ゆま先生の授業②
「もう一つ皆さんに質問してみましょうか。この教室の中のクラスメイトだけでいいですから、それぞれがどの大学を志望し、将来何者になろうと目指しているのかを知っている人は挙手してください」
誰も手を挙げません。そういえば私もお昼休みにいつも一緒にいる三人組のそんな話は全く知りませんし、私も聞かれたことが無かったなあ。
「では教えて差し上げましょう。
東京の高校では少し事情が異なるのだけれど、こと尾道中央高校の様な地方の高校では同じ進路希望を出している生徒はほぼいません。それぞれが全く別な大学へと進んで行くのです。もし同じ大学への進学希望者がいたとしても、学部まで同じという事は希です。
これが意味するところは明白、学年内にはもしかすると一人か二人は競争相手がいるかもしれませんが、より身近な場所に競争相手、つまりあなた達が『敵』と設定すべき人間は実は一人もいないという事ですね」
「でも先生、大学入試共通テストがあるじゃないですか。んっあれ…」
本田君だったかな。彼が声を上げましたが何かに気付いたみたいです。
「そうか、皆違う大学に行くなら、そのテストでの点数も関係ないのか。うちの学校の生徒全員が全教科満点をとっても全く大学合格判定では競合しない」
「競合するのはどこかにいるであろう同じ大学を目指す者同士だけですね。
私はあなた達に伝えたい。あなた達の一度しかない人生に於いてこの学校というこの時代にしかあなた達に提供されない貴重な集団生活の環境をうまく利用せず、周囲を敵視してわざわざ自分を孤独な環境に追いやる行為は大きな損失以外の何者でもないのだと。
だからせめてクラスメイト同士だけは敵では無く『仲間』だと認識して同じ方向を向くも者同士が集うだけで無く、自身と相反する多彩な考え方とも接して豊かな人間力を磨いて欲しい。喧嘩をするぐらいの白熱した議論や男女の垣根も越えたいろいろな感性にも触れて欲しいのです」
「それは時間の無駄ではないでしょうか?」
手を挙げたのはクラスでも成績優秀と言われている黒瀬君。
「この学校内には競争相手なんかいないっていうのは理解出来ました。僕も藤村君の『わかりません』を笑っていた一人で、確かに考えると軽率な行動だったと思えます。でも全国には競争すべき相手がいるという事でしょう。だから僕はこれからも今まで通りのやり方で自分の勉強を進めていきたい」
「なるほど。では黒瀬君に質問を一つ。塾などでは学業だけでなく地域ボランティアへの参加などの社会活動にも力をいれている所があり、塾が独自に持つ推薦枠での面接時にその活動を自己アピールさせている所も増えている様ですが、それはなぜでしょうか?」
「それが望まれるという事は、ただ高校を卒業したというだけの人材を大学側が求めていないという事ですよね。成績は良くて当たり前、それ以外の社会性や人間性という部分を重視しているという事かな」
「その通りですね。そして問題なのは、大学側が高校を卒業しただけの人間ではそれが全く養われていないと思っているという事です。
周囲を敵視し互いを理解することは時間の無駄。自分より劣る存在を作りだしては笑い飛ばして心の平穏を求める孤独な学校生活。そんなみなさんの姿を大学側は知っている。そしてそんな過ごし方をした人材は我が大学には必要ないといっているのですよ」
「なるほどね。何となくわかるよ先生」
「私はそこを入口にしてもっと生徒自身の互いを知って欲しいのです。
残念ながら先生達は忙しくてそういう事に骨を折っている時間はありません。そんな環境作りはあなた方生徒自身が自らやるしかないのです。そして様々な感性や考え方を知る経験はもっと先の世界、社会に出た時にとても大きな力となるはずです」
ゆま先生は時計を気にしながら、別の話題へと話を変えます。
