2.38
夜明けは、淡く、やわらかかった。
空の端が白みはじめるころ、町はまだ眠っている。
畑に降りた露が光り、慰霊碑の石も薄く濡れている。
アレンは一晩、ほとんど眠れなかった。
幻術を解いたあとの感覚は、妙に軽い。
同時に、逃げ場を失ったようでもある。
背後で戸が開く音。
「起きてたの?」
エルナが出てくる。
目は赤くない。泣いてはいない。
「……ああ」
短い応答。
少しの沈黙。
「今日、話すの?」
「話す」
迷いはない。
怖くないわけではない。
だが、もう先延ばしにはできない。
エルナは、空気を読んだように立ち上がる。
「……ちょっと、外の様子見てくるね」
振り向かない。
誰の顔も見ない。
それが彼女なりの優しさだった。
扉が閉まる。
カチ、と小さな音。
部屋に残るのは三人。
沈黙が落ちる。
ミラは椅子に座ったまま、膝の上で手を組んでいる。
レイナは窓のそばに立ち、外を見ている。
そして、“リオ”ではなく”アレン”。
名を借りてた男。
その正体を二人にも改めて幻覚を解いて名乗る。
誰も口を開かない。
やがて、レイナが言った。
「……いつから?」
背を向けたまま。
問いは短い。
リオは答える。
「魔王を倒した、あの瞬間から」
ミラの指が、わずかに震える。
「やっぱり」
その声には怒りはない。
ただ、確信に近い何か。
レイナが振り返る。
視線は鋭い。
「死んだふりをしたの?」
「……ああ」
あまりにもあっさりした肯定。
それが逆に重い。
ミラが立ち上がる。
ゆっくり、リオの前に歩いてくる。
距離は二歩分。
近い。
「私は見たわよ。あなたの死体を。」
リオは目を逸らさない。
「幻覚だ。
俺が死んだように見せた。――俺の能力だ」
「そこまでして、消える必要があったの?」
「……悪い。ただあの場から逃げたかっただけだ」
レイナが睨みつける。
「ずるいよ」
小さな声。
「勝手に死んで」
「勝手に生きて」
「勝手に戻ってきて」
アレンは、何も言わない。
言い訳もしない。
それがせめてもの誠意だった。
ミラが続ける。
「怒ってる」
「でも」
視線が揺れる。
「元気そうでよかった」
その一言で、空気が少しだけ変わる。
レイナが腕を組む。
「完全には許さないわよ」
「覚悟しなさい」
アレンは、かすかに笑う。
「ああ」
部屋の外で、足音が止まる。
エルナだろう。
戻るのを待っている。
三人は、まだ過去の途中にいる。
けれど。
今度は、ちゃんと生きたまま向き合っている。




