2.14.5
――あの頃、私は「正しい位置」にいた。
弓を構えれば、視界は澄んだ。
風向き、距離、魔力の流れ。
全部が計算できて、全部が予測通りに収まった。
後衛。
それが私の役割だった。
前に立つ仲間たちを、絶対に倒れさせない位置。
敵の急所だけを射抜き、無駄な被害を出さない距離。
勇者パーティの中で、私はいつも「最適解」を選んでいた。
――そう、信じていた。
最初の違和感は、魔族の集落だった。
情報では「人間を襲撃した魔族の拠点」。
地図には赤い印が引かれ、討伐対象として指定されていた。
森を抜け、視界が開けた先にあったのは、
簡素な住居と、粗末な柵。
武装した者は、思っていたより少なかった。
それでも命令は命令だった。
私は弓を引き、
仲間が突入する前に、見張り役を落とした。
一射。
二射。
魔族は倒れ、混乱が広がる。
その中に――
小さな影が見えた。
魔族の子供だった。
震えながら、大人の背中に隠れている。
戦う気力のない者もいた。
武器を持たず、逃げることもできず、ただその場に立ち尽くしている。
でも私は、矢を放つのをやめなかった。
狙うのは、武装した者。
仲間に近づく危険がある者だけ。
――完璧な支援。
――無駄のない戦闘。
人間側の被害は、ほぼゼロ。
「さすがだな、レイナ」
「後ろが安定してると、前が楽だ」
褒め言葉が飛ぶ中、
私はただ、弓を下ろした。
正しい行いだったのか。
誰も、そういう疑問を口にしなかった。
だから私も、口にしなかった。
次の記憶は、走っている。
魔族が村を襲った、という報告。
勇者パーティは全力で向かった。
私は先行した。
少しでも被害を減らすために。
森の中から、狙撃で魔族を削る。
矢は外れなかった。
倒すたびに、確実に道は開けた。
――間に合う。
――間に合わせる。
そう思っていた。
村に着いたとき、
空気は、もう終わった後の匂いだった。
焼け焦げた木。
血の跡。
倒れたまま、動かない人影。
助けられなかった命が、そこに並んでいた。
それでも、生き残った村人たちは、
私たちを見て、泣いた。
「ありがとう……」
「来てくれて……」
責める声は、ひとつもなかった。
誰も、「遅い」とは言わなかった。
それが、一番きつかった。
私は確かに、魔族を倒した。
村は、これ以上襲われることはない。
それでも残ったのは、
「助けた」という実感じゃなく、
「遅かった」という事実だけだった。
二つの記憶は、今でも並んでいる。
魔族を殺したとき。
正しかったのか、分からなかった。
人を守ろうとしたとき。
正しかったはずなのに、救われなかった。
どちらも、
「間違いだ」と言われたわけじゃない。
だからこそ、答えが出なかった。
魔王討伐が終わったあと、
私は勇者パーティを離れた。
誰かに止められたわけでも、
追い出されたわけでもない。
ただ、
もう「流される役割」に戻れなかった。
それからの一年、
私は一人で動いた。
討伐もした。
見逃した魔族もいた。
助けられなかった村も、あった。
でも全部、自分で選んだ。
矢を放つかどうか。
立ち止まるか、進むか。
その重さを、
今はちゃんと、自分の中で受け止めている。
焚き火の音が、静かに弾ける。
あの頃の私は、
確かに「正しい位置」にいた。
でも今の私は、
もう一歩、前に出て考える。
――流されないために。
弓を握る手に、
迷いはまだある。
それでも、
それを捨てる気はなかった。




