第67話
次の日、金曜日に事件が起きる。
登校しようと玄関に行くとサンレイとガルルンがいなかった。
「何してんだ…… 」
英二は呟くと階段を見上げて大声を出す。
「サンレイ、ガルちゃん、学校行くよ」
2人の返事の代わりにリビングから母が顔を出す。
「あんたまだ居たの? サンレイちゃんとガルちゃんならもう出ていったわよ、てっきりあんたも一緒だと…… 」
母の言葉に英二が慌てて玄関から飛び出す。
「どこ行ったんだ…… 」
こんな事は初めてだ。
いつも3人一緒に登校している。英二が休む時は二人を休ませていた。
2人が何をするのか不安なので単独での外出はできるだけしないように気を付けているのだ。
「どこ行ったんだ? あいつら…… 」
大声で名前を呼びたいところをぐっと我慢して辺りをキョロキョロ見回しながら歩いて行く、どこかに隠れていて脅かすつもりだろうと思っていたがいつもの通学路を半分過ぎても2人は現われない。
その時、後ろから委員長が巨乳を揺らしながらパンを咥えて走ってきた。
「遅刻、遅刻、遅刻しちゃう~ 」
聞き覚えのある声に英二が振り返る。
「委員長だ……遅刻って充分間に合うよな」
スマホで時間を確認した英二に委員長がぶつかってきた。
「うわっ!! 何を…… 」
英二が尻餅をつく、どう考えても態とぶつかったとしか思えない。
「きゃ~、いったぁ~いぃ~~ 」
大袈裟に叫ぶ委員長の前で英二は酷い有様だ。
委員長が咥えていたマーガリンたっぷりの食パンが顔面に張り付いている。
「委員長、これは何の真似なんだ」
英二が顔に張り付いた食パンをサッと手で払い落とす。
「ごっごめんなさい、急いでいたもので……運命の出会いですよ、これから2人で愛を育んでいきましょうね」
委員長が差し出したハンカチを英二が受け取る。
「愛って……何言ってんだ? 変なものでも食べたのか? サンレイだな、サンレイとガルちゃんが変な事始めたんだろう」
2人の悪戯だろうと辺りをキョロキョロ探す英二の顔を委員長が覗き込む、
「あれ? 恋が叶う伝説なのに効いてないのかな? 」
「伝説って、朝パンを咥えてぶつかるってべたべたなやつか、そんなもの今時漫画でもやってないぞ」
「そんな事ないわよ、私が小学生の時に読んでた漫画でもやってたわよ、運命の出会いには朝パンダッシュが一番なのよ」
「初めて出会う切っ掛けってヤツだろ、委員長は小乃子と一緒で小学校から知ってるだろ……ところでサンレイとガルちゃんは? どうせ2人の悪戯だろ? 」
委員長の顔付きがさっと変わる。
「さっきからサンレイちゃんとガルちゃんの事ばかり……高野くんは私なんかより2人の事が好きなのね」
「なっ、何言ってんだ……俺は別に……今日の委員長変だよ」
焦る英二の手を委員長が握り締めた。
「委員長なんて嫌! 菜子って呼んで高野くん……私も高野くんの事を英二って呼び捨てにするわね」
クラスでも上位に入る美人の委員長に言い寄られて英二の頬が赤く染まっていく、その時、英二の後頭部に何かが当たった。
「何やってんだ英二!! あたしという彼女がいながら浮気かよ! 」
英二が振り返ると目を吊り上げて怒った小乃子が立っていた。
「ちっ違う、これは……委員長が……っていうか彼女って何だよ? 」
必死で弁解する英二に小乃子が乾パンを投げ付ける。
「痛てっ、痛てて……痛いから止めろ! 」
地面に落ちる乾パンを英二が見つめる。
「乾パン? なんで乾パンをぶつけてくるんだ」
目の前に落ちていた乾パンを拾って確認するように見つめる英二の向かいで小乃子がニヤッと意地悪顔で笑う、
「朝パンダッシュに決まってるだろ、本来ならパンを咥えてぶつかるんだが二月の豆まきも近いからな、あたし流にアレンジしたんだ。乾パンをぶつけて英二の中からあたし以外の女を忘れさせる。そうして2人は結ばれるんだ」
英二がバッと顔を上げる。
「わけわからんからな、そんな話し聞いた事もないからな」
後ろから委員長が英二に抱き付く、
