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真夏の雪  作者: つむぎ舞
11/47

秋の文化祭に向けて

 新しい週が始まりました。

 お婆ちゃ…いえ、ゆま先生が赴任した週末に聞かされた警察や自衛隊の方々を交えての説明には正直驚きましたが、それが私にどう関わってくるのかの実感が無いのも事実。

 ともかく普通に暮らしていればいいわけで、今日も私は朝稽古の後で普通に当校といういつも通りの毎日を過ごしています。

 変わったこ事といえば、というより気付いた事と言えば家の周囲の畑や田んぼに双眼鏡を片手に座っているお百姓さんが増えた事と、回覧板で回って来た通知どおりに銃を持った猟友会の人達が裏山に沢山出入りしている事かな。通学のバスでいつも一緒になるなって思っていたスーツ姿の女性ももしかしたら警察関係の方なのかも知れません。

 そしてゆま先生は朝が弱いからって高校の側に部屋を借りて一人で住んでいるという事になっていますが、本当の所は高校周辺の警備を担う人達と一緒にいるのだと思います。

 彼女が私の警備のために教師として学校に入り込んでいる事は秘密にしておきたいらしく、高森家から一緒に学校へと通えないのもそんな理由からです。


 週の半ば、二年二組の教室に入ると珍しく藤村君の方から私に一言。

「今日の放課後に生物部の文化祭の出し物の話し合いをするから生物室に集合で」

「了解しました」


 授業中、時折別のクラスから大爆笑が聞こえて来ます。その騒動の主はゆま先生。

「青春とは何だ?」

 なんて掛け声から始まり担当の生物の授業をちょっとだけ触って急に英会話の授業になったり海外生活での体験談に脱線したりする様です。でも色々と為になるって生徒達は口にしています。

 私はそんな噂を聞きつけて、そんな授業で大丈夫なのかと尋ねたのですけれど、ゆま先生は「文科省が決めた学習指導要綱の内容はきちんと押えてあるから大丈夫だよ」って余裕の表情。

 ゆま先生の出身大学が東京のT大だと知れると、三年生の先輩生徒達が彼女を捕まえて受験に向けての質問やアドバイスを求める様にもなっているみたい。

 国立大学の中でも最高峰とされるT大卒って、そんなの私だって初めて聞いたし。確か『東京帝国大学』って聞いていたんだけどなあ。同じ大学なのかな?


 ともかく、ゆま先生はわずか数日で学校中の生徒達の心を鷲づかみにしているって感じです。


 放課後の生物室、大きなイベントの時の手伝い程度にしか姿を現さなくなった三年生の以外の一、二年生の生物部員全員が今日はここに集合です。

 藤村部長に日吉副部長、南君と私の二年生四人、そして一年生女子部員の佐々木さんと小林さん。一年生の部員もいたのですね。

 今日の議題は十一月に開催される文化祭である『槇ヶ峰祭』でのクラブの出し物についてです。昨年は生物、化学、物理の三研究部合同で映画制作をしたそうです。内容はなんとコメディ刑事ものだったとか。笑っちゃいますよね。

 もうすぐクラブの活動部費を決める予算会議があるらしく、これを決めておかないと活動資金が実績のある有名クラブに全部持って行かれて予算削減になる可能性もあるとのこと。

 生徒会の方からも早く予算草案を出してくれとの催促もあり、今日の会議とあいなったというのです。


「中村先生の言う、アフリカツメガエルを購入しての展示ってのはどうかな?」

「展示会場はこの生物室だろ。魚の水槽にハムスターの飼育カゴ、それにカエルを加えるだけってちょっと寂しすぎるだろ」

「プラナリアを切り刻む実体験も分裂再生が見れるまで時間が掛かるから、展示当日に結果がだせないしなあ。う~ん」


 そんな会話をしているのは藤村部長と南君の二人だけで、他の人は皆アイデアも無く唸ってばかりです。私も「ハムスターがかわいい」って入部した口ですし、一年生の女子二人は柔道部のマネージャーが本業なんですと話し合いには無関心。開始三十分を経過しても一向にこれはってアイデアが出て来ません。

 そんな私達の様子を隣の部屋で聞き耳を立てていたのか、生物準備室の扉が急に開いて現われたゆま先生が私達に言います。


「お前達、これをやりなさい。これに決定」

 ゆま先生は黒板に大きく『日本の未確認生物研究発表会』とチョークで書きます。

「確かに内容は客寄せ的にもインパクトはあるけれど資料集めが難航しそうだな。そもそも図書室にはそんな資料も無いし、俺達が個人で持ってる妖怪図鑑って小学生の時に買った様なやつばかりだしな」


