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2.29

森は静かだった。


 風はある。

 葉も揺れている。


 でも――“音が減っている”。


 エルナは足を止めた。


「……静かすぎる」


 レイナが眉を上げる。


「嫌な静けさ?」


「うん」


 答えた瞬間。


 ――背後。


 空気が裂けた。


 反射で身体が動く。

 エルナが横に転がり、次の瞬間、立っていた場所の地面が深く抉れた。


 遅れて――音。


 レイナの矢が放たれる。


 黒装束。


 顔は見えない。


 返事もない。


 次の影が、真横からミラの首を狙う。


 ミラが半歩だけ沈む。

 短剣で軌道をずらし、そのまま肘で胸を打つ。


 影は吹き飛ばない。


 ただ――距離を取る。


「……最初から殺しに来てる」


 ミラが低く言う。


「うん」

 レイナが即答し、次の矢を番える。


 会話に返事はない。


 代わりに。


 真上から、三人同時に刃が落ちた。


 エルナの視界が勝手に開く。

 踏み込みの角度、逃げ場、死角――


「右、下がって!」


 レイナが転がる。

 ミラが身体を捻る。


 刃が地面を裂く。


 ――浅い。


 でも。


 全部、急所だった。


 休む間もなく、次。


 今度は足元。


 音もなく刃が滑る。


 レイナが跳び退くが、頬がわずかに裂ける。


「っ……速い」


 返事はない。


 ただ、呼吸だけが聞こえる。


 一定のリズム。


 感情がない。


 囲みながら、急所だけを狙ってくる。


 追撃はしない。


 でも――止まらない。


 三人は自然に背中を寄せた。


「……逃げる余裕ないね」


 レイナが小声。


「うん。移動中に削られる」


 ミラが短く答える。


 エルナは黙っていた。


 感覚が、強すぎる。


 次の刃が来る位置が分かる。


 でも――


 “考える前”に分かるのが怖い。


 その一瞬。


 反応が、わずかに遅れた。


 刃が胸へ伸びる。


 ミラが割り込み、弾く。


「集中」


 短い声。


 エルナは息を吐いた。


「……ごめん」


 次の瞬間。


 全ての影が、同時に動きを止めた。


 わずかな“間”。


 空気が冷える。


 森の奥から、別の気配が落ちてくる。


 重い。


 深い。


 上位者。


 影たちが、一歩だけ後退する。


 どこからともなく、女の声。


「……反応は確認できた」


 静か。


 感情がない。


「思考速度、連携、感知精度……予想以上ね」


 姿は見えない。


 でも――確実に“見られている”。


「ここまでで十分。」


 短い宣告。


 次の瞬間。


 影たちが一斉に散った。


 音もなく。


 気配も残さず。


 森は、元の静けさに戻る。


 レイナが息を吐いた。


「……なにあれ。最悪」


 ミラが短剣を拭く。


「暗殺部隊。しかも仕事慣れしてる」


 エルナは答えなかった。


 最後に落ちた声。


 “次はない”という確信だけが、胸に残っていた。

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