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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者: ゆ
第七章 勇者との邂逅、王国への帰還
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第96話 王都の居場所

 王都ギルドへ着く頃には、日が沈み始めていた。

 通りに並ぶ街灯へ淡い光が灯り、依頼を終えた冒険者たちがギルドの中へ次々と入っていく。

 扉を開けると、酒場から聞こえる声と、掲示板の前で依頼を探す者たちの話し声が一度に耳へ届いた。

 帝国のギルドとは、建物の造りも、集まっている冒険者たちの装備も違う。

 それでも、この騒がしさには覚えがあった。


『街だけでなく、ここも変わっていないわね』


「ああ」


『変わったのは、あなたの方だけみたい』


「それも、さっき聞いた」


『何度言っても事実は変わらないわ』


 受付へ向かい、空いている窓口の前で足を止める。

 席に座っていた女性が顔を上げた。


「ご依頼の報告ですか?」


「帝国から戻りました。レグルス・クレハルトです」


「レグルス・クレハルトさん……少々お待ちください」


 受付の女性が手元の書類へ目を落とす。

 名前を探す指が、すぐに一枚の書類の上で止まった。


「王国騎士団から、帰還予定の連絡を受けています。帝国中央支部からの報告書も届いていますが、依頼達成の証明書はお持ちでしょうか?」


「これです」


 帝国ギルドで受け取った証明書を差し出す。

 女性は内容を確認すると、机の上へ置かれた薄い金属板に証明書を重ねた。

 刻まれていた術式が淡く光る。

 証明書へ記された文字が一部浮かび上がり、金属板の中へ吸い込まれていった。


「亀裂周辺の防衛と、魔物及び魔族の討伐。王国騎士団長ブラノール様からも、レグルスさんの働きについて報告を受けています」


「もう届いているんですか?」


「王国騎士団が使用する緊急用の魔導通信です。魔導艇よりも報告書の方が先に届くこともあります」


 女性が別の書類を取り出す。


「現在の登録はC級。帝国中央支部で更新された内容も、すでに王都支部へ反映されています」


 帝国を離れる前に変わった階級。

 手元の冒険者証だけではなく、王都側の記録もC級へ書き換えられていた。


「今回の功績についても、今後の審査材料へ加えられます。ただし、すぐに次の階級へ上がるわけではありません」


「それで構いません」


「王国騎士団長からの評価もありますから、通常の依頼より大きく扱われると思いますが……本当に階級には興味がないのですね」


「依頼を受ける時に困らなければ、それで十分です」


 階級を上げるために、魔族と戦ったわけではない。

 目の前にいたから斬った。

 その結果が評価されるのなら、拒む理由もなかった。


「報酬については、帝国側ですでに支払いが済んでいることを確認しています。王国騎士団から追加の報奨が出る可能性もありますが、そちらは正式な決定をお待ちください」


「分かりました」


「続いて、王都での滞在先を確認します。以前利用されていた宿へ戻られますか?」


 すぐには答えられなかった。

 帝国へ向かう前に使っていた宿が、今も部屋を空けているとは限らない。

 王都へ着いたばかりで、今夜の寝床もまだ決めていなかった。


「まだ決めていません」


「今後も王都を拠点に活動される予定でしょうか?」


「そのつもりです」


「でしたら、固定の住居を持つこともご検討ください」


「住居ですか?」


 受付の女性が頷く。


「C級以上の冒険者には、緊急依頼や指名依頼をお伝えするため、連絡可能な住所を持つことが推奨されています。義務ではありませんが、長く王都で活動されるのであれば、その方が何かと便利です」


