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2.22

篝火は、もう一本だけになっていた。


宴の名残の酒壺も、食器も、

誰かが片づけたのだろう。


広場には、三人分の影しかない。


夜風が、森を揺らす。

葉擦れの音が、呼吸のように続いていた。


大長老は、火の向こう側に座っている。


背は丸く、肩は細い。


それでもその姿勢には――

長く里を支えてきた者の静けさが残っていた。



「……若い者たち、やりすぎたな」


ぽつりと、大長老が言う。


「本気ではなかった。

 それは、分かっておる」


エルナは答えない。


分かっている。


分かっているからこそ、

あの速さで終わらせた。


「恨まれても、仕方ない」


エルナが、静かに呟く。


大長老は火を見つめたまま、首を横に振った。


「まだ整理しきれていないのだろう

 恨むことがないように伝えてはおる」


「この役目を押し付けたのは、わしじゃ」


ゆっくりと視線がエルナへ向く。


篝火が、その目を照らす。


「わしはな」


一拍。


「感謝しておる」


その言葉に、

エルナの指がわずかに強く握られた。


「……それは、やめてください」


低い声。


だが、はっきりとした拒絶だった。


「殺すことに、

 感謝されるのは……」


言葉を探し、


見つからず、


エルナは息を吐いた。


「……正しい気がしない」



大長老は、少しだけ笑った。


「正しくは、ないな」


即答だった。


「だが、必要だ」


迷いはない。


「里を守る力は、

 時に“綺麗であってはならない”」


その言葉を、

レイナが静かに受け取る。


彼女は少し離れた場所に立っていた。


弓は持っていない。


ただ――見届ける者として。


「エルナ」


レイナが、初めて名を呼ぶ。


「あなたは

 “殺す力”を持っている」


責める声ではない。


事実を、そのまま置く声。


「でも今夜、

 それを“守るために使う”と決めた」


エルナは目を伏せたまま答える。


「……逃げたくは、ありません」


小さく、しかし確かな声。


「誰かを守るために使うなら」


「私は、この力から目を逸らさない」


それは誓いというより――

自分自身への確認だった。



大長老は満足そうに頷いた。


「それで、よい」


そして、ゆっくり姿勢を正す。


「レイナ」


名を呼ばれ、

レイナは一歩前に出た。


「お前は、見届け人だ」


「はい」


短く、確実に。


「この里が

 この選択をした証人となれ」


「引き受けます」


迷いはない。


「魔王の件が終わったら――

 私は、戻る」


その言葉に

大長老の目が細くなる。


「その時には」


レイナは森を見渡した。


「この森を、私が守る」


約束だった。



沈黙。


火が、最後に大きく揺れた。


大長老は、ゆっくりと立ち上がる。


長い年月を背負った体。


それでも足取りは、不思議なほど穏やかだった。


「もう、十分だ」


声は、静かだった。


「長い生涯だった」


篝火の光が揺れる。


「苦労も多かったが」


少しだけ、遠くを見る。


「幸せでもあった」


「そして――」


エルナとレイナを順番に見る。


「希望も見つかった」


微かな笑み。


「満足である」


エルナは剣を握る。


まだ。


だが、もう――

覚悟は揺れない。


「……はい」


短い返事。


その一言で、

すべてが決まった。


夜は深く、静かだった。


森は、何も語らない。


だが――


今日、一本の命が終わり、

一つの責務が受け渡される。


それを。


この夜だけは――


誰も否定しなかった。


そしてエルナは、静かに思う。


(これは――終わりじゃない)


(守るために、受け取る命だ)


篝火が、最後に小さく揺れた。

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