ゆま先生の授業①
六月一日から学校も衣替えの時期となり、徐々に黒い冬服から白の夏服へと生徒達の姿も変わってゆきます。そして一週間も過ぎると生徒達全員の衣替えも完了して教室の風景も一変します。
二年生の生物を担当する中村先生が今日は不在で、ゆま先生が臨時で生物の授業を担当します。人気のゆま先生の授業ですが、私達のクラスがそれを見るのは今日が初めて。個人的にもちょっと興味があります。
「皆、青春してるか!」
ゆま先生の最初の掛け声に生徒達はドン引き、そして大爆笑。でもゆま先生はそんな私達の反応に至極満足げな表情です。
ゆま先生は黒板に五つの生物用語を書き並べて、私達がそれをノートに書き写すのを待って手に持つ教科書を閉じてしまいました。
「このクラスでの授業は初めてですね。ですから最初の授業では私から皆さんに知っておいて欲しいことや伝えたい事をお話しします」
教科書やノートはもう必要なし、机にしまえとゆま先生は私達に告げます。
「先生の仕事の大部分を占めるのは授業です。そして授業では学習指導要綱に則り決められた時間内に指定された内容までを生徒達に伝えるというノルマを達成しなければなりません。簡単に言えば今この黒板に書いた五つの生物用語を皆さんがノートに書き写した時点で私は今日のノルマを完了したとして授業を終える事も出来るという事です。それは無責任だって思いますよね?」
生徒達皆、頷きます。
「だから先生達はこれらをどうやって皆さんに理解させようかを考えるのです。真面目に取り組む先生ほどその事に時間を割きますが、それが皆さんが今後直面する『受験』に役立つのか? と問われるとそれは難しいと言わざるを得ません」
ゆま先生は五つ書いたうちの二つの生物用語である『調整卵』と『モザイク卵』を例に挙げて言います。この二つがどう分裂を繰り返し生物となっていくのかを皆に理解させるよりも、どの生物がどちらの形で育っていくのかを紐付けして生物名を暗記させる方が受験には役立つのだと言います。クイズ問題を暗記する様な要領ですね。
そして他の先生方の授業に対する姿勢についても語ります。
「延々と黒板に数式と解法だけを書き連ね、皆さんがノートに書き写す時も与えずに消去し、新たな数式と解法を書き連ねていく様な先生達もいるのではないでしょうか?」
います、いますよ。数学を担当するそんな先生。
生徒達が黒板の解法をノートに書き写して、後で分からない所を何度も見直して乗り越えようとしているのに、すぐに黒板を消しちゃってノートはいつも真っ白に。生徒達からの評判もよくないですね。
「でもそれは、あなた達に対してわざと意地悪している訳ではありません。
仕事としてのノルマをこなすのに必死で、授業内容の理解をさせるまでの余裕の無い姿と言ってもいいでしょう。教科によっては過密すぎるノルマがそうせざるを得ない状況を作り出している場合もあるという事です。そんな授業をする先生達はあなた達に対して自己弁護の意味を込めてこう伝えるはずです。分からない事や質問があれば、後で私の所へ来いとです」
先生も一人の人間。生活のため家族のために課せられた仕事を果たさねばならず、自身の仕事の完了を優先する為に生徒らの理解を無視する事を選ばねばならない事もあるという事ですね。
先生は職業であって無償で生徒達の為に尽くす便利屋では無いと言う事、それでも学校生活で何かを学び、何かを得て欲しいと願い生徒達に指針を与えようとする人も少なくないのだとか。だから先生が聖職者と呼ばれたりもするのだと。
確かに学校に行けば先生がいて生徒がいて一緒に勉学に励むのが当たり前だと思っていました。そうですよね。先生達は仕事をしているんですよね。私は先生達の仕事について何も知りませんが、でもきっともっといろいろな雑務とかもあるのでしょうね。
ゆま先生は私達にその事を伝え、先生が何でもしてくれるという甘えた考えは捨てなさいと伝えたいのだと思います。
「すでに皆さんは一学期の中間試験を終えていますね。そのテスト問題に試験範囲と指定された教科書内容には全くかすりもしない某有名大学の入試問題などが組み込まれていませんでしたか?」
心当たり大ありですよ。英語のテストがまさにそうでした。必死に教科書を何度も読み返して出題されそうな文法や単語を覚えたのに、そんなの全然出なくて私の点数は最悪、『アゲイン』確定なのです。『アゲイン』というのはこの学校での英語の追試を意味するスラングってやつです。
「これも意地悪ではありませんよ。学校での授業はTVゲームに例えれば操作説明書。基本動作とボタンの説明、アイテムの効果などを知るためのものです。そして先生達があなた達に目指させる最終目標は大学への合格。それは面のクリアーであったり、ボスの撃破と例える事が出来ると思います」
