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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者:
第六章 修羅と呼ばれる国
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第85話 教わったすべて

 リヴィアの右拳が、身体の前へ構えられている。

 それだけで、周囲の空気が張り詰めていた。

 透明な《気》が彼女の身体を巡り、僅かな揺らぎとなって輪郭から滲み出している。


 五割。


 数だけを聞けば、半分に過ぎない。

 だが、正面に立って初めて分かる。

 今までのリヴィアは、俺を鍛えるために必要な力しか出していなかった。


「お前が帝国で得たものを、すべて見せてみろ」


「はい」


 腹部を起点に、無属性の魔力を巡らせる。

 両脚から腰、背中、肩、両腕へ。

 身体を一周した魔力が、再び腹部へ戻る。

 足裏には土属性。

 身体の中心を地面へ繋ぎ、《堅》によって下半身を支える。


 リヴィアの姿が揺れた。

 踏み込んだ姿は見えなかった。

 気づいたときには、右拳が胸元へ迫っている。

 両腕を交差させ、土属性を流し込む。

 拳が触れた。

 重い音が、両腕の内側から響く。


「ぐっ……!」


 足裏は地面から離れていない。

 それでも、身体が後方へ滑っていく。

 分厚いブーツが砂を削り、円の端まで押し込まれた。

 腕が痺れている。

 骨に届くほどの衝撃だったが、それだけではない。

 拳から伝わった力が腕で止まらず、肩、胸、背中へと広がっていた。

 外側から殴られたのではない。

 身体そのものを一度に揺さぶられたような感覚だった。


「受け止めただけでは、次で崩れるぞ」


 リヴィアが再び踏み込む。


 右拳。

 今度は腕を上げない。

 左足を斜め前へ置き、身体を拳の正面から外す。

 頬の横を拳が通り過ぎた。

 だが、避けただけでは終わらない。

 リヴィアの左肘が、俺の脇腹へ向かってくる。

 足へ風属性を重ねる。

 緑色の魔力が両脚を包み、身体を円の内側へ滑らせた。

 後ろへ逃げるのではない。

 拳も、肘も届く場所。

 俺の攻撃も届く場所へ立つ。

 リヴィアの肘を左の掌で外側へ押し流し、右脚を振り上げる。


「《獅爪疾脚》!」


 風をまとった蹴りが、リヴィアの側頭部へ伸びる。

 彼女は上体を僅かに傾けただけで回避した。

 蹴りを止めず、そのまま身体を回転させる。

 左の裏拳。右の拳。

 着地と同時に、もう一度左脚を振るう。

 風をまとった拳と蹴りを、途切れさせることなく繋げていく。


 リヴィアは退かない。

 掌と前腕を僅かに動かし、俺の攻撃を一つずつ外側へ流している。

 拳は頬を掠めず、蹴りも身体へ届かない。

 大きく受け止めているわけではない。

 僅かに軌道を変えられるだけで、すべての攻撃がリヴィアの横を通り過ぎていく。


「拳だけを見るな」


 視界から、リヴィアの右肩が消えた。

 腹部へ衝撃が走る。


「かっ……!」


 短く突き出された拳。

 深く踏み込んだ様子はなかった。

 だが、腹部へ触れた拳から、背中まで力が突き抜けた。

 身体が浮き上がる。

 足裏へ土属性を集中させ、地面を踏みしめる。

 吹き飛ばされることだけは防いだ。

 しかし、呼吸が止まる。


「足、腰、肩。動きは拳より先に始まっている」


 リヴィアの左脚が、俺の右足を払う。

 土属性によって支えていた足が外側へ崩された。

 倒れかけた身体へ、掌が迫る。

 右足を一歩後ろへ置き、腰を落とす。

 両掌へ火属性を巡らせた。

 赤い魔力が腕の外側を走り、両手を炎が包み込む。


「《獅吼爆炎》!」


 震脚。

 足裏から腰、背中、肩へ力を通し、両掌を前へ突き出す。

 炎と衝撃が同時に弾けた。


 爆音。


 巻き上がった砂と炎が、リヴィアの姿を覆い隠す。

 同時に、俺の身体も反動によって後ろへ押された。

 火属性へ多くの魔力を流したことで、円環が浅くなっている。

 すぐに余った魔力を腹部へ戻す。

 円環を止めるな。

 何度も繰り返したことだ。

 必要な場所へ、必要な分だけ流す。

 残った力は捨てず、次の動きへ繋げる。


 炎の中から、リヴィアが現れた。

 衣服の一部が僅かに焦げている。

 だが、傷はない。

 全身を包む透明な《気》が、炎と衝撃を外側へ押し退けていた。


