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2.33

森は静かだった。


 昨日の戦いが嘘みたいに、

 鳥の声が戻り、風が葉を揺らしている。


 けれど――四人の歩く空気だけが、少しだけ重かった。



 隊列はまだ定まらない。


 リオが前を歩く。

 距離は微妙に遠い。


 近づきすぎず、離れすぎず。

 誰にも背中を預けない距離だった。


 エルナは、その背中をぼんやり見ていた。


 歩幅が一定。

 視線が揺れない。

 傷を負っているはずなのに、足取りは変わらない。


 ――本当に大丈夫なのかな。


 そう思った瞬間。


「……ずっと見てるが、何か用か」


 前から声が落ちた。


 エルナは小さく肩を揺らした。


「……ごめん」


「別にいい」


 それだけ。


 でも、ほんの少しだけ距離が近づいた気がした。



「ねえリオ」


 後ろからレイナが声をかける。


「さっきの幹部って、前にも会ったことある?」


「ない」


 即答だった。


「でも動き、迷ってなかったよね」

「……敵は敵だ」


 短い言葉。


 そこに躊躇はなかった。


 ミラが横から口を挟む。


「……アンタさ」


 少し真面目な声。


「全部“相打ち前提”だったり、自分への攻撃、丸っきり無視してたでしょ」


 沈黙。


 風が一瞬強く吹く。


「……効率がいい」


 それだけだった。


「効率って……」


 レイナが苦笑する。


「普通は自分も死ぬ可能性考えるでしょ」


 少しだけ間が空く。


「……自分がことだけなら迷わない」


 淡々とした声。


 軽く言われた言葉が、空気を少しだけ冷やした。


 エルナの胸が、わずかにざわつく。



 昼過ぎ。


 小さな川辺で休憩を取ることになった。


 水音が静かに流れる。


 ミラが腕を叩いた。


「はい、止まれ新人」


「……新人?」


「同行初日でしょ。傷の確認」


 強引に座らせる。


 リオは少し抵抗したけれど、無理やり押し切られた。


 外套が外れる。


 傷が露わになる。


 レイナが思わず声を上げた。


「……え、これ昨日のまま?」


 肩の裂傷。

 脇腹の刺創。


 簡易的に布が巻かれているだけ。


「……治る」


「いやいやいや」


 ミラが額を押さえる。


「アンタ、自分の体ただの道具だと思ってない?」


 リオは答えない。


 目を逸らす。


 その沈黙が、答えみたいだった。



 手当てが始まる。


 ミラの手が光る。


 やわらかい治癒の光。


 傷がゆっくり閉じていく。


 その間も。


 リオの表情は変わらない。


 痛みを感じている様子が、ほとんどない。


 エルナは少しだけ近づいた。


「……痛くないの?」


 小さな声。


「……慣れてる」


 短い返答。


「……怖くない?」


 少し間。


 水音だけが流れる。


「……怖いって思う時間が、無駄だった」


 その言葉に、胸が少し締まる。



 休憩のあと。


 四人は再び歩き出す。


 森の奥。


 少し狭い獣道。


 突然。


 エルナの感覚が、鋭く反応した。


「……前」


 同時に。


 低い唸り声。


 茂みから飛び出す影。


 大型の魔獣だった。


 距離、近い。


 次の瞬間。


 リオが前に出ていた。


 踏み込み。


 早い。


 でも――


 防御を捨てた角度。


「待って!」


 エルナの声。


 届かない。


 魔獣の爪が振り下ろされる。


 避けない。


 踏み込む。


 剣が急所へ届く。


 同時に。


 肩に深い裂傷。


 血が跳ねる。


 魔獣は倒れる。


 静寂。



「……は?」


 レイナが固まる。


「ちょっと待って今の何!?」


 ミラが駆け寄る。


「避けられたでしょ!?」


 リオは血を拭う。


「……効率的だ」


「だからって斬られに行くな!」


 珍しくミラが怒鳴った。


 エルナは何も言えない。


 ただ。


 さっきの動きが頭から離れなかった。


 死ぬ前提の距離。


 躊躇のない踏み込み。


 そして――


 ほんの一瞬だけ。


 知っている誰かの影が、重なった気がした。



 夕方。


 四人は小さな野営地を作った。


 火が揺れる。


 ミラが腕を組む。


「……ルール決めよう」


 全員の視線が集まる。


「単独突撃禁止」


 即答。


「……」


 リオは黙る。


「アンタ死ぬ気で戦うのは勝手。でもさ」


 少しだけ声が柔らかくなる。


「今は“同行者”だから。背中、預けられてるの」


 レイナも頷く。


「私たちも守るし、守らせて」


 沈黙。


 火の音。


 長い間のあと。


「……努力する」


 小さな声だった。


 それが、リオなりの譲歩だった。



 夜。


 見張りは四人交代。


 エルナの番。


 隣に、リオが立っていた。


 しばらく沈黙。


「……さっき」


 エルナが言う。


「危なかった」


「……問題ない」


「……私、迷った」


 小さな声。


「昨日も、今日も」


 少しの間。


 風が頬を撫でる。


「……迷ってもいい」


 リオが言った。


「死ななければ、次がある」


 それだけ。


 でも。


 エルナの胸の奥が、少しだけ軽くなった。


 火が揺れる。


 四人の影が、少しだけ近づいていた。


 戦いの余熱を残したまま。


 新しい同行の形が、静かに始まっていた。

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