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真夏の雪  作者: つむぎ舞
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対決②

 吹雪渦巻く視界不良の環境下、鍔迫り合い中の刀から冷気を奴の剣に伝えて凍結を狙う。ピキピキと互いの剣の刀身が白くなり、それが傭兵リチャードの腕にも伝染していく。

 仕留めた。そう高森雪緒が思った矢先、奴の鎧から凄まじい程の熱風を纏った蒸気が噴き上がり、雪緒の送った冷気を押し返してくる。

 高温の蒸気と吹雪とが宙でぶつかり合い、それは爆発して小さな白い粒子となって周囲へと飛び散った。吹雪が消えて視界が一気に晴れ、二人の戦いの様子は貨物船上空を旋回する自衛隊のヘリコプターからも目視できる様になった。


          *          *


「何だありゃ一体」

 木崎正文警部は声を上げた。眼下で繰り広げられる戦闘はまるで西洋騎士と忍者の戦いの様にも見える。

「U型到着まであと五分を切りました。高森二佐脱出を、応答して下さい。高森二佐…くそっ」

「どうした?」

「また無線の調子が…、高森二佐との通信が繋がりません。このままでは」


 無線の不調? 激しい戦いで破壊されたと見るべきだろう。それにしても自衛隊員のこの慌てぶりは尋常では無い。

「そのU型ってのは何だ?」


「U型は『海坊主』の略称ですよ。高森二佐の要請で派遣されてきた全てを飲み込む巨大な化物ですよ」


「つまり、あいつはその『海坊主』に船ごと奴らを食わせるつもりって事か」

「ですがこのままでは、高森二佐も一緒に」


「そりゃ不味いな。おい、ロープで俺をあそこに下ろせ。俺が高森雪緒を捕まえたら引き上げろ」

「それは私達が…」

「こういう時は年寄りが先に行くもんだ。黙って俺に従え」


 木崎警部の勢いに押され、自衛隊員達が慌ただしく動く。木崎警部にハーネスを装着してロープが留め金で固定されていく。

 ショルダーホルスターの自動拳銃を手に取り、木崎正文は首を横に振った。


(こんな豆鉄砲じゃダメだ。もっとでかいのは無いのか)


「準備完了」と告げられ肩を叩かれた。木崎正文は目に入った大型の真っ黒いライフルを手に取りヘリから飛び降りる。すぐにロープによって体は支えられ、一人ゆっくりと降下し始める。

 頭上から自衛隊員達の慌てた様な声が聞こえる。

「木崎さん。それは…」

 ヘリの爆音で彼等の発する声はそれ以上聞こえない。貨物船の遙か先の海上に二つの巨大な波のうねりが見える。あれが『海坊主』って奴なのか? 


 貨物船上が再び吹雪の嵐に見舞われ視界を失っていく。木崎正文の姿もその中へと消えていった。


          *          *


 高森雪緒の周囲には吹雪が渦巻き、傭兵リチャードの周囲には蒸気熱風が巻き上がる。格納倉庫内は異なる二つの環境に区分され、二人は互いに剣を刀を振って斬り結ぶ。

 傭兵リチャードの振り回すロングソードをまともに刀で受ければこちらの刃が折れる可能性が高い。

 高森雪緒は出来るだけリチャードの剣を体術で避けつつ、避けきれない幾つかの斬撃を刃で受け流すようにいなす。それでも全ての斬撃は避けきれずに腹や腕を浅くは斬られ青い血が飛ぶが、それは瞬時に修復されてゆく。

 こちらの攻撃もリチャードを何度も捉えてはいる。だがその刃は奴の纏う鎧に阻まれて小さな火花を散らすだけ。

 十数合打ち合うも互いに決定打は無いが、傭兵リチャードの振り回すロングソードをまともに体に受ければ自分の手足や首なら一撃で斬り飛ばされてしまう。奴もそれを狙っての剣という選択肢なのだろう。

 こちらに有利に働くのは、傭兵リチャードの左腕がどうやら満足に動かないこと、あの剣をどうにかして直接奴に触れる事が出来れば…。


「高森さん、無事か」

「木崎ちゃん?」

 こんな戦闘の最中になぜ降りて来たの? 高森雪緒は吹雪を解いて彼の前に姿を現す。傭兵リチャードと自分の中間に割って入る形で木崎警部がロープに吊されながら降りて来た。

「U型ってのがすぐそこまで来ている。脱出するぞ」


 視界が晴れた事で傭兵リチャードが勢いを増してこちらに向かい来る。

「俺に任せろ」

 木崎警部は傭兵リチャードに向けて腰だめで大きな黒いライフルを構え、そしてそれを発砲する。

「木崎ちゃん、それ…」

 バーレットM82五十口径対物ライフル、その反動は尋常なものではない。銃を固定もせず、しかも地面に足も着いていない状態での射撃。木崎警部はそのまま振り子のように吹き飛びその体を格納倉庫の壁に激突させる。

