2.41
山道は、緩やかに高度を上げていく。
空気は冷たく、
吐く息が白くなる。
足元で小石が転がる。
先頭はレイナ。
その少し後ろにエルナ。
ミラとアレンが並ぶ。
四人。
――昔は、五人で歩いた道。
エルナが振り返る。
「ねえ、昔ってどんな感じだったの?」
あっけらかんとした問い。
レイナが鼻を鳴らす。
「リュナがアレンにべったりだったな。
ガルドは小言ばっかりで、うるさかった」
ミラがくすりと笑う。
「何かとアレンの作戦、無茶が多かったからね」
アレンは肩をすくめる。
「否定はしない」
エルナが目を輝かせる。
「えー、どんな?」
レイナは少し考え、淡々と答える。
「盾役のガルドと討伐数で競ってな。
負けた方が“帰ったら飯奢り”」
ミラが吹き出す。
「言ってた」
アレンは遠くを見る。
「あの時は、本気で帰れると思ってた」
風が、少し強く吹く。
一瞬だけ、空気が変わる。
エルナは気づく。
けれど踏み込まない。
「今度こそ帰るよ」
その一言が、山肌に吸い込まれていく。
レイナが小さくうなずく。
「当然」
道の脇、黒い影が動く。
魔族。
だが襲ってはこない。
遠くから観察しているだけ。
統制がある。
ミラが低く言う。
「リュナがまとめてる」
アレンは黙る。
魔王リュナ。
騙し続けた相手。
謝らなければならない相手。
「……リュナ」
かすかな呟き。
やがて視界が開ける。
黒い城が見える。
空を切り裂くような尖塔。
雲が低く流れている。
エルナが息を呑む。
「……大きい」
レイナは目を細める。
「変わってない」
アレンは何も言わない。
だが胸の奥で、何かが軋む。
あの日――
すべてから逃げ出した場所。
夜は静かだった。
焚き火の音だけが、規則正しく空気を裂く。
エルナは少し離れた場所で剣を磨いている。
ミラは湯を温め、
レイナはエルナから教わった精霊との会話を、ぎこちなく試している。
穏やかな光景。
その輪の外で、アレンは炎を見つめている。
明日には、魔王城に着く。
覚悟は、できたことがない。
きっと今回も、できない。
それでも――
語らなければならない。
アレンはゆっくりと目を閉じる。
誰も話さない、心地よい時間。
誰かに求められたわけじゃない。
けれど。
明日には、どうなるかわからない。
今日を逃せば、きっとまた言えなくなる。
炎が、小さくはぜる。
アレンは息を吸う。
「……覚悟ができた」
三人は手を止めるが、振り向かない。
「みんな、そのままでいい。聞いてくれ」
声は静かだが、逃げていない。
嘘で守った一年。
語らなかった真実。
妹と、かつての仲間と、
そして明日会いに行く魔王へ向けた、
自分が選んだ、愚かな決断の話。
炎が揺れる。
記憶が、静かに開く。




