——あかり
ある場所へ向かう。
(……)
心臓が、
ドキドキする。
(……)
あの人だ。
彼を見つめる。
「おはよう、花田ハル」——石神
(……)
言葉が出ない。
「……おはよう、石神」
(……)
彼は
私に挨拶をした。
(……)
またしても、
生き返ったような気がした。
(……)
そして、
彼は去っていった。
ほんの一瞬のことだった。
「ハル、戻ってきて」――アカリ
「アカリ、
カフェに行こう」
【アラタ】
「おはよう、斎藤」
「おはよう、アラタ。
またいつもの日常に戻ったね」——斎藤
「そうだな。
いつものルーティンに戻ったよ」
「やあ、石神」——タケシ
「やあ、タケシ先輩」
「昼食の後、
部室で待ってるよ」——タケシ
「じゃあ、待ってるよ、タケシ」
「名前で呼んでよ」——ルナ
「わかった、ルナさん」
「授業に行くから、
また後で」——ルナ
【ハル】
(……)
彼は、
私のそばにいる。
(……)
この空虚さ。
(……)
彼の存在が、
それを埋めてくれる。
(……)
でも、
私は人気を維持しなきゃ。
(……)
友達の言う通り。
彼と一緒にいたとしても、
私はそんなに変わらないのかもしれない。
(……)
見つめる。
(……)
その安らぎが、
私を満たす。
(……)
気分がいい。
内側から、
何かが流れ出ているみたい。
(……)
この感覚は、
何だろう。
「ハル、その鐘だよ」――アカリ
「そうだね、アカリちゃん。行こう」
「ねえ、今、私のこと“ちゃん”って呼んだよね?」――アカリ
「久しぶりだね」――アカリ
(……)
えっ。
(……)
もしかして。
(……)
わからない。
「気づいた?
どう説明したらいいかわからないけど、アカリ」
【アラタ】
「石神、待って」――宇賀山誠一
「どうした、宇賀山?」
「謝りたかったんだ。君が無事でよかった」――宇賀山
(……)
変わったな。
「大丈夫だよ、宇賀山」
「もう過去のことさ」
(……)
終わったことは、
終わったことだ。
「ちょっと相談してもいいかな」――宇賀山誠一
「ああ、もちろん」
「数学で分からないことがあるんだ」――宇賀山誠
【ハル】
「何か考え事をしているみたいだね」――ユナ
「そうね。あなたの目には涙が浮かんでいるわ」――アカリ
(……)
ある感情。
あるいは、
私の心の奥底に響く、
メロディー。
「ある歌の一節を思い出したの」
「どんな歌?」――ユナ
「こう歌っているの」
君を待ち続けるよ
君のことが理解できるまで
でも、僕を待ってくれるって約束して
君は前に進んでいる
それなのに僕は立ち止まっている
この距離をどう縮めればいいんだろう
日に日に広がっていくこの距離を
「ハル、すごく寂しそうね」――あかり
「もしかして、石神のことが好きなの?」――ゆな
(……)
好きなのかどうかは、
分からない。
(……)
でも、
彼のそばにいると、
心が安らぐ。
(……)
ありのままの
自分であり続けられる気がする。
「正直よく分からないけど、彼との出会いが転機になったわ」
「石神って、静かな余韻を残すタイプよね」 —ユナ
(.......)
待ってて
「もう以前とは違う私だけど、手に入れたものを失うのが怖い」
「以前より輝いてるよ」 —あかり
【アラタ】
「やあ、斎藤。カフェに行こう」
「行こうぜ。君、なんだか軽やかになったな」――斎藤
(……)
軽やか。
どうして、
そんな結論に至ったんだ。
「“軽やか”って、どこから来たんだ?」
「いつもより落ち着いた雰囲気があるよ。
これこそが、
【アラタ】
「やあ、斎藤。カフェに行こう」
「行こうぜ。君、なんだか軽やかになったな」――斎藤
(……)
軽やか。
どうして、
そんな結論に至ったんだ。
「“軽やか”って、どこから来たんだ?」
「いつもより落ち着いた雰囲気があるよ。
これこそが、
僕がずっと知っていたアラタだ」――斎藤
(……)
花田ハル。
ただ、
君を心の中に受け入れるだけだった。
「そんなにバレバレか」
「そう。すごくバレバレだよ、兄貴」――サキ
「ああ」
「さっきさ、あの子、謝ってたよ」――サキ
「誰が?」
「セイジ」
「俺に何の関係があるんだ」
(……)
どう言えばいいんだろう。
「サキ、セイジのことが好きなの?」――斎藤
(……)
斎藤に負けた。
こういうことに関しては、
彼の方がストレートだ。
[ハル]
放課後。
ふと、
卓球台の方へ視線を向ける
彼女からすぐそばにある
(……)
ラケットを握りしめ、
とても集中している。
(……)
石神くん。
その隣には、
ルナさんがいた。
楽しそうな様子で、
二人は何か話していた。
(……)
彼が、
自分らしく振る舞うのが好きだから。
彼女を見ると、
イライラする。
(……)
石神。
もし気づいてくれたら。
君が引き起こした、
この変化を。
【アラタ】
(……)
ルナと遊んでいる間は、
この重圧を感じない。
(……)
だって、
花田といる時は——
(……)
花田。
君は、
僕を変えてくれた。
(……)
君のおかげで、
僕はもう以前とは違う。




