↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者:
第七章 勇者との邂逅、王国への帰還
PR
91/143

第88話 鞘の内

 警戒鐘が鳴り響くと同時に、拠点の中が動き出した。

 帝国兵が武器を手に正面の防壁へ走り、冒険者たちもそれぞれの得物を抜く。

 治療術師たちは負傷者を天幕の奥へ運び、入口を厚い布で閉ざした。


「帝国兵は正面を固めろ! 冒険者は東西に分かれ、回り込む魔物を止めろ!」


 人の流れに逆らうことなく前へ出るブラノールの声が、拠点内へ響き渡る。


「王国騎士は勇者の周囲を固めろ。亀裂がどこまで広がるか分からない。深入りはするな!」


 指示を受けた兵士と冒険者たちが動き出す。

 帝都から来た俺たちは、西側の防衛線へ向かうことになった。


「レグルスさん」


 セフィリアの声に振り返る。


「気をつけてください」


「セフィリアもな」


「はい」


 短く言葉を交わし、互いの持ち場へ向かう。

 セフィリアはブラノールたちとともに、亀裂の正面へ走っていった。


 西側の木柵を抜けると、広がり始めた亀裂が先ほどより近くに見えた。

 黒い裂け目の奥で、いくつもの影が蠢いている。


『来るわよ』


「ああ」


 腰の刀には触れない。

 意識の中へ、自分を中心とした円を描く。

 体内では、魔力を命脈に沿って巡らせる。


 足から腰へ。

 腰から背を通り、肩と腕へ。

 流れを途切れさせず、全身を一つの円環としてつなぐ。


 亀裂が大きく脈動した。


 次の瞬間、その奥から魔物が吐き出される。

 地面へ落ちた四足の魔物が身体を起こし、正面の防壁へ向かって走り出した。

 後から現れた人型の魔物も、それに続く。


「来たぞ!」


 冒険者たちが武器を構える。

 正面へ殺到した群れの一部が、帝国兵の槍を避けて西側へ回り込んできた。


「数が多い! 間を空けるな!」


 年長の冒険者が斧を構えながら叫ぶ。

 俺もその隣へ並んだが、刀は抜かなかった。


「おい、武器はどうした!」


「必要になれば使います」


「必要になればって、もう来てるぞ!」


 男が言い終えるより先に、最初の魔物が円へ踏み込んだ。

 低い姿勢から飛びかかり、牙を喉元へ伸ばしてくる。

 上体をわずかに傾けて噛みつきをかわし、開いた掌で顎を横へ逸らす。

 体勢を崩した魔物の首へ、反対側の肘を落とした。

 鈍い音が鳴る。

 魔物は地面へ叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


「なっ……」


 驚く声が聞こえたが、振り返る余裕はない。


 二体目が左から迫る。

 意識上の円で、その足の位置と飛び込んでくる距離を捉える。

 一歩踏み込み、魔物の前脚を外側へ払う。

 身体が傾いたところへ腰を回し、脇腹へ掌底を打ち込んだ。

 体内を巡っていた魔力が掌へ集まり、衝撃となって突き抜ける。

 魔物の身体が横へ吹き飛び、後ろから来ていた別の個体を巻き込んだ。


『力の流れは悪くないわね』


「昨日までと同じだ」


『相手が変われば、同じことを続けられるとは限らないわよ』


「分かってる」


 倒れた魔物を越え、人型の魔物が腕を振り上げてくる。

 円の内側へ入った腕を取り、勢いに逆らわず身体を沈めた。

 足を払いながら肩越しに投げる。

 魔物の身体が地面へ叩きつけられる。

 腕を離さず、胸元へ膝を落とした。


 次の魔物が迫る。

 地面を踏み、立ち上がる勢いをそのまま蹴りへつなげる。

 顎を打ち抜かれた魔物の身体が浮き上がった。


「右から来るぞ!」

 冒険者の声が聞こえる。


 右へ向こうとした時には、年長の冒険者が斧を振り下ろしていた。

 刃が魔物の肩へ食い込み、その動きを止める。


「そっちは俺たちがやる! 前を頼む!」


「分かりました」