「出力は悪くない」

 その声が聞こえた直後、リヴィアの姿が再び消える。


 右側。

 そう判断して腕を上げる。

 だが、何も来ない。

 足元の砂が動いた。

 下だ。

 身体を沈めたリヴィアの拳が、斜め下から振り上げられる。

 顎を引き、顔を外へ逃がす。

 拳が鼻先を通り過ぎた。

 その腕へ左手を添え、一歩踏み込む。

 右の掌を、リヴィアの胸元へ向ける。

 水属性を腕の内側へ流す。

 皮膚の外ではない。

 肩から肘、肘から手首、手首から掌へ。

 青色の魔力を細い流れに変え、接触する一点へ集める。


「《獅子琉掌》!」


 掌がリヴィアの胸元へ触れた。

 水属性を内部へ流し込む。

 だが、入らない。

 リヴィアの身体を巡る《気》へ触れた瞬間、水の流れが二つに分かれた。

 左右へ逸らされ、身体の外へ抜けていく。


「内部へ通すなら、相手の流れまで見ろ」


 リヴィアの左手が、俺の手首を掴む。

 引かれた。

 抵抗するよりも先に、重心が前へ移動する。

 腹部へ膝が突き刺さった。


「がっ!」


 身体が折れる。

 掴まれていた手首が離され、今度は肩を押された。

 踏み止まろうとした足が、自分の身体へ追いつかない。


 地面へ転がる。

 一度。

 二度。

 三度目で掌を地面につき、身体を止めた。


 すぐに立ち上がる。

 円環は、まだ切れていない。

 乱れてはいる。

 火属性へ流した魔力。

 水属性へ切り替えた魔力。

 土属性で身体を支え、風属性で動こうとするたび、円環の一部が膨らみ、別の場所が浅くなる。


「どうした」

 リヴィアが俺を見ている。


「お前の持つものは、それだけか」


「まだです」


 風を両脚へ流し、踏み込む。

 右の拳を放つ。

 リヴィアが掌で外側へ流す。

 左の拳。肘。膝。

 右脚を振り抜く。

 すべて受け流される。


 反対に、リヴィアの拳は一つずつ俺の身体へ届いた。

 肩。脇腹。太腿。

 どれも大きな動きではない。

 それでも一撃を受けるたび、円環が内側から揺らされる。


 足へ風を流す。

 リヴィアへ追いつく。


 拳へ火を流す。

 防御を押し崩す。


 掌へ水を流す。

 内部へ届かせる。


 足裏へ土を流す。

 身体を支える。


 それぞれの属性は動いている。

 だが、同時ではない。

 一つを使うたびに、別の属性を手放している。


 第四階層で見た光景が、脳裏へ浮かんだ。

 緑色の魔力。赤色の魔力。青色の魔力。

 最後に現れた、黄色の魔力。

 あのとき、四つの属性は互いを押し出していなかった。

 一つが現れても、その前にあったものは消えていない。

 無属性の魔力によって作られた円環へ、すべてが残り続けていた。

 切り替えるのではない。

 消す必要もない。

 円環は、一つなのだから。

 リヴィアの右拳が迫る。

 足裏へ土属性を流す。

 受けるためではない。

 身体の中心を支えるために残す。

 両脚へ風属性を重ねる。

 土は消えない。

 黄色と緑色の魔力が、同じ円環を巡っている。

 身体を斜め前へ滑らせる。

 拳が頬の横を通り過ぎた。

 右拳へ火属性。

 腰から肩、腕を通して、赤い魔力を拳へ届ける。

 それでも、風と土は円環から消えていない。


 拳を放つ。

 リヴィアが左の掌で受け流した。

 その腕へ、右手を沿わせる。

 肩から掌へ水属性を通す。

 青色の魔力が円環へ重なった。


 風。火。水。土。

 四つの属性が、無属性の円環を巡っている。

 身体の内側で、それぞれの流れがぶつかった。

 骨が軋む。

 筋肉の奥が焼ける。

 血液が逆流するような痛みが、全身を駆け抜けた。


「ぐっ……!」


 崩れかけた円環を、土属性で支える。

 風が流れを前へ運ぶ。

 水が四つの属性を繋ぎ、火が内側から押し広げる。

 異なる色が、少しずつ境目を失っていく。

 緑。赤。青。黄。

 四つの魔力が一つへ溶け合い、黄金色の光へ変わった。

 身体の内側から、黄金色の魔力が溢れ出す。

 波となった魔力が修練場を駆け抜け、足元の砂を円形に押し広げた。


 リヴィアの髪が揺れる。

 彼女が初めて、僅かに目を見開いた。


『今度は、あなた自身の意思で巡らせたのね』

 修練場の端から、セレスの声が聞こえる。


「ああ」


 第四階層で生まれた力。

 あのときは、獅子宮によって導かれただけだった。

 今は違う。

