2.7
森は、妙に静かだった。
風は吹いている。
木々も揺れている。
それなのに――音が足りない。
鳥の声がない。
虫の羽音もない。
まるで、何かが近づくのを待っているかのように。
「……おかしい」
ミラが足を止めた。
「さっきから、ずっとよ」
エルナも頷く。
五感が、刺すように働いている。
牢を出てから初めての戦闘を経て、
身体は以前よりずっと自由に動く。
それでも。
(――嫌な感じ)
理由は分からない。
ただ、剣を握る手に、無意識に力が入っていた。
一歩。
前方の木立の奥で、枝が鳴った。
二人は同時に構える。
現れたのは――魔族だった。
だが、これまで見てきた魔族とは、どこか違う。
角は整い、無駄に大きくもない。
体躯は人より少し大きい程度。
装備も簡素で、威圧のための誇張がない。
それなのに。
(……近づいてきてるのに、気配が薄い)
足音が、ほとんどしない。
魔族は数歩手前で立ち止まった。
こちらを見ている。
値踏みする視線。
敵意はある。
だが、殺気は薄い。
まるで――
観察しているかのようだった。
「……人の子が二人か」
声が、はっきりとした言葉になる。
ミラの肩が、わずかに強張った。
「警戒は正しい」
流暢な人語。
魔族は、わずかに口角を上げた。
「流ちょうに話すのね。
……何者かしら?」
ミラの問いに、魔族は少しだけ思案するように目を細めた。
「ヴァル=ネイスという」
静かな声。
「元々は、魔王軍の幹部をしていた者だ」
ほんの一拍置いて、
「今の魔王とは考えが合わなくてね。
抜けてしまったが」
そして、淡々と告げる。
「あえて言うなら――」
視線が、エルナに落ちた。
「君たちの未来を、少し狂わせた者だ」
言葉の意味を理解する前に――
魔族の姿が、消えた。
次の瞬間。
衝撃が来た。
視界が回転する。
地面が迫る。
(――速……っ)
受け身を取る間もなく、身体が転がる。
木の幹に、背中が叩きつけられた。
肺から空気が抜ける。
「エルナ!」
ミラの声。
立ち上がろうとして、分かる。
(……違う)
今までの相手と、根本的に。
「剣の腕は悪くない」
淡々とした声が、すぐ横から落ちた。
いつの間にか、魔族が立っている。
「むしろ、よく磨かれている」
視線が、剣をなぞる。
「誰かが――必死に、あがいて、たどり着いた剣だ」
その指先が、軽く刃を弾いた。
澄んだ金属音。
「だが」
一歩、距離を詰める。
「――使い手に迷いがある」
その一言で、
エルナは理解した。
これは――
“殺すかどうか”を考える相手ではない。
まず、
生き残れるかどうか。
ここから。
本当の戦いが、始まる。