 彼の体はそのまま宙ぶらりんになったが、ヘリからのロープが緩められた事で再び壁に激突する事は無く、白く雪の積もった床に落ちてしばし引きずられてから止まった。

 木崎警部の放った弾丸は傭兵リチャードのロングソードを砕いて鎧に命中し、彼を数歩後退させる事には成功していた。


「今、」

 高森雪緒はその隙を逃さずにグロッグ18Cをフルオートにして射撃しながら傭兵リチャードに向けて突進する。

 右手を大きく開いて腕のガントレットで銃弾を弾く傭兵リチャード。

 接近戦、空になった拳銃を捨てその腕を掴んで高森雪緒は渾身の冷気を送り込む。傭兵リチャードもそれに対応して蒸気熱風を噴射してくる。その場で熱と冷気が爆発して弾け白い粒子が飛び散り視界を霧の様に遮る。

「そっちは囮、かかったわね」

 高森雪緒の狙いは奴の動かなくなった左腕の付け根、脇の下の甲冑の隙間に向けて日本刀の刃を送り込み、そして刀の反りを利用してそのまま傭兵リチャードの心臓を刺し貫こうとした。

 浅い、傭兵リチャードが前に踏み込んで来た事で刃が背中の方に流れた。でも、かなりの深手は与えたはず。傭兵リチャードの右拳をもろに顔面に受けて、高森雪緒は吹き飛んだ。


 何とか体を起こした木崎警部の横に無様な姿で並ぶ高森雪緒。

 傭兵リチャードは左脇に突き刺さったままの日本刀を抜き取り、その痛みに咆哮を上げた。


「高森さん。俺に掴まれ、逃げるぞ」

 木崎警部が両手を広げて構える。その腕の中へと高森雪緒は飛び込み、彼に抱きついた。一気に上空へと引き上げられていく二人の体。

 眼下で小さくなっていく傭兵リチャードの姿、そして貨物船。


「『海坊主』が来たわね」

 貨物船の周囲の海が盛り上がり、巨大な幾つもの牙を持った円形の口が現われて貨物船を丸呑みにしていく。

「あれが『海坊主』ってやつなのか」


「そうよ。かつて九州沖で元の大船団に止めを刺した嵐の正体があの『海坊主』達の群れよ。彼等はこの日本の海の守護神なの」


「あの鎧の男は死んだのか?」

「『海坊主』に食われて生き残れるものなどいないはず。死んだと信じたい」


 ヘリコプターに引き上げられて一息、でも木崎警部は肋骨を何本か損傷したみたい。高森雪緒救出に沸き上がっていた自衛隊員達は、木崎警部が五十口径のライフルを貨物船内に置いてきた事を知ると大目玉を食らうって青ざめて言葉を失っています。

 日本の自衛隊らしいというか、そんな所は笑ってしまいますね。


 帰途につくヘリコプターの中で高森雪緒は通り過ぎて行く眼下の島々をただ見つめていた。結局、傭兵リチャードを拘束するには至らず、その背後の組織についても不明のまま。

 新たなる戦いの予感はしますが、今はこの小さな勝利を喜ぶとしましょうか。


          *          *

 

『禿げ山』の自衛隊本部テント横に着陸したヘリコプターから降りると、木崎警部が待機していた救急車で病院へと搬送されていく。

 出迎えに出た島和秀一等陸尉に神戸港及び因島近海での戦闘を報告、彼の方からも私に伝えたいことがある様です。


「高森二佐、残念な報告が一つ。大陸の某国に引き渡しを要求していた二人の大臣ですが、某国が引き渡し要請に応じて二人を拘束、日本に帰国させるための飛行機が向こうの空港を離陸直後に墜落爆散。乗員乗客の全員が死亡したそうです」


「そう、おそらくは某国による口封じね。まあ、二人は日本に帰国しても『外患誘致罪』で死刑確定だったけれども。もし『スパイ防止法』を制定しておけば、数十年の禁固刑までで済んだかもしれなかったのに」

「現状、他に当てはめる法律が日本にはありませんから」

「あの二人、ハニトラと外国人献金でウハウハってやっていたんだろうけれど、情けない末路よね」


「全くです。個人的な意見ですが、自衛隊員が命を預ける一人である『防衛大臣』にはもう少しまともな人材を選んで欲しいですね」


「大臣人事は能力では無くて選挙に何期連続当選したかのご褒美だから。それを与党が改めない限りは無理かもね」

「日本の事より党勢ですか…、残念な事ですね」

 

 着替えを済ませ、装備の返却を終えると高森雪緒は自衛官の制服姿で自分の乗ってきた自動車に乗り込む。

 高森由季子を搬送したの病院から連絡はまだ無い。そちらの事は水原巡査部長と高森家の人達に任せ、高森雪緒は二年二組の生徒達を保護している尾道ホテルへと車を飛ばした。


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