第22話
軍議の間に満ちる重苦しい空気が、凍傷で割れかけた頬をひりひりと無慈悲に刺激していた。
極寒の渭北を這いずり回り、命からがら辿り着いた盟津の陣所ではあったものの、そこに用意されていたのは凍てつく床板と、容赦のない権力の天秤のみ。
上座にどっかりと深く腰を沈めているのは、渭北の大地を支配する軍閥の覇者・郭昌であった。
彼がわずかに身動ぎをするたび、その巨躯に纏った過剰な金装飾がジャラジャラと高い音を立てて広間に響き渡る。それは飢餓と疲労で限界まで削り取られた俺たちの耳底へ、ひどく耳障りな雑音となって突き刺さった。
泥と乾いた返り血に塗れ、無残にひしゃげた玄色の甲冑を身に纏う俺たちを、郭昌は値踏みするような冷酷な瞳で見下ろしている。その背後に控える渭北の将兵たちは一様に豪奢な毛皮や磨き上げられた武具を誇示し、薄汚れた俺たちを嘲笑するように唇を歪めていた。
「よくぞ生きてこの盟津へ辿り着いたな、劉将軍。晋陽での十三騎の突撃、まことに見事であったと聞き及んでいる」
ねっとりとした粘り気のある声音で言葉を並べ立てる郭昌の瞳の奥には、欠片の笑みすら浮かんでいない。圧倒的な軍事力を背景にした重圧が、冷え切った床板を這うようにして足首へと重く絡みついた。
「だが、お前の首には未だ偽帝からの莫大な懸賞金が懸かっている。数千の兵を失い、数十名のみでこれ以上の地獄を生き延びるのは不可能だということは、お前自身が一番よく理解しているはずだな?」
膝の上に置いた己の拳にじわりと力がこもり、凍傷で黒ずんで枯れ木のようにひび割れた指の関節が、ギリギリと鈍い悲鳴を上げる。
足元を見るような郭昌の言葉は、悲しいかな紛れもない現実であった。俺一人ならばいざ知らず、共に死線を越えてきた部下たちをこれ以上守り抜く力など、今の俺には残されていないのだから。
「そこでだ、劉将軍。お前に我が真定王家との血の盟約を提案したい」
身を乗り出して卓の上へと太い指先を突き立てた郭昌の目は、獲物を捕らえる猛禽のごとく、ぎらりと不吉な濁った光を放っていた。
「我が娘、郭聖通を正妻として迎えよ。さすれば、お前の覇業の盾となる十万の軍勢を、ただちに貸し与えよう」
十万の軍勢と引き換えに、別の女を娶れ――。
その言葉が鼓膜を打った瞬間、胸の奥底で、すべてを焼き尽くすような激しい殺意が爆発的に燃え上がった。婚姻を単なる軍事契約の道具とし、愛する妻と交わした魂の誓約を、俗物的な取引の卓の上で泥足のまま踏みにじる要求。
「……お断りする」
地鳴りのような低い声が、かろうじて喉元から漏れ出た。
「何だと?」
郭昌の眉が不快げに跳ね上がるなか、俺は懐の奥深く、命に最も近い場所にある小さな絹の結び目――鸞が編んでくれた赤い組紐の確かな熱を、身体の芯で強く感じていた。
「俺には、故郷に生涯を誓ったただ一人の妻がいる。……彼女を差し置いて、別の女を妻に迎える婚姻など、断じて結ぶつもりはない」
広間の空気の温度が、一瞬にして極寒の底へと叩き落とされたかのように凍りつく。周囲の将兵たちの嘲笑がぴたりと止まり、殺気立った鉄の匂いが一気に場へと立ち込めた。
「ほう……。南苑州の、うらぶれた娘への感傷か。よかろう、ならばその安っぽい誇りとともに、お前たちを信じて付き従った部下もろとも、この渭北の雪原で飢え死にするがよい」
冷酷な笑みを浮かべた郭昌は、容赦のない宣告を突きつける。
愛する妻への誓いを守ろうとする魂の熱と、目の前で命を削らせている部下たちの悲惨な現実。逃げ場のない無情な選択の重圧が浅い呼吸を容赦なく圧迫するなか、叩きつけられた不条理な拒絶の余韻を残したまま、俺たちは有無を言わさず冷たい雪の只中へと追い立てられていった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
*ちょこっと雑談*
私の中で郭昌のイメージはいやらしい笑みを浮かべる胡散臭い人です…
そして、鸞のことをうらぶれた娘って言われていますが、鸞の実家:陰家は豪族なので全くそんなことないんですけどね!異民族との境界線に近い渭北だと距離の関係で知らないんですよ・・・。知らないで人のこと馬鹿にするなんて失礼ですよね!
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また明日19:00にお会いしましょう!




