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1.1

「アレン。そなたを王国随一の剣士として、勇者の称号を授ける」


玉座の間で、王の声が静かに響いた。


「そしてリュナ。そなたは勇者の剣を通して、初代勇者の力を振るう者。ゆえに同じく勇者と認める」


こうして王国は、二人の勇者を立てた。

ひとりは国一番の剣を持つ勇者。

もうひとりは初代勇者の力を継ぐ勇者。


魔王討伐のための、勇者パーティとして。


――そして、その翌朝。


朝靄が、王都の石畳を薄く覆っていた。


まだ人の往来もまばらな広場で、リュナは立ち尽くしていた。

視線は自分の両手に落ちている。


――少し、震えている。


それに気付いた瞬間、彼女は指をきゅっと握りしめた。

寒さのせいではない。


かといって、理由を説明できるほどの不安でもなかった。


ただ、胸の奥に沈んだままの違和感。

いつからあったのかも分からない、名前のない感情。


「……リュナ?」


背後から声をかけられ、彼女ははっと振り返った。


銀髪の少年――アレンが、穏やかな笑みを浮かべて立っている。

朝の光を反射する青い瞳は、いつもと同じ、安心できる色だった。


王国一の剣士。

そして、王から正式に勇者の称号を授けられた青年。


その剣は、騎士団でも並ぶ者がいないと言われている。


「寒い?」


「ううん、大丈夫だよ」


即答だった。

考えるより先に、身体がそう答えていた。


アレンは小さく頷く。


「無理はするな。初めての長旅なんだから」


そう言って、彼は外套を差し出した。


リュナは一瞬だけ迷ってから、それを受け取る。


布の温もりが肩にかかると、不思議なほど胸が落ち着いた。


(……あ)


さっきまで確かにあった、不安の輪郭が薄れていく。

理由を探す前に、思考そのものが遠ざかっていった。


「ありがとう、アレン」


「どういたしまして」


彼は少しだけ照れたように笑う。


――この人がいるから、大丈夫。


そう思うと、心が軽くなる。

疑問も、恐れも、考えなくてよくなる。


その感覚に、リュナは疑問を抱かなかった。

むしろ、それが「正しい状態」だと信じていた。


「おーい! 二人ともー!」


広場の向こうから、大きな声が飛んできた。


黒髪の大男――ガルドが、大剣を背負ったまま手を振っている。


「そろそろ出発だぞー!」


「今行くよ」


リュナが近づくと、ガルドは豪快に笑った。


「おう、嬢ちゃん。いい顔してるじゃねぇか」


「え、そうかな……?」


「ははっ。旅に出る前の顔ってのはな、だいたいこんなもんだ」


彼は背中の大剣を軽く叩く。


「怖くて当然だ。だがな――」


ガルドはにやりと笑った。


「怖いって分かってるやつの方が、長生きする」


「相変わらず重そうですね、その剣」


アレンが苦笑すると、ガルドは肩をすくめた。


「盾役だからな。軽いほうが困るんだよ」


その隣で、エルフの少女がぴょんと飛び出した。


「ねえねえリュナ!」


レイナが顔を覗き込む。


「今日から本当に勇者パーティだよ? どう?どう? 緊張してる?」


「えっと……ちょっとだけ、かな」


「えー! ちょっとだけ!?」


レイナは目を丸くする。


「すごいよリュナ! 私なんて昨日ぜんっぜん眠れなかったんだから!」


「ほんと?」


「ほんとほんと! だって魔王討伐だよ!? 勇者パーティだよ!? 歴史に残るやつだよ!?」


ガルドが笑った。


「お前は遠足前の子供か」


「だってワクワクするじゃん!」


レイナは腕を広げた。


「しかも勇者が二人だよ!? すごくない!?」


「……そうだね」


リュナは少しだけ笑う。


「大丈夫だって! リュナ強いもん!」


その言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。


――強い。


それは事実だ。


剣に触れれば、使い手の技も、戦い方も、思考の癖まで理解できる。

自分より遥かに強かった誰かの“記憶”を、身体に流し込んで戦える。


だから、戦闘で迷うことはほとんどなかった。


それでも。


「ふふ、大丈夫よ」


最後に声をかけてきたのは、黒髪の女性――ミラだった。


落ち着いた微笑みを浮かべながら、リュナの肩にそっと手を置く。


「リュナ、少し緊張しているみたいね」


「え、そうかな……?」


「ええ。でも、それくらいがちょうどいいのよ」


ミラは優しく言う。


「私たちがついているわ。怖いことなんて、何もない」


その言葉に、胸が温かくなる。


同時に、背筋をなぞるような冷たさを覚えたが、

それもすぐに、アレンの存在を意識した途端、消えていった。


(……考えすぎ、だよね)


考えなくていい。

不安になる必要もない。


だって――


「行こう、リュナ」


隣に並んだアレンが、静かに言った。


「俺が、そばにいる」


その一言で、世界が定まった。


王城の門が、ゆっくりと開いていく。


年々激化する魔族の侵攻。

それを止めるために選ばれた、少数精鋭の勇者パーティ。


その一員として、リュナは旅立つ。


誇らしいはずの瞬間なのに、

心の奥で、何かが確かに悲鳴を上げていた。


けれど彼女は、それに耳を傾けない。


アレンがいる。

仲間がいる。


だから――大丈夫。


そう信じることでしか、立っていられないことに、

まだ気づかないまま。


こうして、勇者パーティの旅は始まった。


それが、

守られているようで、縛られている旅だとも知らずに。

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