「宿では駄目なんですか?」


「駄目ではありません。ただ、長期間留守にした場合、部屋がそのまま残るとは限りません。装備や私物を保管する場所としても、固定の住居があった方がよいでしょう」


 帝国へ向かう時も、持っていく必要のない物は宿へ預けていた。

 今回のように予定より滞在が長引けば、いつまでも預けたままというわけにもいかない。


『いいんじゃない?』

 セレスの声が意識へ響く。


『あなたも、いつまでも荷物をすべて背負って歩くつもりではないでしょう』


「必要な物は持っている」


『今はね。これから刀や本が増えないとは限らないわ』


「本を増やしたいのはセレスだろ」


「何か問題がありますか?」

 受付の女性に尋ねられ、意識を戻す。


「いえ。住居を探すには、どうすればいいんですか?」


「ギルドと提携している管理者がいます。冒険者向けに、長期間不在でも管理を任せられる物件を扱っています」


 女性が席を立ち、後ろに並ぶ棚から薄い冊子を持ってくる。

 開かれた頁には、幾つかの建物の簡単な間取りと、月ごとの賃料が記されていた。


「購入ではなく、賃貸です。一定期間住んだあと、希望すれば買い取れる物件もあります」


 帝国で受け取った報酬を考えれば、借りるだけなら問題はない。

 だが、王都へ戻ったばかりで、今日中に決める必要もなかった。


「少し考えます」


「承知しました。こちらの三件でしたら、明日すぐに見学できます。希望される場合は、朝までにお申し出ください」


 三件分の資料を受け取る。

 どれも王都の中心から少し離れているが、ギルドまで歩ける範囲にある。


 一件目は、複数の住居が連なった建物。

 二件目は、商店街に近い二階建て。

 三件目には、小さいながら裏庭がついていた。


『もう決まったみたいね』


「まだ何も言ってない」


『三件目だけ、見る時間が長かったわ』


 資料を閉じ、荷物へ入れる。


「ほかに手続きはありますか?」


「帰還に関するものは以上です。お疲れさまでした」


「ありがとうございました」


 受付を離れようとして、足を止める。

 王都へ戻ったことを、まだ姉へ伝えていなかった。


「すみません。ノヴァ・アカデミアへ、短い連絡を送ることはできますか?」


「在籍されている方への連絡でしょうか?」


「姉が、学園の寮にいます」


「お名前をお願いします」


「アリシア・クレハルトです」


 女性は一瞬だけ目を見開いたが、すぐに表情を戻した。


「承知しました。伝言の内容は?」


「王都に戻った。今は王都ギルドにいる。それだけで大丈夫です」


「……それだけですか?」


「はい」


『もう少し書くことがあるでしょう』


「これで伝わる」


『そういう問題ではないと思うけれど』


 受付の女性も何か言いたそうだったが、そのまま伝言を書き留めた。


「簡易通信で学園の寮へ送っておきます」


「お願いします」


 連絡を終え、酒場の空いている席へ向かう。

 朝から魔導艇の中で軽い食事を取っただけだったため、温かい煮込みとパンを注文した。

 料理を待つ間、改めて物件の資料を開く。


 一件目は、ギルドに最も近い。

 二件目は、周辺に店が多く、生活には困らない。

 三件目は、ほかの二件より少し離れている代わりに、裏庭と装備を保管する部屋がある。


『やっぱり、三件目しか見ていないじゃない』


「装備を置ける場所は必要だろ」


『受付の方は、生活するための家を紹介してくれたのよ』


「生活するにも必要だ」


『台所や寝室は見たの?』


 資料へ目を戻す。

 台所と寝室があることは確認できた。


『今、確認したでしょう』


「最初から見ていた」


『嘘ね』


 運ばれてきた煮込みを食べ終えた頃、ギルドの入口から聞き慣れた声がした。


「レグルス!」


 振り返る。

 人の間を抜け、姉がこちらへ歩いてくる。

 学園から直接来たのか、普段使っている外套を身につけたままだった。


「姉さん」


「帰ってきたなら、もっと早く連絡しなさいよ」


「王都へ着いたのは、ついさっきだ」


「帝国を出る時に連絡できたでしょう」


「魔導艇に乗ることが決まったのは、出発の前日だ。それに、連絡する手段もなかった」


「王国騎士団の魔導艇に乗っていたんでしょう?」


「俺が自由に通信を使えるわけじゃない」


 姉は何か言い返そうとしたが、諦めたように息を吐いた。


「まあ、無事ならいいわ」


 俺の前まで来ると、姉は頭から足元まで確かめるように視線を動かした。


「怪我は?」


「ない」


「本当に?」


「帝国を出る前にも確認された」


「誰に?」


「兄さんに」


「それなら、本当にないみたいね」


「俺より兄さんの方を信用するのか?」


「あなたは、動ける怪我なら隠すでしょう」


 否定できなかった。

 姉の視線が、腰にある黒鞘で止まる。


「その刀は?」


「帝国で手に入れた」


「帝国へ行った時は、刀を持っていなかったわよね?」


「ああ。以前話した獅子宮から持ち帰った」