「おわっ! 」
背中に当たる巨乳に英二が思わず声を出す。
英二を抱いたまま委員長が小乃子を睨む、
「そうよ、乾パンが当たって英二くんが怪我をしたらどうするのよ、小乃子なんて放って置いて英二くんは私との愛を育みましょうね」
小乃子がキッと委員長を睨み返す。
「菜子も菜子だぜ、あたしが英二と付き合ってるの知ってるくせに」
「あらっ、そうだったかしら、でも恋愛は自由よね」
とぼけるように言いながら委員長が立ち上がった。
「いくら菜子でも英二は渡さないからな、英二はあたしの彼なんだからな」
委員長の正面に小乃子が立つ、尻餅をついていた英二が少しずつ2人から離れていく、
「うふふっ、昨日まではね、でも今日から英二くんは私のものよ、乱暴な小乃子より私の方が英二くんには相応しいわ」
勝ち誇るように笑う委員長を小乃子が睨み付ける。
「なんだってぇ~~ 」
「なによ!! 」
2人が睨み合っている内に英二が慌てて逃げ出した。
いつもの通学路から離れて裏路地を歩きながら英二が呟く、
「何か変だ!! 委員長も小乃子も2人とも変だ。どうなってんだ? 」
ビュン! 顔の前を茶色いものが横切った。
「うあっ!! 危ねぇーっ! 」
英二が咄嗟に避けると前の脇道から普通の倍はある長い長いフランスパンを持ったサンレイが出てきた。
「遅刻、遅刻、遅刻ぅ~~、ええぃ、遅刻してもいいぞ、おらはここで英二を倒すぞ」
サンレイがフランスパンを上段に構える。
先ほど風を切って目の前を横切った茶色い物体はサンレイが殴りかかったフランスパンだ。
「うわぁっ、何するんだ。止めろサンレイ」
英二が止めろと両手を突き出す。
それを見てサンレイがニヤッと不敵に笑った。
「運命の出会いだぞ、パンを咥えてぶつかって気絶させる。朝パンダッシュだぞ、そして2人は結ばれるんだぞ」
「倒すとか言って殴ってきただろが、咥えてないし、ぶつかってもない、サンレイまで朝パンダッシュって何なんだよ」
「にゃひひひひっ、おらも始めは咥えようと思ったんだが固いフランスパンを見て思いついたんだぞ、これで殴って気絶させれば後は自由に好き放題できるぞって…… 」
「俺を気絶させて何するつもりだ」
「おらと結ばれるに決まってんぞ、おらの夫になるんだぞ、英二とおらはラブラブだぞ」
「ラブラブって何だよ、そんなんで結ばれてたまるか、だいたい気絶なんてしてたら俺が少しも気持ちよくないだろうが」
必死で言い返す英二も何を言っているのか自分でも分かっていない。
「問答無用だぞ、愛のために死ね!! 」
止めろと必死で説得する英二にサンレイがフランスパンを叩き付けた。
「いってぇ~ マジかよ、下手したら死ぬぞ」
頭を庇って前に出した腕にフランスパンが当たった。
たかがパンだと甘く考えていたが物凄く痛い。
サンレイがフランスパンを高々と持ち上げる。
「この日のために特注したんだぞ、カチカチの固いパンを作ってくれって、こいつはパンで出来たエクスカリバーなんだぞ」
「どこの店だ!! そんな物騒なもの作るパン屋は」
「いつも買ってるヤスさんとこだぞ、お得意さんだってサービスしてくれたぞ」
ヤスさんとは近所の手作りパン屋さんだ。
早朝から開いていて時々出来たての食パンを買っている馴染みの店である。
「ヤスさんのパンをそんなことに使うな」
「英二を倒した後で美味しく頂くから問題ないぞ、固いけど焼くと柔らかくなるってヤスさん言ってたからな、スタッフが美味しく頂きましたってヤツだぞ」
「スタッフって何だよTVみたいに言うな! 」
怒鳴った後で英二が続ける。
「悪戯にも程があるぞ、委員長や小乃子にもバカな事させて…… 」
サンレイが首を傾げる。
「小乃子? 委員長も知らんぞ、おらは朝パンダッシュの伝説を知って英二とラブラブになるために昨日の夜から用意したんだぞ、そんで朝パンダッシュの伝説を現代風にアレンジしてこのフランスパンを手に入れたんだぞ」
