第50話
帝都・洛華の夜を焦がすかのように、幾千もの灯籠が後宮の大広間を絢爛に照らし出している。
郭皇后が産んだ劉輔や、私と同じ顔立ちを持つ謝美人が産んだ劉華をはじめ、他宮の側室たちにも相次いで新たな命がもたらされていた。それらすべての誕生を言祝ぐ宴は、渭北の重臣たちによる権力誇示の場と化し、噎せ返るほどの熱気を帯びて広間に渦巻いている。
広間を飛び交うきらびやかな金装飾の擦れる音と、重厚な獣脂をふんだんに使った肉料理の匂いが、空腹と疲労に苛まれてひび割れかけた私の五内を容赦なく締め付けてくる。
連日の冷気と凍てつくような粗末な膳のせいで、私の身体はすでに崩れ落ちる寸前の淵に立たされていた。今朝、彼の方と共に口にした僅かな温もりだけが、麻痺しかけた手足をかろうじて繋ぎ止めている状態に過ぎない。どれほど膝が震え、視界が真っ白に眩もうとも、私は父の遺した三徳の教えを盾に、末席の暗がりでただ静かに息を殺すほかなかった。
「……ご覧なさいな、あの青白い顔を」
「名家のお生まれだと聞いていましたが、随分と惨めな姿ですこと。陛下の御寵愛を独占しているなどという噂も、これでは形無しですわね」
扇で口元を隠した妃嬪たちからの冷酷な嘲笑が、鋭い刃となって背中に降り注いでゆく。
だが、そんな悪意の囁きよりも私の胸を鋭く抉るのは、遥か遠く、一段高い玉座に君臨する彼の方の姿に他ならない。
(……彼の方は、天下を統べる龍なのだから……)
吐き気を催すほどのめまいを必死に堪え、膝の上で冷え切った指先を固く握りしめる。
玉座で龍の仮面を被る彼の方と、末席で身を潜める私――その絶望的な距離こそが、苛烈な後宮の刃からあの方の覇道を護り、互いの息の根を繋ぎ止めるための目に見えない盾なのだ。
胃袋が激しく痙攣し、冷や汗が背筋を伝い落ちるなか、私はただ、この果てしなく空虚で冷たい祝宴が終わる刻だけをひたすらに待ち続けていた。
賑やかな祝楽の音が地響きのように床を揺らすなか、私の前に音もなく新しい漆塗りの膳が運ばれてくる。
豪奢な器にたっぷりと盛られていたのは、乳白色に濁った高価な羹であった。
「陰貴人様、此度のめでたき命の誕生を祝し、皇后様より直々にお下げ渡された祝いの羹にございます。どうぞ、一滴も残さずお召し上がりくださいませ」
膳を運んできた宦官が、ねっとりとした薄笑いを浮かべて私の脇へと立ち塞がった。
広間中の渭北派の視線が、一斉に末席の私へと注がれるのを感じる。ここで手を付けずに退ければ、それこそ皇后への不敬や、産まれた皇子への呪詛として、あの方を追い詰める絶好の口実を与えてしまうことになるだろう。
かじかむ手で重い匙を拾い上げ、私は儀礼としての義務を果たすため、その白い液体を一口だけ口に含んだ。
――その瞬間、世界が音を立てて暗転する。
熱いのではない。喉の奥を業火で直接焼け焦がされたかのような凄絶な衝撃に襲われ、まるで何百本もの鋭利な刃を一度に飲み込んだかのような凶悪な激痛が、食道から胃袋へと容赦なく突き抜けた。
「……っ、く……あ、っ……」
悲鳴すら喉に張り付いて出てはこない。
この場で声を上げて取り乱せば、あの方の晴れの祝宴が台無しになってしまう。それだけは絶対に嫌だと、私は本能的な恐怖のなかで必死に口元を両手で押さえた。
だが、内臓を素手で握り潰されるような内側からのすさまじい破壊に、身体の均衡は容易く崩れ去ってしまう。
熱い鉄の味が口内に溢れ返り、堪えきれず指の隙間からどくどくと鮮血が溢れ出した。
白梅色の上質な絹衣が、見る間に赤黒い血の海へと染まってゆく。周囲の騒がしい喧騒や楽の音がまるで遠い異国の出来事のように急速に遠ざかり、私の視界は激しく歪み始めた。
(老虎……お願いだから、こんな姿を……見ないで……)
冷たい石床が顔に触れる感触すら自覚できないほど、指先から急速に体温が奪われてゆく。
死の恐怖よりも、あの方の胸にある私の美しい記憶を血で汚してしまうことへの切絶な哀しみが胸を締め付け、私はそのまま、深い闇の底へと崩れ落ちていった。
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