 俺自身の意思で、四つの属性を巡らせている。


「それが、お前の答えか」


「まだ、完成していません」


「なら、ここで完成させてみろ」


 リヴィアの身体から放たれる《気》が強くなる。


 五割。


 それ以上には上げていない。

 だが、俺が変わったことで、同じ五割が先ほどよりも重く感じられた。

 黄金色の魔力を全身へ巡らせる。

 土によって支えられた身体は揺らがない。

 風によって、脚はこれまでよりも軽い。

 水が関節から関節へ力を運び、火が最後の一押しを加える。

 どれか一つではない。

 四つが繋がったことで、身体の動きそのものが変わっていた。


 踏み込む。

 リヴィアの間合いへ、一歩で入る。

 右の拳。

 左の拳。

 リヴィアが両方を流す。

 身体を沈め、右脚を振るう。

 風をまとった蹴りが、リヴィアの脇腹へ伸びる。


「《獅爪疾脚》!」


 リヴィアが左腕で受け止める。

 その腕へ蹴りが触れた瞬間、風を弾けさせた。

 衝撃によって、リヴィアの上体が僅かに外側へ開く。

 着地。

 足裏から土属性を地面へ繋げ、身体の軸を固定する。

 両掌へ火属性を集めた。


「《獅吼爆炎》!」


 震脚と同時に、両掌を突き出す。

 炎と衝撃が正面からリヴィアへ襲いかかる。

 リヴィアが両腕を交差させた。

 爆炎が弾ける。

 だが、すべての魔力は放たない。

 必要な分だけを外側へ爆発させ、残った魔力を円環へ戻す。

 炎が視界を覆う。

 俺は、その中へ踏み込んだ。

 リヴィアは動いていない。

 交差させた腕を下ろし、こちらを見ている。

 左肩を前へ。

 右の掌を引く。

 水属性を掌へ流しながら、風で踏み込みを加速させる。

 土で身体を支え、火の力を背中から肩へ通す。

 四つの属性を、一つの掌へ繋げる。


「《獅子琉掌》!」


 右の掌が、リヴィアの腹部へ触れた。

 水の流れを内部へ通す。

 透明な《気》が行く手を塞ぐ。

 先ほどと同じ。

 だが、今度は水だけではない。

 風が僅かな隙間へ流れを押し込み、火が接触面から衝撃を爆発させる。

 土が俺の足元を支え、逃げ場を失った力を前へ届ける。

 黄金色の魔力が、掌から放たれた。

 リヴィアの衣服が大きく揺れる。

 彼女の右足が、地面を擦った。


 半歩。

 それだけだった。

 それでも、初めてリヴィアを後ろへ動かした。


「届いた……」


 リヴィアが、自分の右足へ視線を落とす。

 すぐに顔を上げ、俺を見る。

 その口元には、笑みが浮かんでいた。


「いい」


 俺の掌は、まだリヴィアの腹部へ触れている。

 離れようとした瞬間、彼女の左手が俺の手首を掴んだ。


「私が教えたものを、よくそこまで繋げた」


 リヴィアが俺の腕を外側へ流す。


 身体が開く。


 だが、彼女は拳を放たない。

 右足を、俺の足の間へ置く。

 腰を沈め、身体を半身へ開いた。

 肩が、俺の胸元へ触れる。

 ほとんど力は感じない。

 体当たりと呼ぶには、あまりにも小さな動きだった。


「見せてやろう。私の技――」


 リヴィアの全身を巡っていた《気》が、腹部へ集まる。

 右足。脚。腰。背中。肩。

 大地から生まれた力と、丹田へ戻った《気》が一つになり、接触している肩へ凝縮されていく。


「命脈闘法・崩嶺靠」


 肩が押し込まれた。

 音はなかった。

 一瞬遅れて、身体の内側で何かが弾けた。

 黄金色の円環が、大きく歪む。

 足裏へ土属性を集中させる。

 《堅》によって身体を支えようとする。

 それでも止まらない。

 地面へ繋いだはずの力ごと持ち上げられ、身体が宙へ投げ出された。

 景色が遠ざかる。

 修練場の中央に立つリヴィアが、一瞬で小さくなった。

 背中から地面へ落ちる。

 一度跳ね、二度目で身体が回転し、三度目でようやく勢いが弱まった。

 地面を擦りながら、壁の手前で止まる。


「がはっ……!」

 肺に残っていた空気が、一度に吐き出された。

 息を吸おうとしても、胸が動かない。

 身体の中心が分からない。

 右手を地面へつく。

 立ち上がろうとする。

 腕が震え、身体を支えられずに再び地面へ落ちた。


『レグルス!』

 セレスの声が聞こえる。


「大丈夫だ……」


 何とか息を吸い込み、顔を上げる。

 リヴィアが、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 全身を覆っていた《気》は、既に収まっていた。


