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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者: ゆ
第七章 勇者との邂逅、王国への帰還
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第94話 王国への帰路

 獅心《コル・レオニス》を腰へ戻して間もなく、中央の方からブラノールが歩いてきた。

 身につけているのは、いつもと変わらないシャツとスラックス。

 最後に現れた魔族を相手にしていたはずだが、身体に目立った傷はなく、足取りにも疲労は感じられなかった。


「セフィリア。出発の準備が整うまで、もう少し休んでいろ」


「ですが、私はもう大丈夫です」


「魔力は戻り切っていないだろう」


 セフィリアが何かを言い返そうとする。

 だが、ブラノールの視線を受け、諦めたように肩を落とした。


「……分かりました」


「従騎士を一人連れていけ。もう一人は、魔導艇の出発準備に加われ」


「はい」


 セフィリアは俺へ軽く頭を下げると、従騎士とともに治療用の天幕へ戻っていった。

 残った従騎士も魔導艇へ向かう。

 周囲に人がいなくなったところで、ブラノールが俺を見る。


「先ほどは、セフィリアを守ってくれたことに礼を言う」


「俺は西側を守っただけです」


「それで十分だ。君があの魔族を止めていなければ、封鎖が終わる前にセフィリアまで届いていた可能性がある」


 ブラノールの視線が、壊れた木柵の向こうへ向けられる。


「林の奥に潜んでいた魔族は、僧侶《ビショップ》の位階にある個体だった」


「僧侶《ビショップ》……」


「魔族が自らを分ける位階の一つだ。レッサーデーモンや、君が斬った魔族よりも上に位置する」


「倒したんですか?」


「ああ。亀裂が閉じる直前に姿を現した。逃がしてはいない」


 短く答える。

 そこに自らの戦果を誇る様子はなかった。


「僧侶《ビショップ》は、自ら勇者へ向かうつもりはなかったようだ。君が戦った魔族や魔物を使い、防衛線を崩そうとしていた」


「自分は林に隠れたままですか」


「そういう戦い方をする個体もいる。魔族は力だけで動くものばかりではないということだ」


 昨日から続いていた魔物の襲撃。

 西側へ入り込んできたレッサーデーモン。

 封鎖が始まったあと、林から現れた魔族。

 すべては拠点の守りを調べ、勇者へ至る道を作るためのものだった。


「ただ、僧侶《ビショップ》にとっても、君の存在は想定外だったらしい」


「俺が?」


「西側に配置された冒険者の一人が、送り込んだ魔族を倒すとは考えていなかったのだろう」


 ブラノールの視線が、俺の腰にある黒鞘へ移る。


「最後の一撃は見ることができなかったが、セフィリアや周囲の兵から話は聞いている。あの魔族を一人で斬ったそうだな」


「一人ではありません。周りの冒険者に、ほかの魔物を止めてもらっていました」


「そう答えるところも含めて、報告どおりらしい」


 ブラノールの口元がわずかに緩む。


「一つ、確認したい。帝国元老院のレオン・クレハルトは、君の兄か?」


「はい」


「やはりそうか。君の兄姉を含め、クレハルトの名は王国騎士団にも知られている」


 兄は帝国元老院の一席を預かり、姉は王国で術式の研究を続けている。

 二人の名が知られていることは、不思議ではなかった。


「特に、君の父上や祖父上とは、一度闘ってみたいと思っている」


 魔族の話をしていた時よりも、わずかに声が弾んでいた。


「……機会があれば、伝えておきます」


「頼む」


『この騎士団長も、強い相手には目がないみたいね』

 セレスの声が意識へ響く。


『あなたの家族には、そういう人間を引き寄せる何かでもあるのかしら』


「俺に聞かれても分からない」


「どうした?」


「いえ。何でもありません」


 セレスの声へ答えたことを誤魔化す。

 ブラノールは気にした様子もなく、再び俺へ目を向けた。


「だが、家名だけで君を評価するつもりはない」


 先ほどまでより、少しだけ声が低くなる。


「今回の働きは、間違いなく君自身のものだ。クレハルトの名が魔族を斬ったのではない。君が積み重ねてきたものが、あの一撃へつながった」


「ありがとうございます」


「礼を言われることではない。見たままを話しただけだ」


 ブラノールが魔導艇の方を見る。

