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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者:
第七章 勇者との邂逅、王国への帰還
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第89話 封鎖前夜

「……見えませんでした」


 セフィリアは、地面に倒れたレッサーデーモンと、俺の腰に収まった黒鞘を交互に見ていた。


「見逃さないと言っていたな」


「見ていたつもりなのですが、気づいた時には終わっていました」


 悔しそうに言いながら、セフィリアは黒鞘へ視線を戻す。


「もう一度、刀を見せていただくことはできますか?」


「今はやめておいた方がいい。まだ戦場だからな」


「戦いが終われば、見せてもらえるのですか?」


 期待を隠しきれない視線を向けられ、少しだけ考える。

 刀は見せるためのものではない。

 だが、最初に会った時から変わらず興味を持っているセフィリアへ、断り続ける理由もなかった。


「依頼が終わったら見せる」


「本当ですか?」


「ああ」


 セフィリアの表情が明るくなる。

 そのまま何かを言いかけたが、少しためらったあとで口を開いた。


「それと、レグルスさん」


「何だ?」


「先ほどから、少し話し方が固くありませんか?」


「そうか?」


「はい。言葉遣いというより、距離を置かれているような気がします」


 俺に、そのつもりはなかった。

 ただ、相手は勇者だ。王国によって認定され、魔族との戦いを任されている者。

 冒険者の一人として接するなら、一定の距離を保つのが当然だと思っていた。


「私たち、同じくらいの年ですよね。勇者だからといって、そこまで身構えなくても……もう少し普通に話してもらえませんか?」


「勇者に対して、普通にか?」


「今は、勇者ではなくセフィリアとして話しているつもりです」


 セフィリアは少し困ったように笑う。


「ですから、勇者ではなくセフィリアと呼んでください」


 一度だけ瞬きをした。

 本人が望んでいるのなら、断る理由はない。


「分かった。これでいいか、セフィリア」


「はい。その方が話しやすいです」


「お前の方は、まだ固い気がするけどな」


「これは……元からです」


 セフィリアがわずかに頬を膨らませる。

 先ほどまで勇者として戦っていた姿よりも、今の方が年相応に見えた。


「セフィリア。話はあとだ」


 低く落ち着いた声が、俺たちの会話を止める。

 王国騎士団長ブラノールが、二人の従騎士を連れて西側の防衛線へ来ていた。

 その視線が、地面に転がるレッサーデーモンの死体へ向けられる。


「これを斬ったのは君か」


「はい」


「名は?」


「レグルス・クレハルトです」


「クレハルト……」


 俺の家名を聞いたブラノールが、わずかに反応した。

 だが、それ以上尋ねることはなく、周囲の防壁と負傷者の数を確認する。


「西側で拠点内まで侵入した魔物はいるか?」


「いません」


 答えたのは、先ほど周囲へ指示を出していた年長の冒険者だった。


「こいつがほとんど止めました。俺たちは横へ流れた魔物を相手にしただけです」


「そうか」


 ブラノールが改めて俺を見る。


「見事だった。だが、次も同じ規模とは限らない」


「分かっています」


 俺の返事を聞いたブラノールは頷き、その場を離れようとした。

 だが、数歩進んだところで足を止め、腰にある黒鞘へ視線を戻す。


「それと――いい刀だな」


 ブラノールは眼帯の下で左目を細め、黒鞘の奥を探るように見据えた。

 布で覆われているはずの目から、刀の内側まで覗かれているような感覚が伝わってくる。


「私の目をもってしても、その本質までは見通せない。大切にするといい」


「はい」

 短く答える。


 ブラノールはもう一度頷き、防衛線の確認へ戻ろうとした。

 その時、従騎士の一人が胸元の通信術式へ手を当てる。


「団長。亀裂の測定が終了しました」


「結果は」


「先ほどの拡大によって、周囲から吸収する魔素の量が増えています。現在は縮小していますが、安定したわけではありません」


「明日の昼まで保つか?」


「保証できません。次に同規模の変動が起これば、さらに大きな個体が通過できる可能性があります」


 ブラノールの表情が険しくなる。

 亀裂へ視線を向けたまま、短く考える。


「セフィリア。今すぐ封鎖を始められるか?」


「できないことはありません。ただ、先ほど使った分の魔力を戻さないまま始めれば、封鎖に時間がかかります」


「防衛線の修復も必要です」


 もう一人の従騎士が続ける。


「負傷者の移送も終わっていません。夜間に再び魔物が出れば、対応が遅れる恐れがあります」


「分かった」


 ブラノールが結論を出す。


「封鎖を明日の昼から日の出へ繰り上げる。それまでに防壁を修復し、負傷者を後方へ移せ。冒険者と帝国兵にも伝えろ」


「はい」

 二人の従騎士が、それぞれ別方向へ走り出した。


 日の出。

 亀裂を閉じるまでに残された時間は、半日もなかった。


 日が傾く頃には、壊れた木柵の交換と負傷者の移送が終わっていた。

 戦場に残された魔物の死体は一か所へ集められ、魔族の死体だけが調査のために別の天幕へ運ばれている。

 俺たち冒険者と帝国兵は、臨時拠点の中央へ集められた。

 地面に広げられた簡素な地図の前に、ブラノールが立つ。

 その隣にはセフィリアと、二人の従騎士が控えていた。


「明日、日の出と同時に亀裂の封鎖を開始する」


 周囲へざわめきが広がる。

 ブラノールが片手を上げると、声はすぐに収まった。


