1.6
黒い城が、山の上にそびえていた。
近づくにつれ、その大きさが現実味を失っていく。
黒い岩で組み上げられた壁は分厚く、継ぎ目すら見えない。
塔は鋭く天を突き、窓は少なく、すべてが無骨だった。
装飾もほとんどない。
ただ、圧倒的な質量だけがそこにある。
まるで――
この世界に「居座る」ことだけを目的に築かれた要塞。
近くに立つと、言葉を失うほどの威圧感があった。
「……すごい城だな」
ガルドが思わず呟く。
「攻める気をなくす作りだね」
レイナも小さく息を吐いた。
リュナは、その城を見上げていた。
胸の奥に、説明できない違和感が広がる。
――懐かしい。
そう思った自分に、はっとする。
違う。
そんなはずはない。
人間として生まれ、人間として育った。
剣を握ってきたのも、人の国のためだ。
魔王城に、懐かしさなんて。
あるはずがない。
「……どうした?」
隣から、アレンが声をかけた。
いつもの穏やかな声。
それだけで、少しだけ胸のざわつきが落ち着く。
「ううん。なんでもない」
そう答える。
嘘ではない。
けれど、本当でもない。
アレンは一瞬だけリュナの顔を見た。
……気づいている。
それでも、何も言わなかった。
◇
作戦は、城の目前で最終確認された。
「正面は魔物が多い」
アレンが城壁を見上げながら言う。
「正攻法だと時間がかかるな」
その時だった。
「……待って」
リュナが小さく呟いた。
剣の刃に指を触れる。
触れた瞬間。
記憶が流れ込んでくる。
歴代の勇者たちの戦い。
城への侵入。
魔族との戦闘。
……その中に。
違う感覚が混ざる。
「……この辺り」
リュナは岩壁の方へ歩いていく。
「ここ、通れた気がする」
レイナが目を瞬かせた。
「え? そんなところあるの?」
リュナは壁の石を指でなぞる。
細い亀裂。
岩の並び。
「この割れ目……」
小さく呟く。
「昔、誰かが通った跡がある」
アレンの眉がわずかに動いた。
(……昔?)
それは勇者の記憶か。
それとも――
リュナ自身の。
「正面は危ない」
リュナは仲間を振り返った。
「私たちはここから入ろう」
レイナが腕を組む。
「でも、本当に道があるの?」
リュナは少し困ったように笑った。
「わからない」
そして、剣を軽く持ち上げる。
「でも……この剣が、そう言ってる気がする」
その言葉に、アレンの胸が冷えた。
(違う)
それは剣だけじゃない。
――君自身の記憶だ。
◇
結局、パーティーはリュナの案を採用した。
「じゃあ俺たちは囮だな」
ガルドが肩を回す。
「派手に暴れてくるよ」
レイナが軽く笑う。
「派手すぎないでよ?」
ミラも静かにうなずいた。
「時間は稼ぐわ」
アレンは短く言う。
「無理はするな」
それだけで十分だった。
三人は正面へ向かう。
魔物の注意を引くために。
リュナは一度だけその背中を見送る。
そして。
「行こう」
小さく息を吐く。
アレンと二人で、岩壁の隙間へ足を踏み入れた。
道は狭かった。
苔むした石壁。
人一人通れるかどうかの隙間。
その先へ進むほど、リュナの胸に奇妙な感覚が広がっていく。
――懐かしい。
柔らかな日差し。
誰かの手。
遠くの笑い声。
幼い日の記憶。
(……ここ、知ってる)
アレンは横目でそれを見ていた。
胸が痛む。
(……思い出してる)
本人は気づいていない。
それでも確実に。
過去が戻り始めている。
やがて、通路は城の内部へ繋がっていた。
古い扉。
石の階段。
静まり返った広間。
「……本当に繋がってる」
リュナが小さく呟く。
さらに奥。
玉座へ続く通路が見えていた。
「この先……」
リュナが静かに言う。
「玉座に行ける」
アレンは黙ってうなずく。
その胸の奥では、別のことを考えていた。
――幻覚。
この先で、彼女に見せる真実。
「……気をつけて」
リュナの声が少し震えた。
でも、剣を握る手は揺れていない。
(大丈夫)
自分に言い聞かせる。
(私たちは、強い)
その時。
遠くで音が響いた。
弓の弦。
魔法陣の光。
そしてガルドの怒鳴り声。
囮はうまくいっている。
リュナは小さく笑った。
「……行こう、アレン」
アレンは一瞬だけ目を伏せる。
「……ああ」
二人は、玉座へ続く暗い通路へ進んでいった。




