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2.20

――守るために、刃を取る。


これまでにも、人を殺したことはある。


村人を守るため。

魔族や盗賊を相手に。


そのときは迷わなかった。

相手がこちらに殺意を向けてきたからだ。


殺されるかもしれない。

だから斬った。


ただ、それだけだった。


だが今回は違う。


相手は、死にかけの老いたエルフ。

武器も持たず、敵意もない。


ただ――

事実を語り、お願いをされた。


命令ではない。

強制でもない。


だからこそ、重かった。


エルナは息を吐く。


(……答えを伝えに行くだけだ)


それだけのことだ。


森の中央へ向かう道を、エルナは歩いていた。


大樹の根が絡み合う、古い広場。

何世代ものエルフが行き交った場所。


その奥に、大長老の部屋がある。


足元の土は柔らかい。

踏みしめるたび、過去の足跡が静かに沈む。


逃げようと思えば、いつでも逃げられた。


誰も追わない。

誰も責めない。


大長老はそう伝えてくれていた。


それでも――


エルナは、ここに立っている。


(……逃げない理由を)


胸に手を当てる。


そこにあるのは、力。


奪った力だ。


望まれていない殺しから、手に入れてきたもの。


力を得るたびに、

自分としての何かが少しずつ削れていく感覚があった。


だから今までは――

「仕方がない時」だけにしてきた。


だが。


(守りたい)


それは衝動ではない。


怒りでもない。

義務でもない。


エルフの里。

この森。


ここで生きてきた者たちの時間。


そして。


そのすべてを背負おうとしている、

ひとりの老いた背中。


その時だった。


「エルナ」


静かな声が、後ろから届く。


振り返ると、ミラが立っていた。


夜の森の中でも、彼女の表情は落ち着いている。


「……起きてたのか」


エルナが言うと、ミラは小さく微笑んだ。


「ええ。少しね」


ゆっくり歩み寄る。


「考えてたの?」


エルナは少しだけ迷い、頷いた。


「……うん」


ミラはエルナの顔をじっと見つめる。


観察するように。

けれど、責める気配はない。


そして、静かに言った。


「無理はだめよ」


エルナの眉が、わずかに動く。


「これは……無理じゃない」


「そう」


ミラは頷いた。


否定はしない。


ただ、優しく続ける。


「でもね、エルナ」


名前を呼ぶ声は柔らかい。


「つらいと思うなら、

 逃げたってかまわない。

 口に出してくればいいわ」


「ええ」


「でも、逃げたくない」


ミラはしばらくエルナを見ていた。


そして、そっと言う。


「大丈夫よ」


その声は、とても静かだった。


「あなたはちゃんと、

 自分で考えて選べてる」


エルナの胸の奥守るためにた重さが、少しだけほどける。


「……ミラ」


「私は近くにいる

 それに未来は確定してない。

 あの人たちが言ってるだけで実際どうなるかなんてわからないわ」


ミラは森の奥――

里の方向へ視線を向けた。


「一人で背負う必要はないの」


少しだけ笑う。


「それにね」


「?」


「レイナも大長老も、

 あなたが一人で抱えることを望んでないと思うわ」


エルナは、息を吐いた。


胸の奥にあった迷いが、ゆっくり沈んでいく。


「……ありがとう」


ミラは軽く頷いた。


「行ってらっしゃい、エルナ」


「うん」


エルナは歩き出す。


ミラはその背中を見送った。


その目は、優しかった。


そして少しだけ――


祈るようでもあった。


扉を開くと、

大長老はベッドに横たわっていた。


こちらを見ている。


まるで、最初から分かっていたかのように。


エルナは一歩進み、立ち止まった。


「……決めました」


声は、驚くほど静かだった。


大長老は目を細める。


「そうか」


それだけだった。


引き止めない。

確かめもしない。


ただ、受け入れている。


エルナは一歩、前へ出る。


「私は……」


一度、息を吸う。


「この力を、誰かを守るために使います」


言葉にして、初めて理解する。


これは逃げではない。


自分で選んだ。


「そのために」


視線を逸らさない。


「あなたを殺します」


重い言葉だった。


それでも、揺れなかった。


「それでいい」


大長老は、わずかに笑った。


「私はな、

 エルナ」


一拍、間を置く。


「感謝しておる」


杖を地に突く音が、小さく響く。


「この里に関係もないお主に、無茶なお願いをしていることも分かっておる

 伝えたことによって重い決断を強いているのも分かっておる。

 申し訳ない」


エルナは、唇を噛みしめる。

逃げ道は、用意されていた。


それでも選んだ。

重い決断だが自分で選択したことだ。


「……はい」


短く、答える。


大長老は、微かに笑った。


「では早いうちが良い、今夜にしよう」


静かな部屋でその声は大きく響いた。


エルナは剣の柄に手を置いた。


震えはない。


怖くないわけじゃない。

後悔しない保証もない。


それでも。


(より多くの人を守るために)


この力を使うと、

ようやく決めた。


森は、相変わらず静かだった。

だがその静けさは、

拒絶ではなく――


見届ける沈黙だった。

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