「封鎖を行うのは勇者セフィリアだ。ただし、封鎖中は亀裂へ力を注ぎ続けなければならない。その間、セフィリアはその場から動けず、ほかの戦闘にも力を使えない」


 ブラノールの指が、地図上の亀裂からその周囲へ滑っていく。


「私と王国騎士がセフィリアの周囲を守る。帝国兵は正面の防壁を維持。冒険者は東西へ分かれ、回り込む魔物を止めてもらう」


 一人の冒険者が手を上げる。


「封鎖には、どれくらいかかるんです?」


「亀裂の抵抗次第だ。短ければ数分。長ければ、その倍以上かかる」


 ただ待つだけなら短い。

 魔物や魔族が押し寄せる中で耐えるには、あまりにも長い時間だった。


「もう一つ」

 ブラノールの声が低くなる。


「確認されていた魔族は、先ほど倒されたレッサーデーモンだけとは限らない。亀裂から出てくる敵だけでなく、すでに周辺へ潜伏しているものにも注意しろ」


 地図へ目を向ける。

 今日、レッサーデーモンが狙ったのは西側だった。正面を避け、防衛の薄い場所から拠点内部へ入ろうとしていた。

 偶然とは思えない。


「レグルス・クレハルト」


「はい」


「君は今日と同じ西側を担当してもらう。中央で何が起きても、君の役目は西側を通さないことだ」


「了解しました」


 亀裂へ近づくのは、勇者と王国騎士。

 俺は防衛に加わる冒険者の一人。

 最初から、それ以上の役目を求められてはいない。

 ブラノールが全員を見回す。


「封鎖が終わるまで持ち場を離れるな。それぞれの役目を果たせ。以上だ」


 作戦説明が終わり、兵士と冒険者たちが散っていく。

 俺も西側の防壁を確認しようとしたが、後ろからセフィリアに呼び止められた。


「レグルスさん」


「どうした?」


 振り返ると、名前で呼んだことが嬉しかったのか、セフィリアが少し笑っていた。


「先ほどの戦いについて、聞いてもいいですか?」


「俺に答えられることならな」


「刀を使わずに戦っていましたよね。あの体術も、以前から使えたのですか?」


「帝国で覚えた」


「どうして体術を?」


「刀が折れたからな」


 腰の黒鞘へ手を添える。


「武器が手元にないだけで戦えなくなるのは困る。だから、何も持っていなくても戦えるようにした」


「何も持っていなくても……」


 セフィリアは自分の右手を見る。

 先ほど魔力の槍を作り出した手だ。


「私は勇者の力を使えます。でも、明日の封鎖中は、それを戦いに使えません」


「不安か?」


「少しだけ」


 勇者として皆の前に立っている時には見せなかった表情だった。

 セフィリアは亀裂へ視線を向ける。


「封鎖へ集中している間に何が起きても、私は自分で戦えません。皆さんに守ってもらうしかないんです」


「それでいいだろ」


 俺の答えに、セフィリアが振り返る。


「亀裂を閉じるのはセフィリアの役目だ。その間を守るのが俺たちの役目だろ。全部を一人でやる必要はない」


「そういうものなのでしょうか」


「少なくとも、俺はそのためにここへ呼ばれた」


 西側の防壁へ目を向ける。


「だから、セフィリアは亀裂を閉じることだけ考えていればいい」


 セフィリアは少し驚いた顔をしたあと、柔らかく笑った。


「では、頼りにしています」


「ああ。任せろ」


「今の話し方は、ずっと柔らかかったです」


「話の途中で確認することか?」


「大切なことです」


 先ほどまで浮かんでいた不安が、セフィリアの表情から少しだけ消えていた。


 夜。

 見張りのために焚かれた火が、一定の間隔で防衛線を照らしている。

 西側の天幕近くに腰を下ろし、新しい刀を鞘から抜いた。

 布で刀身に残った黒い血を拭い、刃を確かめる。

 レッサーデーモンを斬ったにもかかわらず、刃こぼれも曇りもない。

 斬った瞬間に腕へ返ってきた衝撃も、ほとんど残っていなかった。


『初めて使ってみて、どうだった?』

 セレスの声が意識へ届く。


「悪くない」


『それだけ?』


「前の刀とは違う。俺の力を途中で止めなかった」


 刃へ魔力を流す。

 抵抗なく刀身全体へ広がった魔力は、手元へ戻ることなく、その奥へ吸い込まれていった。

 次の瞬間、柄を握る掌へ、脈を打つような微かな震えが伝わる。

 硬い鋼が震えたのではない。

 刀が与えた魔力を糧として取り込み、その内側で自らを育てている。

 そう思わせる、生きた鼓動だった。


「これなら、《壱之太刀》にも耐えられるかもしれない」


『刀は、でしょう?』


 答えず、刃に映る自分の目を見る。

 意識上の円で相手との距離を測る。

 体内の魔力円環で全身を強化する。

 どちらも以前より精度は上がっていた。

 だが、二つはまだ別々に存在している。

 未完成の一閃を、確実に再現できるところまでは届いていない。


『刀は整ったわ。でも、あなたの一振りはまだ完成していない』


「分かってる」


 刀を黒鞘へ収める。

 答えが見つからないまま無理に振れば、また同じ失敗を繰り返す。

 今は明日の防衛へ備えるべきだった。


 立ち上がろうとした時、林の方から視線を感じた。

 反射的に顔を上げる。

 焚き火の光が届かない木々の間には、暗闇が広がっている。

 意識上の円を伸ばしても、その中へ入ってくるものはない。


『どうしたの?』


「誰かに見られていた気がした」


『帝国兵の見張りではなくて?』


「分からない」


 しばらく林を見つめたが、枝が風に揺れる音しか聞こえない。

 それでも、背中に残った感覚は消えなかった。

 日の出を待っているのは、俺たちだけではない。

 そんな気がした。

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