1.1
「アレン。そなたを王国随一の剣士として、勇者の称号を授ける」
玉座の間で、王の声が静かに響いた。
「そしてリュナ。そなたは勇者の剣を通して、初代勇者の力を振るう者。ゆえに同じく勇者と認める」
こうして王国は、二人の勇者を立てた。
ひとりは国一番の剣を持つ勇者。
もうひとりは初代勇者の力を継ぐ勇者。
魔王討伐のための、勇者パーティとして。
◇
――そして、その翌朝。
朝靄が、王都の石畳を薄く覆っていた。
まだ人の往来もまばらな広場で、リュナは立ち尽くしていた。
視線は自分の両手に落ちている。
――少し、震えている。
それに気付いた瞬間、彼女は指をきゅっと握りしめた。
寒さのせいではない。
かといって、理由を説明できるほどの不安でもなかった。
ただ、胸の奥に沈んだままの違和感。
いつからあったのかも分からない、名前のない感情。
「……リュナ?」
背後から声をかけられ、彼女ははっと振り返った。
銀髪の少年――アレンが、穏やかな笑みを浮かべて立っている。
朝の光を反射する青い瞳は、いつもと同じ、安心できる色だった。
王国一の剣士。
そして、王から正式に勇者の称号を授けられた青年。
その剣は、騎士団でも並ぶ者がいないと言われている。
「寒い?」
「ううん、大丈夫だよ」
即答だった。
考えるより先に、身体がそう答えていた。
アレンは小さく頷く。
「無理はするな。初めての長旅なんだから」
そう言って、彼は外套を差し出した。
リュナは一瞬だけ迷ってから、それを受け取る。
布の温もりが肩にかかると、不思議なほど胸が落ち着いた。
(……あ)
さっきまで確かにあった、不安の輪郭が薄れていく。
理由を探す前に、思考そのものが遠ざかっていった。
「ありがとう、アレン」
「どういたしまして」
彼は少しだけ照れたように笑う。
――この人がいるから、大丈夫。
そう思うと、心が軽くなる。
疑問も、恐れも、考えなくてよくなる。
その感覚に、リュナは疑問を抱かなかった。
むしろ、それが「正しい状態」だと信じていた。
「おーい! 二人ともー!」
広場の向こうから、大きな声が飛んできた。
黒髪の大男――ガルドが、大剣を背負ったまま手を振っている。
「そろそろ出発だぞー!」
「今行くよ」
リュナが近づくと、ガルドは豪快に笑った。
「おう、嬢ちゃん。いい顔してるじゃねぇか」
「え、そうかな……?」
「ははっ。旅に出る前の顔ってのはな、だいたいこんなもんだ」
彼は背中の大剣を軽く叩く。
「怖くて当然だ。だがな――」
ガルドはにやりと笑った。
「怖いって分かってるやつの方が、長生きする」
「相変わらず重そうですね、その剣」
アレンが苦笑すると、ガルドは肩をすくめた。
「盾役だからな。軽いほうが困るんだよ」
その隣で、エルフの少女がぴょんと飛び出した。
「ねえねえリュナ!」
レイナが顔を覗き込む。
「今日から本当に勇者パーティだよ? どう?どう? 緊張してる?」
「えっと……ちょっとだけ、かな」
「えー! ちょっとだけ!?」
レイナは目を丸くする。
「すごいよリュナ! 私なんて昨日ぜんっぜん眠れなかったんだから!」
「ほんと?」
「ほんとほんと! だって魔王討伐だよ!? 勇者パーティだよ!? 歴史に残るやつだよ!?」
ガルドが笑った。
「お前は遠足前の子供か」
「だってワクワクするじゃん!」
レイナは腕を広げた。
「しかも勇者が二人だよ!? すごくない!?」
「……そうだね」
リュナは少しだけ笑う。
「大丈夫だって! リュナ強いもん!」
その言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。
――強い。
それは事実だ。
剣に触れれば、使い手の技も、戦い方も、思考の癖まで理解できる。
自分より遥かに強かった誰かの“記憶”を、身体に流し込んで戦える。
だから、戦闘で迷うことはほとんどなかった。
それでも。
「ふふ、大丈夫よ」
最後に声をかけてきたのは、黒髪の女性――ミラだった。
落ち着いた微笑みを浮かべながら、リュナの肩にそっと手を置く。
「リュナ、少し緊張しているみたいね」
「え、そうかな……?」
「ええ。でも、それくらいがちょうどいいのよ」
ミラは優しく言う。
「私たちがついているわ。怖いことなんて、何もない」
その言葉に、胸が温かくなる。
同時に、背筋をなぞるような冷たさを覚えたが、
それもすぐに、アレンの存在を意識した途端、消えていった。
(……考えすぎ、だよね)
考えなくていい。
不安になる必要もない。
だって――
「行こう、リュナ」
隣に並んだアレンが、静かに言った。
「俺が、そばにいる」
その一言で、世界が定まった。
王城の門が、ゆっくりと開いていく。
年々激化する魔族の侵攻。
それを止めるために選ばれた、少数精鋭の勇者パーティ。
その一員として、リュナは旅立つ。
誇らしいはずの瞬間なのに、
心の奥で、何かが確かに悲鳴を上げていた。
けれど彼女は、それに耳を傾けない。
アレンがいる。
仲間がいる。
だから――大丈夫。
そう信じることでしか、立っていられないことに、
まだ気づかないまま。
こうして、勇者パーティの旅は始まった。
それが、
守られているようで、縛られている旅だとも知らずに。