 王国騎士や従騎士たちが、積み込む荷物を確認していた。


「君は、王国へ帰る予定だったと聞いている」


「はい。今回の依頼を終えたら、そのつもりでした」


「私たちも一度帝都へ戻り、女帝への報告を済ませたあと、王国へ帰還する」


 ブラノールが俺へ向き直る。


「魔導艇には一人分の余裕がある。よければ、君も乗るといい」


「いいんですか?」


「セフィリアも、そのつもりでいるようだ」


 刀を見せたあと、セフィリアが何も言わずに戻ったとは思えない。

 おそらく、先にブラノールへ頼んでいたのだろう。


「私も異論はない。陸路を使うより、はるかに早く王国へ戻れる」


「それなら、お願いします」


「決まりだな。明朝、帝都を発つ。それまでに用事を済ませておけ」


「分かりました」


 ブラノールは頷くと、拠点の撤収を指揮するため中央へ戻っていった。


 その日の夕刻。

 王国騎士団の魔導艇は、撤収する帝国兵たちよりも先に帝都へ帰還した。

 帝都の発着場へ降りると、ブラノールたちはそのまま帝国宮殿へ向かった。

 俺は一度別れ、依頼の報告をするため帝国ギルドへ向かう。


 数日離れていただけだが、帝都の街並みを歩くのは久しぶりに感じられた。

 道場から聞こえてくる掛け声。

 行き交う人々の足音。

 屋台から漂う肉や香辛料の匂い。

 亀裂の周辺で感じていた魔素の偏りも、この場所までは届いていない。

 帝都は、俺たちが出発した時と変わらず動き続けていた。


 ギルドへ入ると、一階の受付は依頼帰りの冒険者たちで混み合っていた。

 受付で名前を伝えると、報告書を書くより先に、ギルド長室へ行くように言われる。

 階段を上がり、扉を叩く。


「どうぞ」


 中から返ってきた声に従い、扉を開けた。

 白いシャツと黒いスラックスを身につけたギルド長が、机の向こうに座っていた。

 出発前と変わらない柔らかな笑みを浮かべている。


「お帰りなさい、レグルスさん」


「まだ、戻ったという報告もしていませんが」


「王国騎士団から、先に知らせが届いています」


 机の上には、封を切られたばかりの書類が置かれていた。


「亀裂は無事に封鎖。周囲にいた魔物と魔族も討伐された。あなたは西側の防衛に加わり、現れた魔族の一体を倒したそうですね」


「そこまで書かれているんですか?」


「ええ。十分な働きだったと、騎士団長からも評価されています」


 ギルド長が書類を一枚取り、俺の前へ置く。

 依頼の達成を認める証明書だった。


「今回の功績は、王国の所属ギルドへも正式に送っておきます。階級の審査材料にはなるでしょう。ただし、帝国側で勝手に階級を変更することはできません」


「それで構いません」


「欲がありませんね」


「階級を上げるために行ったわけではありませんから」


「そうでしたね。あなたは、頼まれた場所を守りに行っただけでした」


 依頼を受けた日に、自分が口にした言葉だった。

 ギルド長は椅子へ深く座り直す。


「報酬については、一階の受付で受け取ってください。魔族の討伐分も上乗せされています」


「分かりました」


 証明書を受け取り、部屋を出ようとする。

 だが、扉へ手を伸ばす前に足を止めた。


「一つ、聞いてもいいですか?」


「何でしょう」


「どうして、俺をあの依頼へ送ったんですか?」


 ギルド長は、すぐには答えなかった。

 机の上で両手を組み、こちらを見ている。


「あなたなら、亀裂が閉じるまで防衛線を守れると思ったからです」


「強い魔族が現れると、知っていたんですか?」


「いいえ。ただ、亀裂を閉じようとすれば、向こう側も抵抗するでしょう。勇者と騎士団長が中央に立つのなら、敵はその外側を狙う。それくらいは予想できます」


「それで、俺を?」


「あなたなら、どこへ配置されても、その場所を守ると思いましたから」


 柔らかな口調だった。

 だが、俺がどのように答え、どう動くのかを、初めから知っていたようにも聞こえた。


『嘘は言っていないわね』

 セレスが呟く。


『でも、すべてを話しているわけでもないわ』


 俺も同じように感じていた。


「結果として、私の判断は間違っていなかったようです」


 ギルド長の視線が、俺の腰にある黒鞘へ向けられる。


「新しい刀も、無事に役目を果たしたようですね」


「そのことも、報告書に書かれていたんですか?」


「いいえ」


 ギルド長が目を細める。


「今のあなたを見れば分かります」