「立てるか」


「まだ……終わっていません」


 もう一度、腕へ力を入れる。

 肘が伸びない。

 足にも力が入らなかった。


「そこまでだ」


 リヴィアが俺の前で立ち止まる。

 見下ろす表情は、いつもと変わらない。


「俺の負けです」


「最初から、お前が私に勝てるとは思っていない」


「では、何のために……」


「言ったはずだ。今のお前が、どこまで仕上がったかを確かめるためだ」


 リヴィアが片膝をつき、俺の胸元へ手を添える。

 先ほど《崩嶺靠》を受けた場所。

 指先で何度か押し、骨と呼吸の状態を確かめる。


「骨は折れていない。しばらく呼吸は苦しいだろうが、それだけだ」


「五割で、それだけに抑えたんですか」


「お前を壊すつもりはないからな」

 リヴィアが手を離し、立ち上がる。


「合格だ」


 短い言葉だった。

 意味を理解するまで、僅かに時間がかかった。


「俺は、ほとんど何もできませんでした」


「私を半歩動かした」


「それだけです」


「帝国へ来たばかりのお前には、その半歩すらなかった」


 リヴィアが修練場の中央を見る。

 俺たちが戦った円の中には、いくつもの足跡が残っている。


「最初のお前は、刀を失ったことで、これまで積み重ねたものまで捨てようとしていた」


 兄と同じことを言われた。


「だが今は違う。刀を振るうために覚えた足運びも、魔力の扱いも、ここで得た体術も、すべてを一つへ繋げた」


 リヴィアの視線が、修練場の端に立てかけられた新しい刀へ向けられる。


「次にその刀を振るうとき、今日までに得たものを忘れるな」


「はい」


「刀と体術を分けて考える必要はない。お前の身体を通して振るう以上、どちらも同じ場所へ繋がっている」


 祖父から学んだ刀。

 兄から受け取った剣。

 リヴィアから学んだ体術。

 獅子宮で得た四つの属性。

 別々に存在していたものが、今は一つの円環へ集まり始めている。


「リヴィアさん」


「なんだ」


「俺も、いつか《気》を使えるようになりますか」


 リヴィアが俺を見る。


「見えたのなら、可能性はある」


「なら、教えてください」


「今は早い」


 迷うことのない返答だった。


「ようやく魔力の円環が形になったばかりだ。そこへ別の力を無理に重ねれば、お前の身体が内側から壊れる」


「ですが――」


「焦るな。お前が今やるべきことは、先ほどの黄金色の魔力を、自分の意思で何度でも巡らせられるようにすることだ」


 第四階層では、獅子宮に導かれた。

 今回は、戦いの中で偶然に近い形で再現した。

 まだ、完全に自分のものになったわけではない。


「分かりました」


「それでいい」


 リヴィアが俺へ背を向ける。


「私の役目は、これで一区切りだ」


「もう、修練は終わりですか」


「今のお前へ教えられることは教えた。これ以上、同じ場所で繰り返しても身にはならん」


 帝国へ来たばかりの俺は、刀がなければ何もできないと思っていた。

 相手の拳が届く場所へ立つこともできず、魔力を必要な場所へ流すことすらできなかった。


 今は違う。

 刀を持たなくても戦える。