「藤村、ちょっと手伝え」


 ゆま先生は生物準備室から多数のファイルの入った黒い大きな箱を幾つも生物室内に運び込んで来ます。その箱の全部に『極秘』の印、『持ち出し厳禁』のシールも貼られています。

「この調査資料を全部私が提供してやるから、全員でこれを十一月の『槇ヶ峰祭』までにまとめる事」

 その膨大な書類を見た一年生女子二人が青ざめた顔で「柔道部の方に行きます」って言い残して慌てて出て行きました。これは逃げられましたね。


「反対意見のある者は? なしっと。とりあえず部員達からも意見が出ないし、これはゆま先生の提案で決まりかな。では先生、とりあえず俺達でこの資料に目を通して細かいところを検討してみますよ」

「但し大事な資料だから汚したり破ったりするんじゃないよ」


 藤村部長の言葉に満足げな顔で生物準備室へと戻ろうとするゆま先生。ですが突然彼女は足を止めて机の上に置かれている一冊の雑誌を食い入る様に見ています。確かあれは日吉副部長がいつも呼んでる怪しげな雑誌。

「何だこれは?」


「おや、先生も興味がおありですか? その本は超常現象や地球上の謎について考察された季刊誌『ラムー』ですよ。今回の特集は月宇宙船説と超古代文明崩壊との関連性についてです」


「ほほう。どんな内容だい日吉」


 ゆま先生、日吉副部長にぐいと詰め寄りもっと語れと迫ります。私達も彼女の変化にただ唖然とするばかり。


「要約すると本誌ではまず月の質量が異常に小さいことから月が人工物では無いかという仮説を元に、月は宇宙船または要塞の様なものなのかもしれないと論じ、太古に滅びた都市の幾つかが強力な兵器使用によってではないかという説と関連づけ、月からの攻撃でそれらの都市は一瞬にして消え去ったのでは無いかと書かれています」


 日吉副部長は得意げに雑誌『ラムー』の内容をゆま先生に力説し始めます。


「アトランティスやムーといった古代国家が滅んだのも同じ理由とされていますが、アトランティスの人々を統治していたのはポセイドンと呼ばれる王に率いられた海棲民族、都市は滅びてもその民は海底深くに逃れ生き延びたのだと締め括られていますね」


「なるほど。しかしこんな重要機密が詳細に、しかも堂々と市井の雑誌に掲載されているとは。一体どうなっているんだ。これは急ぎ中央に報告し隠蔽しないと。日吉君、その雑誌しばらく私に預けてもらえないだろうか」


「先生、ちょっと大袈裟ですね。ノリが良すぎますよ。僕たちも『ラムー』には感化されていますけれど、その内容は編集者個人の空想の産物だって事ぐらいは理解していますよ。正直そうだったら面白いなとは思いますけれども」


「こんなものが世に広まれば人々がパニックを起こしてしまうかもしれない。急ぎ手を打たないと。出版社は文芸館か」

「あの、ゆま先生。僕の話を聞いてます?」


 雑誌『ラムー』を手に取りいそいそと生物準備室へと引き籠もり、ゆま先生は早速どこかへ携帯電話で連絡を取っている様子。


「あの雑誌の記事って、何かヤバいのか?」

 南君がゆま先生の慌て振りを見てそう声に出します。

 先程のゆま先生の態度といい、何かただならぬ事態が起っているのではと不安な空気が生物室の中に立ち込めます。

 でも日吉部長はこれはあれだって言います。


「これってゆま先生が僕たちを脅かすために仕掛けたドッキリじゃないかな? だってそうだろ。生物の先生が機密だの隠蔽だのってスパイ映画じゃあるまいし。説得力が全然ない」


 私もそんな日吉副部長の意見にしっかり便乗。これ以上変な話に付き合わされてなるもんですか。

「そうなんです。ゆま先生ってお茶目でしょ。ドッキリっていうよりああいうのすぐ信じちゃって大変なんですよ。すっごく変わってるでしょ」


「なるほど、『未確認生物学』専攻だったけ。『変人先生』の異名は伊達じゃ無いですね」


 藤村部長も南君も日吉副部長の言葉に同意して席を立ちました。ゆま先生から託された資料の入った黒い箱を皆で往復しながら部室棟の方へ運び込んで今日のクラブ活動はお開きとなりました。

 

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