表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/57

2.4

夜は、思ったよりも早く訪れた。


森の奥。

街道から少し外れた場所で、小さな焚き火が揺れている。


エルナとミラは、火を挟んで向かい合って座っていた。

炎の揺らぎが、エルナの顔を断続的に照らす。


ミラは無言で水筒を差し出した。


「……ありがとう」


エルナがぽつりと言う。


ミラは肩をすくめる。


「私は、あなたを信用していないけど――

あなたがいてくれて助かってるわ」


エルナは水筒を下ろし、真正面から彼女を見た。


「正直で助かる」


「でしょう?」


火が小さく爆ぜた。


しばらく、音だけが間に落ちる。


「……ねえ、エルナ」


ミラは焚き火を見つめたまま、問いかけた。


「あなたは、何を目的に旅をするつもり?」


エルナはすぐには答えなかった。


胸の奥にあるものを、言葉にするのは簡単じゃない。


やがて、低く言う。


「……真実」


ミラの視線が、わずかに動く。


「兄がどう死んだのか。

そして――本当に、死んだのか」


焚き火の光が揺れた。


ミラの指が、ほんのわずか動く。


「もし、生きていたら?」


「会いに行く」


即答だった。


「そして……聞く」


エルナの声は静かだ。


「どうして、私を置いていったのか」


怒りではない。


もっと深い、置き去りにされた傷。


ミラは目を伏せた。


「私は、仕事だから魔王を殺す」


あまりにも淡々とした声だった。


「協会に戻るための、唯一の手段だから」


エルナが聞く。


「……戻りたいの?」


ミラは一瞬だけ言葉に詰まった。


それから、軽く肩をすくめる。


「正確には、“戻らないと生きられない”だけ」


火に照らされた彼女の顔は柔らかい。

だが、目の奥は冷えていた。


「協会を抜けた人間は、どこにも居場所がないの。

逃げ続けるか、死ぬか、功績を持って戻るか」


「……都合のいい組織ね」


エルナの言葉に、ミラは苦笑した。


「ええ。だから、あなたの言葉も半分しか信じてない」


「同じ」


短い返答。


二人の間に、奇妙な共通認識が生まれる。


互いに利用している。

それを理解した上で、同行している。


「でもね」


ミラは、少しだけ声を落とした。


「あの時……魔王城で見た光景は、本物だったと思ってる」


エルナは何も言わず、聞いている。


「血の量。倒れ方。呼吸の有無。

生存の可能性は、ほぼゼロだった」


「……でも」


「ええ。でも」


ミラは焚き火の炎をじっと見つめた。


「もし、あの場に強力な幻覚使いがいたなら――」


炎が揺れる。


「“死んだと確信する光景”を見せることも、不可能じゃない」


エルナの拳が、無意識に握られていた。


兄の顔が浮かぶ。


冷静で。

優しくて。


――嘘が、上手だった人。


「……兄さん」


声が、わずかに掠れた。


ミラはそれ以上踏み込まない。


今はまだ、確信を語る段階ではない。


「だから、私はあなたと行く」


静かな声で言った。


「魔王を殺すためでもある。

でもそれ以上に――何が起きたのかを知るために」


エルナはしばらく黙っていた。


やがて、焚き火に小枝を投げる。


火が、少しだけ強くなった。


「……いいよ」


低い声。


「目的が違っても、進む方向が同じなら」


ミラの口元が、わずかに上がる。


「利害一致、というやつね」


「信頼はしない」


「ええ。私も」


二人は同時に立ち上がった。


夜の森は深く、静かだ。

遠くで、獣の鳴き声が響く。


エルナは闇の向こうを見つめた。


兄が命を落とした場所。

そして、世界が嘘をついた場所。


そこへ、今度は自分が向かう。


――英雄でも、勇者でもない。


ただ。


真実を暴くための、旅人として。


焚き火を消し、二人は夜の中へ歩き出した。


まだ誰も知らない。


この旅が――

やがて、世界そのものを揺るがすことになると。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