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2.28

朝霧の残る野営地。

 火の残り香が、まだ空気に薄く漂っていた。


「……おはよ」

 レイナが小さく手を振る。


「早いね」

 ミラはまだ眠そうな声で伸びをする。「見張り、ちゃんと寝た?」


「……寝た、と思う」

 エルナは少しだけ言葉を濁した。


 夜の間、何度も目が覚めた。

 理由は分からない。

 でも、森の奥から“見られている”感覚が消えなかった。



 朝食を終え、三人は街道へ戻る。


「今日は町に寄るんだっけ?」

 ミラが地図を覗き込む。


「うん。小さい交易町」

 レイナが指でなぞる。「半日くらいかな」


 平和な予定。

 普通の旅程。


 けれど――


 エルナの視界の端で、草がわずかに揺れた。


 風じゃない。

 歩幅に合わせるような、一定の動き。


 振り向く。

 誰もいない。


 でも、気配だけが消えない。



 昼前。

 小さな橋を渡る。


 下を流れる水音に紛れて、足音が増える。


 ……一つじゃない。


「……二人、後方」

 エルナが小声で言う。


「昨日より増えてる?」

 レイナが自然に位置を変えた。


「多分」

 ミラは笑顔のまま、屋台の看板を眺めているふりをする。「でも、まだ“来ない”」


 橋を渡り切ると、気配はまた距離を取った。


 ――監視。


 確信に近い感覚が、胸の奥に落ちる。



 交易町の入口。

 人の流れに紛れると、気配は一時的に消えた。


「……はあ。人混みありがたい」

 ミラが小さく息を吐く。


「完全には消えてない」

 エルナは周囲を見渡す。「多分、交代してる」


「交代?」

「同じ距離、同じ視線。……訓練されてる」


 レイナの表情が少しだけ真剣になる。


「……敵?」


 エルナは少し考えた。


「まだ分からない。でも――普通じゃない」



 町の市場。

 果物の匂いと、人の声。


 ミラはあえて明るく振る舞う。


「ねえ見て、これ絶対美味しいやつ!」

「さっきも言ってた」

「言うのは自由!」


 笑いながら歩く。

 けれど三人とも、視線だけは動かしていた。


 同じ位置。

 違う顔。

 でも、同じ“見方”。


 ――観察されてる。



 町を出て、再び森寄りの道へ。


 人が減ると同時に、気配が戻る。


 今度は隠さない。


 枝が鳴る。

 石が転がる。

 距離を測るような動き。


「……数、三」

 エルナが低く言う。


「昨日より本気ね」

 ミラが肩をすくめる。


「戦う?」

 レイナの声は落ち着いていた。


「……まだ」

 エルナは首を振る。「向こうも様子見」


 その時。


 風の流れが一瞬だけ止まった。


 ――見られている。


 もっと遠く。

 もっと上から。


 精霊の気配が、ほんの少しだけ揺れた。



 夕方。

 野営地を決め、火を起こす。


 いつも通りの準備。

 いつも通りの会話。


 でも、沈黙の隙間が増えていた。


「……ねえ」

 レイナが小声で言う。「昨日から、明らかに“追ってる”よね」


「うん」

 エルナは頷く。


「協会?」

「違うと思う」

 ミラが静かに答えた。「あの距離感、あの交代の仕方……諜報の動き」


 火がぱちりと鳴る。


 少しの沈黙。


「……逃げる?」

 レイナが聞く。


 エルナは火を見つめた。


「……まだ分からない。でも――」


 その瞬間。


 森の奥で、小さな光が瞬いた。


 誰かが、何かに“報告”したような、短い魔力の波。


 エルナの背中が冷たくなる。



 同時刻。

 森のさらに奥。


 黒い装束の三人が、膝をついていた。


 中央の人物が結晶を握る。


「対象、警戒状態へ移行」

 低い声が響く。


 結晶の向こうから、冷たい女性の声が返る。


「……観察は十分」


 短い沈黙。


「次は、試す」


 風が渦を巻く。

 空間が、わずかに歪んだ。


「先遣班、“宵影”――接触許可」


 通信が途切れる。


 黒装束たちは同時に立ち上がった。



 夜。

 火の前で三人が座っている。


 笑っている。

 話している。


 でも全員が分かっていた。


 ――もう、ただの追跡じゃない。


 どこかで、

 “何か”が動き出している。


 森の奥で、枝が折れる音がした。


 今度は――

 隠そうともしなかった。

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