 それ以上尋ねても、答えは返ってこない。

 そう判断し、俺は扉を開けた。


「失礼します」


「レグルスさん」


 呼び止められ、振り返る。


「王国への道中も、お気をつけて」


「……ありがとうございます」


 ギルド長は、変わらない笑みを浮かべていた。


 一階で報酬を受け取り、ギルドを出ようとする。

 その時、酒場の方から声をかけられた。


「おい。まさか、そのまま逃げるつもりじゃないだろうな」


 振り返ると、西側を一緒に守った年長の冒険者が、仲間たちと卓を囲んでいた。

 包帯を巻いた右肩を気にする様子もなく、左手で木杯を持ち上げている。


「王国へ帰る前に、一杯奢ると言ったはずだ」


「覚えています」


「なら座れ。明日の朝には出るんだろ?」


「どうして知っているんですか?」


「騎士団の魔導艇に乗って帰る奴がいるって、もう噂になってるぞ」


 情報が広まるのが早い。

 俺が卓へ近づくと、空いていた席の前へ木杯が置かれた。


「一杯だけです」


「分かってる。無理に酔わせるつもりはない」


 注がれたのは、帝国で作られた麦酒だった。

 周囲の冒険者たちも、それぞれの杯を持ち上げる。


「西側を守り抜いたことに」


「亀裂が閉じたことに、じゃないのか?」


「どっちでもいい。俺たちが生きて戻れたことに乾杯だ」


 木杯が打ち合わされる。

 俺も杯を合わせ、少しだけ麦酒を口へ含んだ。

 苦みの奥に、穀物の甘さが残る。

 長く話したわけではない。

 本当に、一杯飲んだだけだった。

 それでも席を立つ時には、帝都へ来たばかりの頃よりも、この場所を離れることが少しだけ惜しく感じられた。


 翌朝。

 俺は荷物を持ち、帝都の魔導艇発着場へ向かった。

 空はよく晴れている。

 発着場には複数の輸送艇が並び、その中に王国騎士団の紋章を掲げた細長い高速艇が停泊していた。

 乗り場の前には、兄が立っている。


「見送りまで来ていただかなくてもよかったのですが」


「王国へ帰る弟を、見送るくらいはする」


 兄の視線が、俺の荷物へ向けられる。


「忘れ物はないか?」


「ありません」


「本当にか?」


「何度も確認しました」


『保護者みたいね』


 セレスの声を聞き流す。

 兄の視線が、俺の腰へ移る。

 黒鞘へ向けられたまま、しばらく動かなかった。


「その刀、もう名はつけたのか?」


「どうして分かったんですか?」


「持ち方が変わった。帝国を発つ前は、まだ自分のものとして迷いがあった」


 兄が黒鞘を見つめる。


「今は違う」


 俺は柄へ手を添えた。


「獅心《コル・レオニス》です」


「獅心《コル・レオニス》……」


「獅子の心臓を意味する古い言葉です。獅子宮から持ち帰った刀で、魔力を与えると心臓のように脈打つので」


 名前を聞いた獅心《コル・レオニス》が、黒鞘の内側で小さく鼓動する。

 兄もその脈動に気づいたのか、わずかに目を細めた。


「いい名だ」


「はい」


 兄は一度だけ頷いた。


「今度は、その名ごと折るなよ」


「はい」


 俺は黒鞘を握り直す。


「折らないように、もっと強くなります」


「なら、それでいい」


 発着場から、搭乗を促す鐘が聞こえてくる。

 王国騎士たちが次々と魔導艇へ乗り込み始めていた。


「兄さん」


「何だ?」


「次に帝国へ来た時は、手合わせをお願いします」


 帝国へ来てから、兄とは一度も剣を交えていない。

 以前の俺なら、挑んでも相手にならなかった。

 今でも、兄へ届くとは思っていない。

 それでも、次に会う時までには、その背中へ近づいていたかった。


「分かった」

 兄が静かに頷く。


「その時までに、獅心《コル・レオニス》を使いこなしておけ」


「はい」


「レグルスさん」


 魔導艇の乗降口から、セフィリアが呼んでいる。

 その後ろには二人の従騎士が控え、出発の準備を進めていた。


「行ってきます」


「ああ。父上たちにも、よろしく伝えておけ」


「分かりました」


 俺は兄へ頭を下げ、魔導艇へ向かった。


「おはようございます、レグルスさん」


「ああ。おはよう」


「帝国での用事は、すべて終わりましたか?」


「終わった。もう王国へ帰れる」


「それならよかったです」


 セフィリアが俺の荷物を見て、首を傾げる。


「荷物は、それだけですか?」


「ああ」


「ずいぶん少ないのですね」


「必要なものは持っているからな」


