空白と残響
月曜日。
トントン。
玄関のドアをノックする音がした。
「きっと斎藤くんよ」——サキ
「はい、今開けますね」——母
「おはようございます」——斎藤
「おはよう、斎藤くん」——母
「もう名前で呼び合ってるなんて、家族みたいね」——母
「アラタくんの具合はどうですか?」——斎藤
「だいぶ良くなったわ。今はまだ休んでるの」——母
「それなら安心しました。さあ、サキ、行こう」
「サキ、お兄ちゃんの診断書、忘れないでね」——母
「大丈夫、リュックに入ってるよ」——サキ
「——斎藤くん、タケシくんは来ないの?」——サキ
「いや、今日は俺がベビーシッター係なんだ」——斎藤
「変なこと言わないでよ」——サキ
(……)
「それにしても、アラタが無事でよかった」——サキ
「うん」——斎藤
「カウンセラーの先生に、少し考えを整理しなさいって言われたらしいよ」
「サキ、アラタのクラスメートが君のことを気にかけてるみたいだよ」——斎藤
(……)
「あの感じの悪いやつ? 全然興味ない」——サキ
「結構いい候補だと思うけどな」——斎藤
「もういいって。ああいう自慢する人、無理」——サキ
「じゃあ、サキはどんな人が好きなの?」——斎藤
(……)
「別に、タイプとかないわ」
(……)
「でも……弟のことで、少し考え方が変わったかも」——サキ
「なるほど。俺もかなり変わったよ」——斎藤
「そうよね。二人、最近ほんと仲いいもん。兄弟みたい」——サキ
「アラタは、本当に信頼できるやつだ」——斎藤
(……)
祖父が亡くなったあの日、
彼はずっと、
そばにいてくれた。
(……)
目から、
涙がこぼれる。
「斎藤……あの日のこと、思い出したのね」——サキ
「友達だと思ってたやつらは、
結局、誰も来なかった」
(……)
「でも、あいつだけは来てくれた」——斎藤
(……)
想像以上だったよ、
アラタ。
(……)
肩を貸してくれて、
黙って話を聞いてくれた。
(……)
ただ、
そこにいてくれた。
「斎藤、あの日……広場のこと、覚えてる?」——サキ
「ああ。あの午後、二人の子が君をいじめてた時だろ」——斎藤
(……)
お兄ちゃんは、
あの時そこにいてくれた。
(……)
まっすぐで、
迷いなく。
(……)
あの子たちを、
私から遠ざけてくれた。
「冷たい目で、
はっきり言い切ってね」——サキ
「アラタみたいに動けるやつ、他にいなかったよ」——斎藤
「それに、あいつは不思議と人をつなぐんだ」——斎藤
(……)
「本当に、
特別な子だわ」——サキ
ハル。
学校へ向かう途中。
(……)
前方から、
声が聞こえる。
「じゃあ、またここでね、斎藤」――サキ
(……)
ふと、
顔を上げる。
(……)
石神の
妹。
「もう学校に着いたんじゃないの?」――ハル
「まだよ」――アカリ
「校庭に石神くんが見当たらないんだけど」
(……)
胸の奥底で、
私は小さく呟いた。
(……)
一体
どうしたんだろう?
「ハル、もう授業の時間だよ」——アカリ
「うん、行こう」
廊下を歩いていく。
(……)
ふと、
アカリの方を見る。
「おはようございます、みなさん」——先生
「おはようございます」
挨拶をして、
席に着いた。
(……)
何か、
音が足りない気がする。
(……)
うーん……
よく分からない。
校庭へ向かう。
「ねえ、本を返しに図書館まで一緒に来てくれない?」——アカリ
「うん」
(……)
周りを見回す。
「ハル、誰か探してるの?」——アカリ
(……)
誰か……
足りないのかな。
「え? いや、別に誰も」
【アラタ】
「おはようございます、お父さん、お母さん」
「おはよう、アラタ」——父
「おはよう、アラタ」——母
(……)
「朝食、とてもおいしそうです。
色合いも、
香りも素敵ですね」
「アラタ、サトミさんとのセッション、予約しておいたわよ」——母
「はい。午前十一時ですね」
(……)
サトミさんに手伝ってもらって、
気持ちを整理したい。
(……)
すべてが、
変わってしまった。
(……)
どうすればいいのか、
分からない。
「じゃあ、里美さんの家に行ってくるね」
「ちゃんと話を聞くのよ」——母
「うん、わかった」
(……)
そうしないと、
また気を失ってしまうかもしれない。
(……)
もう、
後戻りはできない。
(……)
すべてを、
もう一度整理しなきゃ。
「じゃあ、行ってきます」
「気をつけてね、新太」——母
「またあとでな」——父
インターホンを押した。
「やあ、里美。新太だよ」
「入って、新太」——里美の声
(……)
「座って、新太さん。どうしたの?」
いつもの、
居心地のいいソファだった。
「すべてを変えてしまうようなことがあったんだ」
「新太、自分に正直になって」——里美
(……)
正直になる……?
