食前運動と乗合馬車
一晩休むと頭がスッキリする。朝日が昇る前に目が覚めてしまった。
いつも暗殺の実行は深夜であることが多いから、夜に眠るのに体が慣れていない。
それでも朝が近いと目が覚めるのは、人間の体がもつ特性なんだろう。わからないけれど。
グッスリと眠るテオの寝顔をチラと見た後、窓から外へと降りる。
降りた先に居た黒ずくめの人間二人が、体を強張らせて武器を構える。
「……ふーん、俺らの仲間ではなさそーだな?」
手慣れた暗殺者ではない。気配の消し方が下手だが、武器を構える姿勢は正しい。
おそらくは騎士団の下っ端といったところか。
こちらが丸腰で立ちすくんでいると、震えていた片方がかけ声と共に切りかかってくる。
サッとその攻撃を避けると、もう片方も攻撃をしかけてきたが同じように避けた。
動きが単調すぎて、思わず欠伸が出た。
「こ、このッ……!」
「もう飽きた。でも殺せって命令されてねーから、生け捕りだな」
溜息をついて、すぐに相手の懐へ入り込み腹部へ拳を一撃。
武器を捨て屈んだところに、首へ手刀を下ろす。まずは一人目。
もう一人が逃げようとしたが、すぐに後ろから羽交い絞めをしてそのまま落としてやった。
騎士団にいるわりには、実力が残念すぎた。
亜空間から鎖を取り出し、二人を縛り上げると大通りの路上にぶん投げておいた。
たぶん、誰か気づくだろう。
軽い運動を終わらせると、また欠伸が出てくる。
「ふぁ……適度な運動した後はマジ眠い」
宿泊部屋の窓に飛び移ると、スルリと室内へと入った。
窓を閉めて、ごそごそとベッドの中に入って二度寝を決めた。
二度寝から目が覚めると、どこからかいい匂いがする。朝ごはんの時間だろう。
「んー?あれ、テオ。朝食は買ってきてくれたのか?」
「おはようございます、ターナ。いえ、こちらの宿泊所からの提供ですよ。ミルクを温め直しましょうか?」
「俺はぬるい方がいい。熱すぎんのは、舌やけどするし……」
「ふふふ、わかりました。ゆっくり食べて下さいね」
テーブルに着いて、食前の挨拶を済ませると目玉焼きと肉のサンドイッチ、トマトサラダを食べていく。
最後にゆっくりと温めのホットミルクを飲んでしまうと、テオは何か熱心に紙束を見つめていた。
「あれ、その紙束って何?」
「これですか?冒険者ギルドに行って来まして、そこで受けられる依頼を写させて貰ったんです」
「ふーん、気になるやつあった?」
「いえ……そこまでいいものはありません。本来やりたいことは、この次に行くリートという町の方です」
テオがポケットからハンカチを取り出すと、甲斐甲斐しく俺の口元を拭いてきた。
たぶん、ミルク髭になっていたんだろうな。少し恥ずかしい。
穏やかな表情でテオは、話を続けていく。
そのリート領を治める伯爵一家は、とても人格者で有名。ただ、その伯爵家に仕える家令が問題のようだ。
領地運営をその家令が行っているらしく、領民に対して無茶な納税や嫌がらせなど傍若無人なふるまいをしている。
そのせいで、リート領は領民たちが極度に疲弊してしまっている、ということだ。
「ちなみに、その家令はセバスチャンというお名前です。元は孤児だったので、家族名はありません」
「ありきたりな名前だな……元孤児から執事長ってものすごく出世してんじゃん」
「普通ならその出世はありえません。ですが、彼は前執事長に引き取られて養子として育てられています」
「つまり、実力を買われて次の執事長になったってこと?」
「いいえ、情報によると親であった前執事長を殺害して成り上がっているのです」
「うわ……恩を仇で返しやがった」
「それに、現在は執事長であるので使用人たちのほとんどを味方につけています。なので、領主様たちは下手動けない状況です」
