1.4
森を抜けた先に、小さな集落が見えた。
木造の家屋。
煙突から立ち上る細い煙。
夕暮れの空気に、かすかな生活の匂いが混じっている。
人の気配があるだけで、どこかほっとする。
「今日はここで休めそうだな」
ガルドが大きく息を吐いた。
その一言で、パーティの空気が少し緩む。
連日の移動と戦闘で、全員どこか疲れていた。
「久しぶりの村だね!」
レイナが弓を背負い直し、嬉しそうに言う。
「ちゃんとベッドあるかなー」
「あるといいな」
ガルドが苦笑する。
アレンは村の様子を見渡していた。
家の配置。
見張り台。
人の動き。
危険がないか、自然に確認している。
「警戒は強いみたいだな」
ぽつりと言う。
「最近は魔族も増えてるからな」
ガルドが頷いた。
アレンは短く息を吐く。
「……まずは村長に挨拶しよう。余計な警戒はさせたくない」
誰も反対しない。
このパーティの判断は、いつもアレンが下す。
それが自然になっていた。
私は、その後ろを歩きながら
無意識にアレンの背中を目で追っていた。
(……あ)
少し距離が開いただけなのに、胸が落ち着かなくなる。
理由は分からない。
でも――
彼が視界にいないと、心細い。
(……変だよね)
自分でも、そう思う。
剣を握れば、誰よりも強い。
戦えば、迷いはない。
なのに。
戦っていない時の私は、どうしてこんなにも不安定なんだろう。
「リュナ」
名前を呼ばれて、はっと顔を上げる。
「大丈夫か?」
アレンが振り返っていた。
ほんの少し、心配そうな目。
「う、うん。平気」
その一言で、胸のざわつきがすっと引いていく。
……やっぱり。
私は、彼に頼りすぎている。
それでも――
それが悪いことだとは、思えなかった。
――まずい。
リュナの様子を見て、俺はそう感じていた。
距離が離れただけで、あれだけ不安そうになる。
声をかければ、すぐ落ち着く。
依存が――深くなりすぎている。
(……俺が、やった)
自覚はある。
幻覚で恐怖を増幅させ、
安心できる対象を、意図的に“自分”に固定した。
最初は、生き延びさせるためだった。
魔族だと気づかせないため。
王国の命令に従うため。
――でも今は。
「……アレン?」
リュナが、不安そうにこちらを見ている。
その視線を受けるたび、胸の奥がぎりりと痛む。
(やめろ……そんな目で見るな)
守っているつもりで。
縛っている。
それでも、手を離せない。
妹の顔が脳裏をよぎる。
(……まだだ)
まだ、終われない。
村での休息は、短かった。
魔族の侵攻が激化している影響で、
どの集落も警戒を強めている。
それでも、温かいスープと寝床を用意してもらえた。
「助かります」
ミラが丁寧に礼を言う。
柔らかな微笑み。
だが、視線だけは静かに全員を観察していた。
「リュナ、ちゃんと食べなさい」
そう言われて、私は慌ててスプーンを動かす。
「あ、ごめんなさい」
「謝らなくていいのよ」
ミラは優しく笑った。
母親のような口調。
それなのに、なぜか背筋が伸びる。
……この人は、どこか見透かしている気がする。
視線を動かすと、アレンがいた。
それだけで、呼吸が楽になる。
(……ほんとに、変)
夜。
村外れの見張りに立ちながら、俺は空を見上げていた。
星は、綺麗だ。
こんなにも静かな夜なのに。
胸の奥だけが重い。
(……俺は、どこで間違えた)
正義のつもりだった。
復讐でもあった。
保身でもあった。
でも今は――
どれにも、なりきれない。
リュナは、俺を信じている。
疑いもしない。
それが、怖い。
もし――
このまま魔王城に辿り着いて、
真実を知ったら。
彼女は、俺をどう見る?
(……壊れる)
彼女が。
俺が。
どちらも。
「……アレン」
後ろから、声。
振り向くと、リュナが立っていた。
「眠れない?」
「……少し」
「そっか」
彼女は俺の隣に立った。
夜空を見上げる。
距離が近い。
近すぎる。
そして――
自然な動きで、俺の袖を掴んだ。
「……ここにいて」
小さな声。
拒否できるわけがなかった。
「……ああ」
その瞬間、胸が締め付けられる。
安心させているのか。
依存させているのか。
もう、区別がつかない。
私は、アレンの隣で夜空を見上げていた。
怖くない。
不安も、今はない。
(……これでいい)
そう思う。
でも――
心の奥で、かすかな声が囁いた。
――本当に?
私は、その声を無視する。
だって。
考えると、怖くなるから。
アレンが、ここにいる。
それだけで、私は前に進める。
それが――
どんな歪みの上に成り立っているとしても。