 腰には獅心《コル・レオニス》。

 その反対側にはセレスのグリモアがある。

 帝国へ来た時より、持っている物の数は増えていない。

 それでも、身につけたものは大きく変わっていた。

 命脈を巡る魔力円環。

 何も持たずとも戦うための体術。

 自分を中心に描く円。

 そして、名を得た新しい刀。

 すべて、帝国で手に入れたものだった。


「そろそろ出発する。二人とも、中へ入れ」


 背後からブラノールの声が聞こえた。

 帝国宮殿から戻ったばかりなのか、先ほどまでよりも着ている服が整っている。

 俺とセフィリアは魔導艇へ乗り込んだ。

 乗降口が閉じられる。

 低い駆動音とともに船体が揺れ、艇を支えていた術式が淡い光を放つ。

 魔導艇が、ゆっくりと地面から浮かび上がった。

 窓の外で、兄の姿が小さくなっていく。

 その向こうには、帝国の街並みが広がっていた。


 元老院の円形議場。

 幾つもの道場。

 遠くまで続く穀倉地帯。


『ようやく王国へ帰るのね』

 セレスの声が意識へ響く。


「ああ」


『ずいぶん遠回りしたわ』


「無駄じゃなかった」


『ええ。それは認めるわ』


 腰の獅心《コル・レオニス》へ手を添える。

 黒鞘の奥から、小さな鼓動が返ってきた。


『その刀も、同じことを言っているみたいね』


「刀は話さない」


『そのうち、本当に話し始めるかもしれないわよ』


「それは困る」


『どうして?』


「一人増えるだけでも騒がしくなりそうだからな」


『誰のことを言っているのかしら?』

 セレスの声が低くなる。


「レグルスさん」


 向かい側へ座ったセフィリアが声をかけてきた。


「何だ?」


「王国へ着くまで、まだ時間がありますよね?」


「ああ」


「獅心《コル・レオニス》について、もう少し聞いてもいいですか?」


「見るだけじゃなかったのか?」


「見たら、もっと知りたくなりました」


 セフィリアが期待のこもった目を向けてくる。


『ほら、もう一人増えたわよ』


 楽しそうなセレスの声を聞きながら、俺は窓の外へ目を向けた。

 魔導艇は帝都の外壁を越え、王国へ向けて速度を上げていく。

 俺は帝国へ来た時、刀を失っていた。

 何も持たずに戦う術を求め、自分の未熟さを確かめるため、この地へ足を踏み入れた。

 帝国を離れる今、腰には獅心《コル・レオニス》がある。

 次にこの地へ戻る時、俺がどこまで進んでいるのかは分からない。

 ただ、その時まで振り続けることだけは決めていた。


 王国騎士団の魔導艇が帝都を発つ、少し前。

 帝国宮殿の謁見室では、ブラノールが女帝への報告を行っていた。


「亀裂は完全に封鎖されました。周囲の魔素も、すでに正常な流れへ戻り始めています」


「再び開く可能性は?」


「今のところ、その兆候はありません」


 玉座に座る女帝が、わずかに頷く。


「勇者の状態はどうだ」


「魔力の消耗は残っていますが、身体に異常はありません。王国へ戻る頃には、ほぼ回復しているでしょう」


「そうか。僧侶《ビショップ》級の魔族は?」


「私が斬りました。周辺に潜伏していた魔族も、確認できた限りではすべて討伐しています」


 女帝の表情は変わらなかった。

 他国の勇者が帝国内で傷つけば、大きな問題となる。

 亀裂の封鎖と僧侶《ビショップ》の討伐も、国家にとっては重要な報告だった。

 それでも女帝は、すべてを予想していたかのように静かに聞いている。


「以上が、今回の亀裂に関する報告です」


「分かった。王国へは、こちらからも正式な書状を送ろう」


「ありがとうございます」


 ブラノールが頭を下げる。

 報告を終え、退出しようとした時だった。


「ところで、小さき獅子はどうであった?」


 聞き慣れない呼び方に、ブラノールが顔を上げる。


「小さき獅子……冒険者のレグルス・クレハルトのことですか?」


「ああ、その者だ」


「魔族を相手に大した負傷もせず、斬り伏せましたが……」


「そうか、そうか……」


 勇者の無事を聞いた時にも変わらなかった女帝の表情が、そこで初めて動いた。

 その口元に、わずかな微笑が浮かぶ。

 それが一人の若者の成長を喜ぶものなのか。

 いつか自らの前へ立つ獅子を待ち望むものなのか。

 ブラノールには、その微笑の意味を読み取ることができなかった。

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