「どこをどうアレンジしたら相手を倒すようになるんだ。下手したら死ぬからな、恋が始まるどころか人生が終わるわ!! 」
怒鳴る英二の前でサンレイがまたフランスパンを構える。
「にゃひひひひっ、恋が叶えばよし、さもなくば相手を殺して自分も死ぬ、来世で生まれ変わって次は必ず恋仲になるというありがたい伝説だぞ」
「変な思想混じってるからな、朝パンにそんな力なんかないからな」
「ええぃ、問答無用だぞ、おらの愛を受け入れるか死ぬか、どっちか選ぶんだぞ」
「殺されてたまるか! 意味分かんねーし、間違ってるからな」
フランスパンを振り回すサンレイから英二が逃げ出す。
「待て逃げるな、正々堂々と勝負しろ」
「勝負って何だよ、恋の伝説だろうが」
「にゃひひひっ、そだぞ、新しい伝説をおらが作るんだぞ」
「怖いから……マジで変だぞ」
ニタリと不気味に笑うサンレイから英二が必死で逃げ出した。
普段使っている通学路に英二とサンレイの大声が聞こえてきた。
小乃子と睨み合っていた委員長が鞄から食パンとジャムを取り出す。
「フフッ、こんな事もあろうかと予備のパンを持ってきて正解だったわね、マーガリンはお気に召さないようだから今度はイチゴジャムにしましょう」
不敵に笑うと食パンにジャムをサッと塗る。
「英二くん待っててね、サンレイちゃんに殺される前に私とぶつかって今度こそラブラブになりましょう」
食パンを咥えると2人の声が聞こえた裏道へと入って行った。
小乃子が鞄から乾パンの入った缶を出すとパカッと開ける。
「家にあった災害用の消費期限切れの乾パンだけどあたしと英二の愛には期限なんてないからな、乾パンぶつけて英二の中からあたし以外の女を叩き出してやるんだ」
缶の中に入っている氷砂糖を摘まんで口に入れると小乃子も走り出す。
裏道から英二が出てくる。
余り知らない道よりも普段使っている通学路の方が逃げやすいと考えたのだ。
「あんなもので殴られて気絶しているうちにラブラブなんて冗談じゃないぞ」
サンレイから逃げて角を曲がった英二が何かにぶつかった。
「わふん!! 」
可愛い悲鳴を上げてガルルンが転んだ。
「わぁっ! ガルちゃんか、吃驚した。ごめんなガルちゃん、怪我してないか? 」
倒れたガルルンの傍に英二がしゃがんで謝る。
決して前方不注意ではない、角のすぐ脇に背の低いガルルンがいて見えなかったのだ。
「ガルは大丈夫がお、急に走ってくるから吃驚したがう、英二は大丈夫がお? 」
抱き起こされたガルルンがじっと英二の足下を見つめる。
英二のスニーカーの下でロールケーキが丸まま1本潰れていた。
「がわわぁ~~ん、ガルの……ガルのロールケーキがう……ガルからぶつかる予定がお……ガルの、ガルの計画が台無しがお」
英二にしがみついてガルルンが泣き出した。
「わあぁーっ、ごめんガルちゃん」
「ガルのロールケーキがう、ガルの…… 」
「ごめんよ、泣かないでくれよ、ロールケーキは弁償するから、ショートケーキでも何でも奢るからさ」
あたふたと謝る英二の顔をガルルンが泣き腫れた目で見上げる。
「ごめんで済んだらヤクザは商売上がったりがお、あのロールケーキは特別がう、この日のためにガルがヤスさんに作ってもらった特別製がお」
「またパン屋のヤスさんか……と言う事はガルちゃんも………… 」
あたふたとしていた英二の動きがピタッと止まる。
「そうがお、朝パンダッシュのおまじないがお、朝パンダッシュの伝説をガルが新しくしたがう、その名も朝ロールケーキダッシュがお、ロールケーキを咥えたガルが英二とぶつかって愛が始まるがう、ロールケーキはデカいがお、どこを咥えようか迷ってたら英二がぶつかってきたがお、計画とちょっと違うけど結果オーライがう、英二の所為がお、だから責任とってガルをお嫁さんにするがお」
英二の腕からバッと離れて立ち上がるとガルルンがニパっと可愛い笑みを見せた。
「やっぱり朝パンダッシュか、ロールケーキ咥えるって無理があるだろ、サンレイと2人で先に行ったと思ったらここで待ってたんだな、どうせサンレイが考えた悪戯だろ? 」