どういう意味だ。
「里美、正直になるって、どういうこと?」
「変わったのは“何か”じゃないの」
「あなたが、それを軽く見ているだけよ」——里美
(……)
その通りだ。
その“何か”は、
花田のことだ。
名前のある人間。
——花田ハル。
「今の気分はどう?」——里美
「少し落ち着いてきたよ」
(……)
花田ハルが引き起こしたわけじゃない。
僕自身が、
彼女を、
自分の方程式の中に
うまく位置づけられなかったんだ。
【ハル】
「ハル、ぼんやりしてるね」——アカリ
私が、ぼんやり?
「何でもないよ」
「倫理の授業中も、ずっと横見てたよね」——ユナ
「図書館でも、誰か探してたし」——アカリ
(……)
空っぽな気持ち。
うまく言葉にできない。
「……どういう意味?」
「石神くん探してるんでしょ」——ユナ
(……)
石神。
どうして来なかったの。
あなたの存在が、
必要なの。
「そんな変人、私が興味あるわけないでしょ」
「否定しないで、ハル。認めなさい」——ユナ
「えっ、ハルが石神くんに?」——アカリ
(……)
彼がいないだけで、
こんなに空しい。
「倒れたって聞いたら、気になるの普通でしょ」
「石神くん、中学から同じクラスだけど悪い子じゃないよ。少し変わってるだけ」——ユナ
(……)
そうなのかもしれない。
携帯を手に取る。
検索画面を見る。
『人生に対する見方が違う人』
「正直……だよね?」
「うん。驚くほど正直な人」——ユナ
「友達として、少し話してみたら?」——アカリ
「損はしないと思うよ」——ユナ
「ほら、アカリ。何も変わってないよ」
(……)
石神くんがいなくても、
誰も気づいていない。
(……)
胸が、
少し冷たくなる。
「それ、どういう意味?」——アカリ
「えっと……」
うまく、
言えない。
彼がいなくても、
何も変わらない。
「クラスの誰も、石神くんのこと聞かないね」
「誰も気にしてないわけじゃないよ」——ユナ
「えっ……?」
「石神くん、昔から一人でいること多かったもの」——ユナ
「ネットで言われてるみたいに、
ストレスを抱え込みやすいのかも」
「だから、人を避けてるの」
(……)
孤独なんじゃない。
自分を守るためなんだ。
算数の時間だ。
「さあ、みんな教室へ行こう」
(……)
席に戻る前に、
彼の机をじっと見つめた。
(……)
ふと、
思う。
(……)
石神くん、
元気かな。
【アラタ】
一つずつ、
整理していく。
(……)
そうだ。
里美さんの言う通りだ。
(……)
花田ハル。
(……)
でも、
ゆっくり進まなきゃいけない。
(……)
彼女には、
きついことは言わないようにしよう。
「あら、アラタ。ちょうどお昼ご飯の時間に帰ってきたのね」——母
「こんにちは、お母さん」
(……)
「思っていたより、
うまくいったよ」
「それはよかったわ」——母
「ありがとう」
「さあ、座りなさい」——母
「今日は二人で食べましょう。
お父さんは、まだ仕事が残ってるの」
「部屋に戻るね、お母さん」
「わかってるよ、アラータ」――お母さん。
「何かあったら、いつでも呼んでね」
「わかった。ありがとう」
(……)
自分の部屋へ向かう途中、
またしても、
あのメロディーが頭に浮かぶ。
(……)
結末を話そう。
(……)
これからは、
きっともう気づいているだろうけど。
(……)
君の声は、
私が入り込んで、ずっと留まり続ける周波数なんだ
【ハル】
「あかりとユナが一緒だよ」
「どこに行くの?」——ユナ
「バレー部の部室」
(……)
君の存在を、
感じる。
「ハル、誰を探してるの?」——あかり
「ただ……
誰かと一緒にいたかっただけ」
(……)
背筋を、
何かが走った。
(……)
寒気。
【アラタ】
斎藤は
サキを家まで送った。
(……)
明日からは、
もう同じようにはいかない。
(……)
もう寝る。
それでも、
あのメロディーが
まだ胸に響いている。
(……)
君と一緒に過ごしたい。
(……)
でも、
どう切り出せばいいか分からない。
(……)
ふと頭に浮かぶ
私を導くようなイメージ
それが正しいものなのか
まだ決められない
適切なタイミングが