「なるほどなぁ……次は自分たちが殺されてもおかしくはないから怖いわけだ。んで、そんな情報どっから手に入れて来てんの?」
じと、とテオを見つめると持っていた手帳をパタンと閉じて有無を言わさない笑顔を見せてきた。
これは深く聞かない方がいいやつなのかもしれない。
そう思ったが、俺の表情を見て苦笑している。
「他領と交流があると、使用人たちや出入りする商人はそういう情報をよく仕入れてくれるのです。断片的な情報を独自にまとめたにすぎません」
「まぁ、そういうことにしておくか」
「あ、嘘だと思い込みましたね?本当の話ですよ、ターナ」
「はいはい、それよか次の町に行くんだろ。乗合馬車に乗っていくのか?」
「はい、この先にある大通りに停車場があります。その馬車に乗って、リートへ行きましょう」
手荷物をまとめると、食器類と共に部屋の鍵も返却する。宿泊費の清算が終わると、女将さんに別れを告げた。
だいぶ日も高い位置にあるが、まだ昼前だろう。昼食用の食べ物を市場で購入して、乗合馬車に乗り込んだ。
複数人が乗り込むと、ゆったりとしたペースで馬車は進んでいく。
途中まではのんびりとしていたが、急に馬車が止まる。
御者が小型魔獣に襲われそうになっていた。反射的に武器生成し、即座に魔獣を排除する。
前方に降り立つと、目の前には血に飢えた狼の魔獣が3体、背後にはここにいるのがおかしい巨大蜘蛛がいる。
「ターナ!魔獣討伐の経験はありますか?」
「ない!でも、なんとかなる。そういや、こいつらって完全消滅させない方が良かったりするか?」
「はい、そいつらは皮と牙、表面上に見えるもの全てが武器や防具の素材になります!」
「リョーカイ!」
神眼を発動させ、相手の急所を探知し的確に即死させていく。
巨大蜘蛛の上に乗るのは少々厄介だったが、こいつも無事に倒すことができた。
全ての魔獣を討伐した後は、材料になる部分を切り落としていく。
「たまげたなぁ……おい、綺麗なにーちゃん!アンタ、すげぇ強いな?!」
「んー?まーね。これでも、一応冒険者だしねー!テオ、あとどの部分がいるんだー?」
「ええっと……毛皮、牙、爪。ヴァンスウルフは大丈夫です。ヘルスピンデルは、殻と目、それと糸……こちらも大丈夫です」
「え、魔獣の名前わかんの?」
「ずっと閉じ込められていると、読書するくらいしかなくて。そのおかげで、魔獣図鑑は頭に入るくらい読み込みましたから」
読み込んだとはいえ、そんなにサラサラと口に出せるとは思えない。
とんでもない才能の無駄遣いだなとぼんやり考えながら、残りの魔獣の欠片は闇魔法で溶かしてしまう。
「闇魔法が使えるんですね?」
「この世にある魔法は全種使えるけど、こういう処理の時は闇魔法が便利」
「確かに、このまま残っていると通行の邪魔ですからね」
処分が終わると、御者に頼んで売る部位と一緒にリートへ運んでもらう。
町に到着するとそこは酷く閑散としていた。材料の類を下ろし、御者に料金を支払おうとしたが止められた。
「にーちゃんたちは命の恩人なんだ。運賃はいらねぇよ!」
「え、でも金ないとオジサン困るんじゃねーの?」
「ははっ!そんなこたぁないさ。仕事をするにも、命があってこそだろ!改めて、ありがとな!」
なんとも豪快な笑顔で、背中をバシバシと叩かれた。
無理矢理にでも払おうとすると、お互い嫌な気持ちになるだろうから受け止めておきましょうね。とテオに言われて、承諾する。
業者のオジサンと別れて、材料をどこで売るのかと思いきやこのリートの冒険者ギルドらしい。
魔獣の素材売買などもやっているらしい。さすがは冒険者ギルド。
大荷物を持ちながら中に入ると、ほとんど人がいない寂れた空間がそこにあった。