ゆま先生は出席番号一番の胡本君を指名して問います。
買ってきたゲームをその日に全面クリア出来るか? 作ったばかりのキャラクターでラスボスは倒せるのか? とです。当然答えは「無理です」との解答。
「ゲーム攻略の為には何度も繰り返しパターンを覚える。ボス撃破の為には経験値を稼ぎ自身のレベルアップと強力な剣や鎧で武装するのです。
一般的に大学入試と呼ばれる『大学入学共通テスト』や『個別試験』で出題されるテスト問題は理解力を知るという名目でクイズ番組並の意地悪なひっかけ問題で皆さんを篩にかけて選別しようと試みます。それに戦い勝つにはあなた達自身のレベルアップと豊富な経験が必要になるのです。
校内テストで教科書とかけ離れた問題を載せているのは、その事を皆さんに伝えたいという先生方の配慮と考えて下さい」
でも、ゆま先生。本当はその事を教師はちゃんと口で説明するべきで、説明も無くテストでそれを行うのは単なる意地悪、上から目線でどうだと自慢しているようにしか生徒に映らないとも述べました。
私達個人が成すべき事は、教科書の理解は『受験』の入口に過ぎない事をまず知ることだと言います。
そしてゆま先生はTVゲームを例として挙げて『受験』というものの考え方を説明したのにはもう一つの理由があるのだと述べます。
再びゆま先生が胡本君に質問します。
「努力に努力を重ねて身につけた技術と経験でTVゲームをついには攻略したとして、その技術や経験が実社会で評価されると思いますか?」
「あくまでゲームは遊びの中のことなので、現実社会では全く評価されないと思います」
「その通りですね。皆さんは教科書から離れて大学入試に向けた『受験テクニック』とやらを必死に身につける事が求められ、ただひたすらにその事だけに集中していく。
TVゲームと異なるのは大学合格という結果だけは社会で一定評価を得られること、しかし経験や技術の方はどうでしょうか。実際には志望大学に合格できた途端にそれらは無用の長物として記憶から消されていく。
なぜならば、大学では専門課程の知識を新たに学び、社会に出てからは仕事上の専門知識を取得し続けていかなければならず、大学や実社会では殆ど必要とされない『受験テクニック』を頭の中に維持しておくメリットがないからです。
そしてそれが、今あたなた達が『勉強』の全てだと思い込んでいるものの正体です。受験に向けた勉強とは、今この時にしか必要とされないものだという事を理解した上で、各自取り組んでもらいたい」
この言葉を聞いて生徒達がしんと静まり返りました。
「先生。それって、無駄な努力っていう事ですか?」
「志望大学への合格は、社会である程度は評価されると言いました。それは自分がなりたい職業に付くための道筋でもあり、その為の努力と捉えればモチベーションも上がるのではないですか?
私が言いたいのは、今皆さんが『勉強』だと思っているものは自分自身にのみ必要な事であり『頭が良い悪い』だのと他人の評価付けを行う程の価値もなければ指針にもならないものだということ」
今度はゆま先生、藤村君を直接指名しました。
「さて藤村。君のことは職員室でも中々の話題になっている」
授業中に教師達の出す質問に全く答えない生徒がいると言うと、クラスから笑いが起きます。
「では、みなさんに質問です。勉強でわからない問題に遭遇した時、それを尋ねられる、教え合う関係にある友人や知人がクラスの中に、学年内にいるという人は挙手して下さい」
ゆま先生の問いかけに対して、誰からも手が挙がりません。勉強という事に関しては私にもそういう人はいないです。
「なぜいないのか? 普段グループを作って会話している仲間内でさえ、こと勉強という事になるとそんな話しさえ出来なくなる。
友達に自分がわからないのがバレたら恥ずかしい、下に見られたく無いという気持ちがそこにあるからではないでしょうか」
『受験』を敗れれば全てを失う生き残りを賭けた『戦争』に例え、周りにいる者は全て敵と教えられ、誰とも助け合うこと無く一人孤独に毎日を戦わざるを得ない生徒達。
だから自分の今の立ち位置が不安でしょうがない。人よりも下に見られたく無い。そして自分より下と思える存在があればそれを見て安心するだとゆま先生は述べます。
「確かに競争には競うべき相手が必要です。あなた達はそれをイメージしやすい最も身近な者達であるクラスメイトを『敵』として設定してしまっている。だからそんな事をしてしまうのです。藤村を笑っている者達に私は言います。全く勘違いも甚だしい事をやっている。私はあなた達にそう言わざるを得ません」
まだ皆、ゆま先生の言う意味が分からないという表情です。私にもよく分かりません。確かにクラスメイトを敵視するのは良くないことだとは思いますけれど…。




