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1.6

黒い城が、山の上にそびえていた。


近づくにつれ、その大きさが現実味を失っていく。


黒い岩で組み上げられた壁は分厚く、継ぎ目すら見えない。

塔は鋭く天を突き、窓は少なく、すべてが無骨だった。


装飾もほとんどない。


ただ、圧倒的な質量だけがそこにある。


まるで――


この世界に「居座る」ことだけを目的に築かれた要塞。


近くに立つと、言葉を失うほどの威圧感があった。


「……すごい城だな」


ガルドが思わず呟く。


「攻める気をなくす作りだね」


レイナも小さく息を吐いた。


リュナは、その城を見上げていた。


胸の奥に、説明できない違和感が広がる。


――懐かしい。


そう思った自分に、はっとする。


違う。

そんなはずはない。


人間として生まれ、人間として育った。

剣を握ってきたのも、人の国のためだ。


魔王城に、懐かしさなんて。

あるはずがない。


「……どうした?」


隣から、アレンが声をかけた。


いつもの穏やかな声。

それだけで、少しだけ胸のざわつきが落ち着く。


「ううん。なんでもない」


そう答える。

嘘ではない。

けれど、本当でもない。


アレンは一瞬だけリュナの顔を見た。


……気づいている。


それでも、何も言わなかった。


作戦は、城の目前で最終確認された。


「正面は魔物が多い」


アレンが城壁を見上げながら言う。


「正攻法だと時間がかかるな」


その時だった。


「……待って」


リュナが小さく呟いた。


剣の刃に指を触れる。


触れた瞬間。

記憶が流れ込んでくる。


歴代の勇者たちの戦い。

城への侵入。

魔族との戦闘。


……その中に。


 違う感覚が混ざる。


「……この辺り」


リュナは岩壁の方へ歩いていく。


「ここ、通れた気がする」


レイナが目を瞬かせた。


「え? そんなところあるの?」


リュナは壁の石を指でなぞる。


細い亀裂。


岩の並び。


「この割れ目……」


小さく呟く。


「昔、誰かが通った跡がある」



アレンの眉がわずかに動いた。


(……昔?)


それは勇者の記憶か。


それとも――



リュナ自身の。


「正面は危ない」


リュナは仲間を振り返った。


 「私たちはここから入ろう」


レイナが腕を組む。


「でも、本当に道があるの?」



リュナは少し困ったように笑った。



「わからない」


そして、剣を軽く持ち上げる。


「でも……この剣が、そう言ってる気がする」


その言葉に、アレンの胸が冷えた。


(違う)


それは剣だけじゃない。

――君自身の記憶だ。


◇ 

結局、パーティーはリュナの案を採用した。


「じゃあ俺たちは囮だな」


ガルドが肩を回す。


「派手に暴れてくるよ」


レイナが軽く笑う。


「派手すぎないでよ?」


ミラも静かにうなずいた。


「時間は稼ぐわ」


アレンは短く言う。


「無理はするな」


それだけで十分だった。


三人は正面へ向かう。


魔物の注意を引くために。


リュナは一度だけその背中を見送る。


そして。


「行こう」


小さく息を吐く。


アレンと二人で、岩壁の隙間へ足を踏み入れた。


道は狭かった。


苔むした石壁。


人一人通れるかどうかの隙間。


その先へ進むほど、リュナの胸に奇妙な感覚が広がっていく。


――懐かしい。


柔らかな日差し。


誰かの手。


遠くの笑い声。

幼い日の記憶。


(……ここ、知ってる)


アレンは横目でそれを見ていた。

胸が痛む。


(……思い出してる)


本人は気づいていない。

それでも確実に。

過去が戻り始めている。


やがて、通路は城の内部へ繋がっていた。


古い扉。

石の階段。

静まり返った広間。


「……本当に繋がってる」


リュナが小さく呟く。


さらに奥。


玉座へ続く通路が見えていた。


「この先……」


リュナが静かに言う。


「玉座に行ける」


アレンは黙ってうなずく。

その胸の奥では、別のことを考えていた。


――幻覚。


この先で、彼女に見せる真実。


「……気をつけて」


リュナの声が少し震えた。

でも、剣を握る手は揺れていない。


(大丈夫)


自分に言い聞かせる。


(私たちは、強い)


その時。

遠くで音が響いた。


弓の弦。

魔法陣の光。

そしてガルドの怒鳴り声。


囮はうまくいっている。


リュナは小さく笑った。


「……行こう、アレン」


アレンは一瞬だけ目を伏せる。


「……ああ」


二人は、玉座へ続く暗い通路へ進んでいった。

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