心のあり方
尾道中央高校への武装グループによる襲撃事件については、既に藤堂参事官によって新たな筋書きが用意され警察発表されました。
銃刀法違反容疑で逃走した暴力団関係者の一団が尾道中央高校へと逃げ込み、校内の生徒達を人質として立て籠もろうとしたが常駐警備員二名の犠牲によりそれは防がれ、生徒達数名に軽傷者は出たものの無事に保護されたというものです。
それでもこれは尾道市で起った大事件として取り扱われてテレビや新聞では大きく報道されています。
その他地元警察の殉職者二名については現状隠蔽され、『ぬっぺらぼう』にすり替わられていた女性は自宅で死亡が確認、別件として処理されこの大々的な報道の影に埋もれています。
尾道中央高校への生徒達の夏休みの登校はお盆過ぎまで禁止と第二校舎への立ち入りは夏休み中は禁止となり、それまでの間に破損した壁や天井の修復、そして用具などの交換が行われる予定です。
現在、教職員達は密かに校長宅にて緊急臨時会議の最中であり、今後の対応についても話し合っている様です。
職員室で一人拘束されていた奥田先生には犯人はテロリストであると正直に告げましたが、これ以上事件を大事にしないように警察発表では暴力団関係者として処理されているという事に同意して頂き、マスメディアや父兄への事件詳細の口外禁止と簡単な注意を促し尾道ホテル内での待機を願いました。
保護した二年二組の生徒達は尾道ホテルの第一階儀室に集められ、『外事六係』一橋班の三人の巡査から簡単な事情聴取を受けています。生徒達にはショックを受けた者も多く、割り振った各個室に閉じ込めたまま放置するのは精神的にに危険と判断したからです。
現状、生徒達の携帯電話使用を禁じている為、ニュースを見た父兄から自分達の子息と連絡が取れないと学校の連絡は鳴りっぱなし、次いで尾道警察所の方にも多くの電話が寄せられています。
電話ではらちが開かないと押しかけて来た父兄には、この尾道ホテルで常駐させた医師の元で三日間程度預かるという説明で一応納得して頂きました。
尾道総合病院に救急搬送された高森由季子は一階の霊安室に当たる場所の側の一室のプールにて生理食塩水に浸され全身の傷の完全再生が確認された後、三階集中治療室に移送、生命活動停止状態のまま経過観察が行われていると水原巡査部長からようやく報告が入りました。
今、問題なのは二年二組の生徒達を今後どのように扱うかです。
こちらが伝えた携帯電話の使用禁止を皆が従順に守ってくれているおかげで生徒達を介して情報が外へと漏れた形跡は現状では確認出来ていません。
でも、今後はどうなるか?
生徒達は今日一日で見てはならないものを幾つか目撃してしまいました。
藤堂参事官は「彼等に箝口令を敷き、この先についても機密漏洩が無いか、『人外』に対しての迫害や敵対感情の有無を監視する対象とすべき」という意見を出してきています。
そんな状態でこれからの一生を過ごす事になると脅し、彼等を恐怖で縛る事は可能です。しかし私自身としてはそんな事はしたくありません。
これは彼等の心の問題なのです。由季子について今後彼等がどう向き合いどう行動していくのかが問われているのです。
あちこちに今日あった事を触れ回り、更にはネットでも拡散。そんな事を考え無しにしてしまう様な者であれば藤堂参事官の言う様な制約を課さねばならないでしょう。
だからその事を私自身の目で確かめねばならない。
高森雪緒は教員時の白のスーツ姿ではなく、陸上自衛官の正装で生徒達のいる第一会議室へと入室していく。室内に入った彼女に生徒達は誰も声を掛けては来ない。その表情も未だ硬く、泣いている女子生徒も見て取れる。事件への動揺はそれ程に大きかった様だ。
「今日は二年二組の副担任の高森雪緒としてだけでなく、自衛官高森二等陸佐として私は今、この場所に立っています」
「どういうこと?」「何を言っているの?」という表情で生徒達がざわつきます。
「まず、高森由季子の事を皆さんには伝えます。彼女は今、病院で撃たれた傷の治療を受けていますが、まだ安心出来ない状態です」
「高森さん。生きてるの? 大丈夫なんですか」
手当を受けた顔の傷がまだ痛々しい元宗さんが目を真っ赤に腫らしながら机から乗り出して言います。そんな彼女に向けて私が頷いて見せると会議室中から一斉に歓声が、元宗さんは大福さんと相見さんの三人でその場で抱き合って飛び跳ね、他の生徒達も同様、抱き合ったりハイタッチしたり、「よっし」と何度も拳を握りしめる男子の姿も。逆にそれを聞いて泣き出してしまう女子もいます。
「ゆま先生、高森さんって血の病気なんでしょ。輸血とかは大丈夫なんですか?」
黒瀬君が立ち上がって私にそう質問してきます。彼は国立の医学部志望でしたかね。でも血の病気って? この子達は由季子の流した青色の血を見てそう判断したって事なのですかね。
「高森さんは毎日薬を飲んでいたし、何かの病気じゃないかって事はクラスの皆も薄々知っていたんですよ。でも血の病気だっていうのは藤村から聞いて今日初めて知ったんですけれど」
これは藤村の仕業か、まずは良い判断だったとしておきましょう。
「ゆま先生、人間の病気には年を取っても子供のままの姿の人や、若いのに年老いた風貌になった人なんていうのもテレビで見た事もあるよ。血の病気だっていくつもあるし、説明出来ない様な奇病だっていくつもある」