 俺は柄へ手を添える。


「銘は獅心《コル・レオニス》だ」


「獅心《コル・レオニス》……」


 名を呼ぶと、黒鞘の奥から小さな鼓動が返ってきた。

 姉の目が細められる。


「今、魔力を流した?」


「何もしてない。名前を呼ぶと反応することがある」


「見せて」


「ここでか?」


「抜けとは言ってないわ。少し触るだけよ」


 姉が黒鞘へ手を伸ばす。

 その指先が触れる直前、獅心《コル・レオニス》がもう一度脈打った。

 先ほどより、わずかに強い鼓動だった。

 姉の手が止まる。


「……面白い刀ね」


「セフィリアにも同じことを言われた」


「セフィリア?」


「勇者だ。帝国から王都まで一緒だった」


「随分と話が増えていそうね」


「長くなるぞ」


「構わないわ。今夜、全部聞くから」


 姉が当然のように言い切る。


「今夜?」


「ちょうど明日から三日間、学園が休みなの。今日は寮から別邸へ戻る予定だったから、あなたも来なさい」


「俺は宿を探すつもりだったんだけど」


「どうして宿に泊まるのよ。王都には別邸があるでしょう」


 普段、姉はノヴァ・アカデミアの寮で暮らしている。

 研究や学園での活動を考えれば、別邸から通うよりも寮の方が都合がいいらしい。

 王都にあるクレハルト家の別邸へ戻るのは、学園が数日続けて休みになる時だけだった。

 姉がいない間も、建物を管理するため、数名の使用人が常駐している。


「今夜だけなら世話になる」


「今夜だけ?」

 姉の視線が、卓の上に置いた物件資料へ向けられる。


「何、それ?」


「ギルドから紹介された物件だ。王都で住む場所を探そうと思ってる」


「探す必要なんてないでしょう。別邸を使えばいいじゃない」


「姉さんは普段、寮に住んでるだろ」


「私はね。でも、部屋は余っているし、使用人もいる。あなたが住めば、別邸も今より使われるようになるでしょう」


「遠慮しとく」


「どうして?」


「王都で冒険者を続けるなら、自分の家を持っておきたい」


「別邸では、自分の家にならないの?」


「クレハルト家の家ではある。でも、俺が自分で決めた家じゃない」


 姉はすぐには答えなかった。


 家族の屋敷が嫌なわけではない。

 姉や使用人と暮らすことが嫌なわけでもなかった。

 それでも、王都で冒険者として暮らすのなら、自分で帰る場所を決めておきたかった。


「一緒に暮らすのが嫌なわけじゃない」


「私は普段、寮にいるけれど?」


「なら、一緒に暮らしてないだろ」


「連休には戻るわよ」


「それでも遠慮しとく」


 姉がわずかに頬を膨らませる。


『少し拗ねたわね』

 セレスの声が意識へ響く。


「分かったわ」


 姉は物件資料を手に取る。


「その代わり、明日は私も一緒に行くから」


「俺一人で見られる」


「あなた一人に任せたら、庭と装備置き場だけで決めるでしょう」


「それ以外に何を見るんだ?」


「ほら、やっぱり私が必要じゃない」


 姉が三件目の資料を開く。


「もう、この家に決めかけているでしょう?」


「まだ決めてない」


「三件のうち、これだけ頁に折り目がついているわよ」


 見ると、三件目の資料だけ端がわずかに曲がっていた。


『お姉さまの勝ちね』


「……分かった。一緒に来てくれ」


「最初からそう言えばいいのよ」


 姉が満足そうに資料を閉じる。


「それと、今夜は別邸へ来ること。帰ってきた弟を宿へ泊めたと母さんに知られたら、私が怒られるわ」


「母さんは、俺が王都へ戻ったこともまだ知らない」


「連絡しないまま宿に泊まったと知られたら、あなたも怒られるわよ」


 それを言われると、断る理由がなくなった。


「分かった。今夜は別邸に泊まる」


「決まりね」


 姉とともにギルドを出る。

 外はすでに暗くなっていた。

 通りの前には、白虎を模したクレハルト家の紋章が刻まれた馬車が停まっている。

 御者台の近くに立っていた使用人が、俺たちに気づいて一礼した。


「お帰りなさいませ、アリシア様」


「ただいま。レグルスも一緒よ」


「レグルス様、お帰りなさいませ」


「……ただいま」


 そう答えてから、少しだけ妙な感覚が残った。

 王都へ帰ってきた。

 だが、別邸へ帰るのは久しぶりだった。

 馬車へ乗り込むと、姉が向かい側へ座る。

 物件資料は、いつの間にか姉の膝の上へ移っていた。


「せっかくの休みなのに、家探しに付き合わせて悪いな」


「弟が妙な家を選ぶのを止めるのも、姉の仕事よ」


『頼もしいお姉さまね』


 セレスの声を聞きながら、窓の外へ目を向ける。

 灯りのついた王都の街並みが、ゆっくりと後方へ流れていく。

 帝国から戻ったその日に、姉と家を探すことになるとは思っていなかった。

 それでも、王都で自分が帰る場所を持つことに、不思議と迷いはなかった。

 馬車は夜の王都を進み、クレハルト家の別邸へ向かっていった。

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