「時間が残り少ない。藤村、立たせたままで悪いが、もう少しそのまま付き合え」
「はあ」
気の無い返事をする藤村君にゆま先生は、先生モードではなくいつも通りの話し方に戻り、しかも突拍子もない質問をします。
「君はクラスの中に、この学年内に付き合いたいと思う女子生徒はいるか?」
「えっと、何ですか急に。生物の授業ですよね」
「雄と雌が結ばれるのは生物の宿命というやつだ」
「何か、無理矢理なこじつけですけれど」
「君がどう思おうと関係ない。それを聞きたいと思っている女子生徒は多いのではないかな? いや、男子もそれには大変興味があるはずだな。だから思う所を言ってみろ藤村」
ゆま先生、鋭いです。先生の今の言葉に無言で頷く女子は実はクラス内には結構いるはずです。もしかしたら学年中にも沢山いるのではないでしょうか。
男子が何でそんな事を気にするのかは分かりませんが、藤村君はやれやれって感じで席を離れて自分から前に出て教壇に立ちます。彼も何か言う気です。私もドキドキしてきました。
「俺はさ、昨日まで友達だと思って仲良くしていた女子と好き嫌いって関係に進んで、その後関係が上手くいかなくなった途端に口も聞けない顔も合わさない状態になるのに耐えられない。だから今は誰とも付き合うなんて考えていないんだ。俺はまだガキで彼女に対して何が出来るわけじゃない。やれることって言ったら一緒に歩いてつまらない話をするぐらいかもしれない。
それなら自分が好意を持つ人、自分に好意を持ってくれる人だからこそ仲の良い友人という関係のままで長く続いていたい。そして将来、俺が大人になった時に改めて男女の関係に進めるのかを考えたいと思っている」
「はい、皆拍手だ。藤村、貴重な意見をありがとう」
藤村君、結構堅実に考えているんですね。へえって感じです。
私達女子は小さい頃から少女漫画などで恋愛はいいもので、いつでも手に入れなければならないものって感覚が染みついている部分は確かにあります。
だから小学生の恋愛に中学生の恋愛、高校生の恋愛といった風にその時代時代の恋愛を求め、そして今より一つ上の恋愛に憧れるのです。
「男子ども、聞いたな。藤村は大人になるまで、つまり同窓会か何かで再び皆が集まるその時まで、ここの目移りする様な淑女達に一切手を出さないと言っているぞ。チャンスだ。恋愛に憧れる女子達の気持ちをごっそりと奪い取れ、どんどんいけ。青春しろ!」
「よっしゃあ」
ゆま先生の過激な檄に思わず声を上げた男子生徒が、クラス中が大爆笑です。
なるほどです。
男子が陰でコソコソと藤村君の陰口を叩いたり笑いを扇動したりしていたのはそういう意味だったんですね。自分の意中の女子が藤村君に興味を持つのをそうやって必死に邪魔していたんですよ。男の嫉妬ってやつみたいですね。
先生、お見事です。
まず最初に藤村君の『わかりません』を笑う者達に一撃、そして藤村発言の引き出し。この藤村発言はすぐに風のように学年中に広がる事でしょう。
藤村君に感心を持つ女子達にとっては残念な内容となってしまいましたが、男子達にとっては朗報。
藤村君に全くその気が無いのならば、意中の女子を振り向かせるのは彼等の力量次第、わざわざ藤村下げをして彼を貶める必要などないからです。
これで『藤村いじめ』みたいなクラスの空気がなくなるといいな。
チャイムが鳴りました。互いに礼を交わしてゆま先生が教室から退場していくと、生徒達が一気に動き出して仲良しグループで集まり先程の内容で話が盛り上がっている様です。
お昼組も私の元へと全員集合、勉強についての考え方についての話題で会話も弾みます。
ゆま先生の言葉は生徒達に刺さった部分がいくつもあるみたいで、クラスの中のざわつきは止まりません。先生の言葉の影響力ってすごいですよね。