「私、最初驚いて『化物』なんて叫んじゃったけれど、藤村君の話を聞いて酷い事言ったって反省しているんです」
黒瀬君に続いて口を開いた池田さん。そう言ってちょっと下を向きました。本田君も立ち上がり私に向けて言います。
「ゆま先生。高森さんが『化物』だとすると、お姉さんのゆま先生も『化物』って事になるでしょ。僕的にはそれは納得出来ないんだよね」
大川さんと藤原さん。二人も立ち上がって言います。
「もし高森さんが、そしてゆま先生が『化物』だったとしても宇宙人だったとしても私達はきっと受け入れると思う。私達日本人は世界一お人好しで寛容な民族だって言われているのよ。
人種や宗教に関わらず私達は日本という国を愛し、私達日本人と共に同じ未来を向いて歩いてくれるもの達を受け入れる事ができる。私達が忌み嫌うのは嘘をついて私達を騙し奪い、敵意を持って攻撃してくるものに対して、高森さんもゆま先生も絶対にそうじゃない。違うもん」
再び黒瀬君が立ち上がり、今度は皆の方を向いて言います。
「奴らは銃を構えて僕たちを撃とうとした。もうダメだ殺されるって思ったよ。あのままだったら僕だけで無く他にも何人か撃たれて死んでいたと思う。でもあの時、高森さんだけがあいつらの前に飛び出してそれを防いでくれた。彼女は僕の代わりに、僕達の身代わりになって撃たれたんだよ。
高森さんは僕の命の恩人。それにあんな勇敢なヒロインみたいな姿、目の前で見せられたら。僕は…僕は…彼女の事をす…、惚れてまうやろおぉぉぉ」
照れ隠しで某芸人の決め台詞を叫んだ彼に、生徒達から「そこで落とすんかい」の大量のツッコミが殺到。会議室の中は大爆笑に包まれます。
彼等生徒達の心のあり方を確かめようとこの場に足を運んだ私。
由季子が彼等に蔑視されない様に一肌脱ごうとも思っていましたが、どうやらそれは私の取り越し苦労。ちょっと難しい話しも用意して来たのですけれど、これ全部無駄になってしまいましたね。
彼等は由季子のことをちょっと普通とは違うけれど同じ仲間として受け入れてくれています。何より彼等の多くがそう思っているのは由季子が頑張って彼等の中に入っていこうと努力したからに他なりません。
「ゆま先生、高森さんのお見舞いに行ってはダメなんですか?」
「まだそういう状態では無いので、今は彼女の回復を願ってあげて下さい」
落ち着きを取り戻し、安堵の顔で着席する生徒達。そんな中で急に一人の生徒が立ち上がります。男子の胡本君。
「俺は決めた。高森さんが元気になったら俺は彼女に告白する。皆、応援してくれるよな」
「ダメだな。俺の告白の後でなら応援してやるよ。藤村、お前邪魔すんなよ」
そう対抗して立ち上がったのは木曽君ですか、由季子に目を付けていた男子は結構いるんですね。会議室の中が冷やかしの声で溢れます。そんな中、名指しされた藤村が一言。
「何で俺が? でも高森さんは結構手強いよ。お前等で大丈夫かな」
その言葉に元宗さんと大福さんが「惨い」って藤村を怒ります。
「俺、何か悪い事言ったか?」
藤村のその態度にクラスの女子の何人かが頭を抱えて「はあ」って大きな溜息をつきます。由季子が千光寺公園で私に告げた好きな男の子っていうのはどうやら藤村の様ですね。その藤村の態度があんな感じ…確かに女子達が呆れたような溜息を漏らす理由は私でも分かります。
「ゆま先生、どうしてそんな服装をしているんですか?」
そう問われてこっちが逆に言葉に窮する事態です。「自衛隊の人とか格好いいね」なんて女子達の囁く声も聞こえて来ます。
会議室のドアをノックして、撃たれた傷の治療跡がまだ痛々しい一橋警部が入室。
「今、尾道総合病院から連絡がありました。高森由季子さんの容体は安定し、後は意識が戻るのを待つだけだそうです」
「高森さん助かったんだ」
「やったあ」
会議室内はもう制止が効かないぐらいのお祭り状態に。
一橋警部は私に耳打ちしながら高森由季子の生体活動が再開したと告げてくれます。
私が不安に思うのは、由季子の人間の部分が死滅し現在は完全な『雪女』として再生しているという事です。
人の子として生まれて人の中で育ち、人間らしさを心の中に持ちながら『雪女』となった者は生物的な人間の部分を失っても人間として生きて行く事が出来ます。
しかし由季子は人間としては死んだ状態で『雪女』になってしまった。
もし彼女が人の心も記憶も失っていれば、蘇ってきたのはただの『化物』と呼ばれる存在かもしれないからです。その時、私は彼女にどう接するべきなのか。
でも今は単純に由季子の無事を喜びたい。
私も生徒達に負けずに「万歳」って大きく手を上げて叫んで一橋警部に抱きつきました。クールな感じの一橋警部は無表情でマイクを手にし、生徒達に食事の予定と就寝に至るまでの本日の時間割を淡々と告げていきます。
歓声鳴り止まぬ第一会議室を出ると、藤堂参事官が彼等生徒達への今後の対応について私に話してきました。
全て却下、彼の言葉を一蹴して私は参事官に告げます。
「藤堂参事官。堅苦しい話は全部無しです。箝口令とか監視とか、そんな大人の事情はあの子達には不要でしょう。私達大人ももっと彼等を見習うべきではないでしょうかね」




