小動物のように可愛い青年の本願は
極秘任務を受けることになって、次は宿泊先を決めることになった。
だが、既に冒険者ギルド側から宿泊先の提供があった。
目的地の案内を受けた後、宿泊施設に向かおうとしたところテオはまだ用事があるらしい。
「命のかかった大仕事ですからね。根回し手回しは大事ですから……先に休んでいて下さい」
「え、でもテオだって疲れてるんじゃ……?」
「私は大丈夫です。事務的なことは得意ですから」
ね、と笑顔で同意を求められたので頷くしかなかった。
テオの笑顔は圧がすごい。統領に近い強い威圧を感じたけど、気のせいだろう。
そもそも統領に可愛さなんて皆無だから、全然違う。あと、事務的な処理は苦手だから真逆の性質だ。
「んんー……?でも、なーんか似た気配なんだよなぁ……?」
小声でそう独り言を呟いていると、すぐに宿泊施設に着いた。
そこに入ると、すぐに受付へ女将が走って現れた。軽い説明によると、朝食・夕食付き。
大衆風呂・家族風呂と共同便所、裏庭には宿泊者が行うことにはなるが洗濯場があるそうだ。
「兄ちゃんみたいな綺麗な人は、大衆風呂を嫌がるみたいだけど……家族風呂を使うかい?」
「それはありがたいな。そうしてくれ」
「はいよ。これが、二人部屋の鍵で……こっちが家族風呂用の鍵だよ。ゆっくりしていきな」
なるほど、家族風呂の方は鍵付きなのか。簡単に入ってこられないようにしている辺り、防犯がしっかりしている。
ただ鍵に関しては、とても簡易的なものだから鍵開けが得意な奴には突破されてしまう代物だ。
それでもないよりマシだろう。
二つの鍵を受け取ると、宿泊する部屋へと向かう。階段を四回昇った先に一番奥だ。
渡された鍵で開けると、そこそこ広い。レイエム領の宿泊所よりも快適そうに見える。
荷物類を机の上に置くと、すぐ傍にあるベッドに目が向く。
「たぶんこれって……新婚夫婦向けなんだろうな……」
明らかにダブルベッドで、枕の形が少しだけハート型になっている。フリルのせいでそう見えるだけかもしれない。
室内に置かれている怪しげな薬瓶のタグを読んで、確信した。
夜を盛り上げる特別な媚薬をどうぞ、とある。
俺はその薬瓶をそっとゴミ箱の中に置いた。あの初心なテオに、これは良くない。情操教育に悪影響だ。
周囲を見渡して、他に変な物がないのか確認したがあの薬瓶だけらしい。
「はー……勘違いされてんじゃねーのか、これ……?テオが羞恥で死なないか不安になる」
俺の戦闘服を見て顔を真っ赤にさせたり、指から出る血を舐め取るだけで恥ずかしそうにしたりするテオ。
あれ、どれも恥ずかしがらせているだけだな。
初対面した時は表情筋が死んでいる人形みたいな奴だと思っていたが、一緒に行動するようになって表情豊かになったように思える。
純真無垢なあの笑顔で、落ちない奴はいないだろう。現に俺も落ちていると思う。殺すのを躊躇った理由はそこだ。
「……あの無自覚タラシを放置するのは危険だ」
「誰が無自覚タラシですか?」
音もなく突然後ろから話しかけられて、思わずビクッとなる。
人の気配には敏感なのだが、全然わからなかった。
「テオ、お前……ノックくらいしろよ」
「女将さんから部屋番号を教えて貰っていたので、いいかなって」
「良くない。次からノックはしろ」
「はぁい。ところでターナ、家族風呂が使えると聞いたのですが……先に入りますか?」
「……テオと一緒に入ってみたい」
テオの方に視線を向けると、今度はテオが硬直している。顔がみるみる赤くなっていくところを見ると、これも恥ずかしい様子。
その姿を見て、なんだかソワソワする。もっと虐めたい気持ちが沸いてくる。
「男同士なんだし、一緒に入ろーぜ?」
「え、あの……その……ありがたい申し出ですが、一人で入りたくて……!」
「えー?いつも同じベッドで寝てるのに、風呂はダメなのか?」
「ターナの発言に誤解が生まれそう……こ、これはターナの為なんです!理解して下さい!」
慌てた様子で潜入用の制服を渡されて、テオはバタバタと用意して部屋を出て行ってしまった。
揶揄いすぎたらしい。どうしてそんなに一緒に風呂が嫌なのかは理解できないが、ああいう抵抗は可愛い。
チビの男が好きな女を虐めたくなる心理が少しわかった気がした。
テオは風呂に行ってしまったので、先に夕食を取ることにした。一階へ降りて奥へ進むと、食堂がある。
どうやらメニューを選べるらしい。ガッツリ肉のセットを頼んで食べ終わると、テオが食堂まで降りてきた。
いつもよりもラフな格好で、首から何か指輪をペンダントにして下げているようだ。
「あれ、ターナはもう食べ終わりました?」
「ん、先に食べた。なぁ、テオ……その首から下げてるのって……」
「あ!メニューを選べるんですか?すみません、この野菜サラダセットで!」
「……どこでも野菜を食べたがるよな、テオは……子ウサギか」
「ウサギじゃあありません。ちゃんと人間です」
「食べ盛りな少年だよな、知ってる」
「子ども扱いしないで下さいよ……!あ、ターナに家族風呂の鍵を渡しておきますね」
流れるようにテオを揶揄いながら、鍵を受け取り食堂を後にする。
食器類は返却口に置くようになっていたので、そこにトレイごと置くと部屋に戻る。
着替えの類を取って、家族風呂へと向かうと本当に誰もいない。鍵で施錠もできる。
体をしっかりと洗い、湯舟に浸かるとほっとひと息。全身の疲れが取れていくのがわかった。
あまり長風呂ができないので、ある程度温まったと思うとすぐに風呂から出て家族風呂を後にする。
夕食を終えたテオと合流して、二人で歯磨きをすると明日の日程を話し合った。
俺がメイド見習い、テオが執事見習いとして潜入。テオの情報収集が完了後に、俺が夜中に執事長を始末するという流れだ。
至ってシンプルな暗殺計画だが、相手も何かしら反撃を用意している可能性がある。
その心配も聞いてみたが、その為の根回しは完了済みらしい。
「ひとまずは、今日はゆっくり休みましょう。おやすみなさい、ターナ」
「ん、わかった。ふぁ……おやすみ、テオ……」
俺は大きな欠伸をして、眠りに落ちていく。
完全に落ちる寸前でテオがほんの少し、口元に歪んだ笑みを浮かべていたように見えた。
ほんの少しの時間が経過する。
タナトスが完全に熟睡した直後、テオは彼の胸の中に顔を埋めて呟いた。
「……あぁ、早く、早く……ターナの心に私の死を刻みたい……」
私を殺して、魂となった私はターナの体に入り込み、ひとつになりたい。
きっとターナならば、受け入れてくれるはずだ。こんなにも優しい神様なのだから。
でも、まだこの欲望を見せてはならない。殺して貰えなくなるから。
この契約が完了すれば、その願いは成就する。
幸せな死を夢見て、テオは嬉しそうに眠りへと落ちていった。