英二が弱り顔でガルルンを見つめた。
「ちっ、違うがお、悪戯じゃ無いがう、ガルの作戦はロールケーキに豆腐小僧から貰った妖怪豆腐の夢豆腐を入れて英二を操って結ばれるがお、既成事実を作って英二を夫にするがう、その為にパン屋のヤスさんに夢豆腐をクリームに混ぜて貰ったがお」
慌てて話した後でガルルンがじっと英二と目を合わす。
「せっかくの作戦が台無しがお、だから責任を取ってガルと結ばれるがお」
「そんな責任なんて知らないからね、俺を操って変な事する気だったんだろ」
弱り顔の英二にガルルンが抱き付く、
「恋は盲目がお、愛のためならガルはどんな事でもするがう、ガルを虜にした英二を今度はガルが妖怪豆腐で虜にするがお、相思相愛がお」
直ぐ目の前にガルルンの上気した顔があった。
可愛いガルルンに抱き付かれてはっきり言って嬉しい、おっぱいも気持ち良い、だがガルルンの目付きが変なのに気が付いて英二が慌てて引き離す。
「妖怪豆腐で操られてるのは相思相愛って言わないからね」
「英二はガルが嫌いがお? 」
「嫌いじゃ無いけど……急に言われても……サンレイや小乃子もいるし…… 」
潤んだ目で見つめられて英二がしどろもどろになる。
そこへサンレイと委員長と小乃子がやってくる。
「見つけたわよ英二くん、さぁ、早く私にぶつかって運命の出会いで愛し合いましょう」
食パンを咥えた委員長が両手を広げて招いた。
小乃子が乾パンを投げ付けてくる。
「菜子やサンレイやガルルンの事など乾パンぶつけて忘れさせてやる。英二はあたしの事だけを考えてくれればいいんだよ」
委員長と小乃子の前にサンレイが出てくる。
「にゃひひひひっ、もう逃がさないぞ、覚悟するんだぞ英二、フランスパンで殴り殺されるのとおらの愛を受け入れてラブラブするのとどっちか選ぶんだぞ」
木刀を素振りするかのように上下に振っているサンレイが持つフランスパンが青い雷光をあげている。
「冗談じゃない……マジで死ぬからな」
後退る英二の後ろからガルルンが抱き付く、
「ロールケーキは失敗したがお、でも妖怪豆腐の夢豆腐はまだあるがう、普通の豆腐と同じ味がお、だから安心して食べるがう、ガルがたっぷり可愛がってあげるがお」
満面の笑みをしたガルルンが袋から豆腐を取り出した。
「ちょっ、何考えてるんだよ、悪戯にも程があるぞ、サンレイとガルちゃんはともかく委員長まで……小乃子はふざけすぎだぞ」
慌ててガルルンを引き離すと英二が委員長と小乃子に向き直る。
「あら、ふざけてなんかいないわよ」
「そうだぜ、あたしたちは英二とラブラブになるためならどんな事でもするよ」
委員長と小乃子がマジ顔で言った。
「ちょっ……冗談だろ……あははっ、委員長まで止めてくれよ」
どうにか誤魔化そうとする英二の正面でサンレイが口を開く、
「英二が1人を選べないならおらたち全員でもいいぞ」
「乱交か……あたしは一寸嫌だけどこの際我慢するよ」
小乃子の隣で委員長も頷く、
「私も構わないわ、でも誰が一番かはジャンケンですからね」
「がふふん、ガルもオッケーがお、英二のDTはガルが貰うがお」
ガルルンが鼻を鳴らしながら英二の後ろからサンレイの横へと出てきた。
「乱交とか何考えてんだよ、冗談にも程があるぞ、本気で怒るからな」
狼狽える英二の前で4人がジャンケンを始める。
「ジャンケンポン、あいこでしょ、ジャンケンポン」
「マジで怒るからな!! 」
怒鳴ると同時に英二が逃げ出す。
「あっ、逃げたぞ」
叫ぶサンレイを見てガルルンがニヤッと笑う、
「鬼ごっこがお、捕まえたら英二のDTを貰ってもいいがお」
向かいにいた小乃子が乗り気になる。
「よしっ、その勝負受けた! 英二はあたしのものだからね」
委員長が不満顔で口を開く、
「ちょっ、足の遅い私が一番不利じゃない…… 」
「話しは後だぞ、学校へ逃げ込まれる前に英二を捕まえるぞ」
4人が英二を追って走り出す。