 だが、それは刀を捨てたということではない。

 もう一度、刀を振るうための身体を手に入れた。


「ありがとうございました」

 地面へ座ったまま、深く頭を下げる。


 リヴィアは振り返らなかった。


「礼を言うのは早い」


「え?」


「次に帝国へ来たとき、お前が今より弱くなっていれば、最初からやり直しだ」


「弱くはなりません」


「ならば、今日の一撃を忘れるな」


 胸元には、まだ《崩嶺靠》の衝撃が残っている。

 忘れようとしても、しばらくは忘れられそうになかった。


「はい。絶対に忘れません」


「次は五割で済むと思うな」


 リヴィアはそれだけ告げ、屋敷の方角へ歩いていく。

 その背中を見送りながら、俺はもう一度立ち上がろうとした。

 今度は、僅かに腰が浮いた。


『本当に、すぐ立とうとするのね』


「いつまでも寝ているわけにはいかない」


『今は、寝ていても許されると思うわ』


「もう少しだけだ」


『その言葉、信用していいのかしら』


「たぶんな」


『やはり信用できないわね』

 セレスの呆れた声を聞きながら、空を見上げる。


 雲一つない青空。

 帝国へ来た日にも、同じ空を見た。

 あのときの俺には、刀がなかった。

 今は、新しい刀がある。

 それだけではない。

 刀を失ったからこそ、手に入れられたものがある。

 俺は自分の掌を見る。

 先ほどまで黄金色に輝いていた手。

 光は消えている。

 だが、そこへ至るまでの流れは、まだ身体の中に残っていた。


 次は、偶然ではなく。

 俺自身の意思で、もう一度。

 そう決めながら、ゆっくりと息を吐いた。


 同じ頃。

 皇宮の奥深くにある一室。

 空中へ映し出されていた修練場の光景が、静かに消えていく。

 女帝は椅子へ腰かけたまま、映像が消えた場所を見つめていた。

 その傍らには、一人の男が立っている。

 白いワイシャツに、黒いスラックス。

 細身の身体と整った顔立ちを持ち、鋭い目元とは対照的に、どこか柔らかな雰囲気をまとっている。


 帝国ギルド長。


 男は映像の消えた空間を見つめながら、静かに口を開いた。


「《崩嶺靠》まで使いましたか」


「ええ。五割とはいえ、あのリヴィアがね」


「試すだけなら、必要のない一撃です」


「分かっているわ」

 女帝の口元に、笑みが浮かぶ。


「自分の技を見せるだけの価値を、あの子に認めたのでしょう」


「第四席の役目は、これで一区切りです」


「ええ。よく育ててくれたわ」


 女帝が右手を伸ばす。

 既に映像は消えている。

 それでも、その指先は先ほどまでレグルスが映っていた場所へ向けられていた。


「けれど、まだ足りない」

 声に含まれていたのは、失望ではない。

 待ち望んでいたものが、ようやく形になり始めた喜び。

 そして、その先への尽きることのない期待だった。

 女帝の笑みが、ゆっくりと深くなる。


「もっと強くなりなさい。私が全力を出しても、壊れないように。もっと、もっと……」

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