 再び正面へ向き直る。


 彼らに俺の円は見えていない。

 それでも何体か倒すうちに、俺が踏み込もうとしている場所へ入らなくなっていた。

 俺が正面の魔物を崩し、左右へ抜けた個体をほかの冒険者たちが止める。

 最初から決めていたわけではない。

 互いの動きを見ているうちに、自然とそうなっていた。


 さらに数体を倒しても、魔物の流れは途切れなかった。

 正面では帝国兵が槍を並べ、押し寄せる群れを食い止めている。

 その奥で、セフィリアが右手へ魔力を集めていた。

 魔力が細長く伸び、一本の槍を形作る。

 以前見たものと同じ力だった。

 セフィリアが大きく腕を引き、魔力の槍を投げる。

 淡い光が戦場を走り、正面の防壁を押し崩そうとしていた大型の魔物を貫いた。

 槍はその後ろにいた魔物まで巻き込み、亀裂の近くで弾ける。

 周囲から声が上がった。

 勇者の一撃に勢いづいた帝国兵たちが、正面の群れを押し返していく。


 だが、亀裂の奥から新しい影が現れた。

 人間に近い輪郭。

 黒い皮膚と、頭部から伸びた角。

 魔物とは異なる濃い魔力が、離れていても伝わってくる。


「レッサーデーモンだ!」


 誰かが叫んだ。

 亀裂から現れた魔族は、正面で戦うセフィリアを見た。

 だが、そこへ向かうことはせず、帝国兵の少ない西側へ顔を向けた。


『考えているわね』


「ああ」


 ただ本能のまま動く魔物とは違う。

 正面を避け、防衛の薄い場所から拠点の中へ入るつもりだ。

 レッサーデーモンが地面を蹴った。

 ほかの魔物を押し退けながら、西側へ向かってくる。

 冒険者の一人が剣を構えて前へ出た。


「待ってください!」


 声をかけたが、間に合わない。

 振り下ろされた黒い爪が剣へぶつかる。

 冒険者の身体が武器ごと弾かれ、地面へ転がった。

 レッサーデーモンは倒れた男へ目も向けず、そのまま木柵へ進もうとする。

 俺はその進路へ割って入った。


「次はお前か」


 レッサーデーモンが牙を見せる。

 言葉を理解し、話すことができる。

 やはり魔物ではない。


「そこを退け。私が殺すべきは、お前ではない」


「通すつもりはない」


「ならば死ね」


 レッサーデーモンの爪が伸びる。

 腰を落とし、左手で鞘を押さえた。

 右手を柄へ添える。

 初めて使う刀。

 刃がどこまで俺の魔力に耐えられるのかは、まだ分からない。


『迷うの?』


「いや」


 意識上の円が、レッサーデーモンとの距離を測る。

 足の位置。

 踏み込む方向。

 爪が届くまでの時間。

 すべてが円の中にある。

 レッサーデーモンが踏み込んだ。


 まだ遠い。

 次の一歩で、爪を振り上げる。


 まだだ。


 三歩目。

 爪が振り下ろされる。

 円へ入った。

 地面を踏み、腰を回す。

 鞘を後ろへ引くと同時に、刀を抜いた。

 黒い刃が走る。

 爪が届くより先に、刀はレッサーデーモンの胴を斬り抜けていた。

 ほとんど抵抗を感じなかった。

 抜刀と同時に流した魔力が途中で滞ることもなく、切っ先まで通り抜けていく。

 振り切った刀を返し、そのまま黒鞘へ収めた。

 鍔が鞘口へ触れる。

 その音から遅れて、レッサーデーモンの身体が上下へ分かれた。

 黒い血が地面へ広がる。

 刀を握っていた右手を見る。

 腕に残る衝撃は、ほとんどなかった。


『悪くない刀ね』


「ああ」

 答えながら顔を上げる。


 少し離れた場所に、セフィリアが立っていた。

 ブラノールから指示を受け、こちらへ向かっていたらしい。

 魔力の槍を作り出していた右手を下ろし、倒れたレッサーデーモンと俺の腰にある黒鞘を交互に見ている。


「大丈夫か?」


 声をかけると、セフィリアはようやく俺へ顔を向けた。


「……見えませんでした」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。