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2.21

――引き受けられた役目


火が灯るのは、久しぶりだった。


エルフの里の中央広場。

普段は儀式にしか使われない場所に、篝火がいくつも並び、酒と料理が運ばれている。


賑やかではある。


だが――

誰もが分かっていた。


これは祝宴ではない。


別れのための夜だ。



最初に立ち上がったのは、年老いたエルフだった。


背は低く、杖をついている。

かつて森の境を守っていたという戦士だ。


彼は、大長老ではなく――

エルナを見た。


その視線に、エルナはわずかに身構える。


「……まず、言わせてくれ」


掠れた声。


だが、広場の隅まで届いた。


「この里を、長い間見守ってきてくれたのが――

 この大長老だ」


篝火が、ぱちりと鳴る。


「その旅立ちの夜だ」


「今日は、盛大に語り合おう」


静かなざわめきが広がる。


そしてその老エルフは、ゆっくりと歩き――

エルナの前で止まった。


杖を握る手が、少し震えている。


「……嫌な役回りを押し付けてしまったな」


しばらく黙り、そして言った。


「申し訳ない」


そのまま――


深く頭を下げた。


広場の空気が、重く沈む。


エルナは視線を落とした。


(……やっぱり、知っている)


誰も口にしないだけで、

この里の者たちは皆、分かっている。


「本当はな」


老エルフが、ゆっくりと続ける。


「誰も感謝なんてしちゃいけない役目だ」


篝火が揺れる。


「それでも――言わせてくれ」


杖をつく手に、力が入る。


「森を守るために」


「嫌われる覚悟で、刃を振るう者が必要だった」


そして、もう一度。


深く、静かに礼をする。


「……本当に、ありがとう」



エルナは、返す言葉を見つけられなかった。


喉の奥が、詰まる。


(……感謝されることじゃない)


殺す。


それだけの行為に。


守るためだと分かっていても、

それを礼として受け取ることが、ひどく居心地が悪い。


「……やめてください」


ようやく声が出た。


小さく、低い声。


「私は――」


少し言葉を探し、続ける。


「褒められるようなことをするわけじゃない」


顔は、上げられない。


「ただ……」


「必要だと言われたから、やるだけです」


それ以上は、言えなかった。


老エルフは、少しだけ笑った。


責める気配はない。


「そう言うと思ったよ」


静かに頷く。


「だからこそ」


「お前に任せるんだ」



宴は続いた。


酒が注がれ、

昔話が語られ、

ときには笑い声も上がる。


だが、エルナの胸の奥には、

重たいものが残ったままだった。


少し離れた場所では、ミラが静かにその様子を見ている。


誰にも話しかけず、

ただ、エルナの方を時々見ていた。


やがて。


若いエルフの一人が立ち上がった。


「勝負をさせてください」


ざわめきが止まる。


それは、抵抗であり。

別れであり。


せめてもの足掻きだった。


「俺たちは……」


その若者は、大長老を見る。


「あなたの意思は知っています」


迷いのない目だった。


「でも」


声が震える。


「俺たちはあなたが好きだ」


「死んでほしくない」


広場が静まり返る。


若者は、エルナを見た。


「勝負を」


空気が、張り詰める。


「もし俺たちが勝ったら」


拳を握りしめる。


「――あなたは、大長老を殺さないで、この森を去ってください」


それは、死を否定する提案。


彼なりの、精一杯の敬意だった。


大長老は答えない。


ただ、視線をエルナに向ける。


エルナは、一歩前に出た。


「……分かりました」


静かに言う。


「お願いします」



若者たちは剣を構える。


だが――


迷いがある。


大長老の意思を知っている。


それでも抗いたい。


そんな矛盾が、体を鈍らせていた。


それに対して。


エルナには、迷いがない。


剣を抜く。


静かな音が、夜に響いた。



勝負は、一瞬だった。


最初の一歩で距離を詰める。


閃き。


若者の剣が地に落ちる。


二人目。

三人目。


構える間もなく、足元に崩れていた。


殺意はない。


だが――

容赦もない。


「……っ」


誰も死なない。


それでも、誰も立ち上がれない。


若者たちは地面に倒れたまま、空を見ていた。


敗北と。

納得と。


それでも残る悔しさを抱えながら。


「……強いな」


誰かが、呟く。


エルナは剣を収めた。


何も言わなかった。



宴は、そのまま続いた。


酒が減り、

語り声は静かになり。


一人、また一人と火から離れていく。


やがて――


篝火の前に残ったのは。


大長老。

レイナ。

エルナ。


そして、少し離れた場所で見守るミラ。


誰も口を開かない。


エルナは、剣の柄に触れた。


さっきの「ありがとう」が、

まだ耳に残っている。


(……殺すことに、感謝される)


それでも。


火が、静かに爆ぜる。


夜は深く。


森は――

すべてを知っているように、静まり返っていた。


この先に待つものを。


もう誰も口にしなくても――

十分に分かっていたからだ。

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