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2.27

昼前の街道は、昨日より少しだけ静かだった。

 森を抜けて広がる草原の道を、三人は並んで歩いている。


「ねえ、今日も“先生の日”?」

 レイナが笑いながら振り向く。


「……歩きながらは難しい」

 エルナが小さく首を振る。


「じゃあ雑談の日ね」

 ミラが伸びをして、前を歩く荷馬車を眺めた。「平和って最高」


 風が草を揺らし、空は高い。

 何事もない、旅の一日。


 ――のはずだった。



 休憩で立ち寄った小さな集落。

 井戸の近くで水を汲んでいると、エルナの視界の端に違和感が走る。


 黒い外套。

 顔は見えない。

 けれど、さっき街道でも見た背格好。


 ――気のせい?


 目を戻すと、もういない。


「エルナ?」

 レイナが首を傾げる。「どうしたの?」


「……なんでもない」


 言葉にした瞬間、胸の奥が少し重くなった。



 昼食後、三人は再び歩き出す。


「ねえミラ、さっきの屋台の人、昨日の街にもいた気がするんだけど」

 レイナが何気なく言う。


「旅人なんてみんな似て見えるでしょ」

 ミラは笑って答えた。けれど、その視線はほんの一瞬だけ後ろを確認していた。


 エルナは何も言わない。

 ただ、風の流れと人の気配を無意識に数えていた。


 ――三人の後方、距離一定。


 振り向けば、ただの旅人。

 気にしすぎだと、自分に言い聞かせる。



 午後。

 森寄りの細い道に入ると、人の数が一気に減った。


「静かだね」

 レイナが小さく呟く。


「こういう道、嫌いじゃない」

 ミラが先を歩く。「音がよく分かるから」


 その時。


 枝が、折れた。


 遠い。

 でも、三人の歩幅に合わせるような位置。


 エルナの背中に冷たい感覚が走る。


「……少し、歩く間隔広げよ」

 自然を装って言う。


「了解」

 ミラは何も聞かず頷いた。


 レイナも、冗談を言わずに位置を変える。


 会話は続く。

 けれど三人とも、ほんの少しだけ呼吸が浅くなっていた。



 夕方前。小さな丘の上。


 振り返ると、街道は長く続いている。

 その先に、黒い影が一つ。


 立ち止まりもしない。

 近づきもしない。

 ただ、一定距離を保って歩いている。


「……気づいてる?」

 ミラが小声で言う。


「うん」

 レイナが短く答えた。


 エルナは目を細める。


 敵意は、まだない。

 でも――視線が長い。


「……今は放っておこう」

 エルナが静かに言う。「向こうも、まだ来ない」


「観察されてるってこと?」

「……多分」


 風が吹き抜ける。

 草が揺れ、影が一瞬だけ消えた。


 次の瞬間には、もう見えない。



 その日の夜。

 三人が野営地で火を囲んでいる頃。


 少し離れた森の奥。


 黒い外套の男が、小さな結晶に触れる。

 淡い光が瞬いた。


「観測対象、行動安定」

 低い声が、誰かに届く。


 その背後に、もう一つ影。


「戦闘能力、想定以上」

 別の声が続く。「幹部への報告、許可願う」


 短い沈黙。


 やがて、冷たい声が返る。


「……評価段階、終了。

 次段階へ移行する」


 風が吹く。

 影は、音もなく消えた。



 火の前では、三人の笑い声が続いていた。


 今日の屋台の話。

 レイナの失敗。

 ミラの大げさな身振り。


 いつもと同じ夜。


 けれど、見えない場所で

 “狙い”は、すでに始まっていた。


 ――影はまだ、名前を持たない。

 だが確実に、三人へ近づいている。

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