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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者:
第六章 修羅と呼ばれる国
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第73話 技と事故の境目

 帝都ギルドへ戻った頃には、空が赤く染まり始めていた。

 正面扉を抜け、依頼帰りの冒険者たちで混み合う受付へ向かう。

 腰にある片手剣は、依頼へ出たときと変わらず鞘へ納まったままだ。


「依頼の達成報告をお願いします」


「お疲れ様でした。依頼書と討伐証明を確認します」


 受付の女性へ依頼書を渡し、鎧殻猪から回収した討伐証明部位を受付台へ置く。

 女性は証明部位を確認した後、依頼書へ達成を示す印を押した。


「鎧殻猪一頭の討伐を確認しました。畑の被害状況についても伺ってよろしいですか?」


「はい。麦畑の一部が踏み荒らされています。それと、戦闘中に鎧殻猪が灌漑水路へ突っ込んだため、水路の一部が崩れました」


「レグルスさんの攻撃による被害はありますか?」


「最初に使った技で、畑の土を少し吹き飛ばしています。二度目は畑から離れた場所で使いましたが、鎧殻猪が倒れた際に周囲の土が抉れています」


 被害を一つずつ説明する。

 鎧殻猪を放置していれば、被害はさらに広がっていたはずだ。

 それでも、依頼を達成したことと、畑へ被害を出したことは別だった。


「承知しました。依頼主の方からも、討伐を優先してほしいとの申し出を受けています。灌漑水路についてはギルドから修繕できる者を手配しますので、今回の報酬から差し引かれることはありません」


「ありがとうございます」


「それにしても……」


 受付の女性が俺の腰へ視線を向ける。


「鎧殻猪を、その片手剣で討伐したのですか?」


「いえ。一度も抜いていません」


「では、魔法で?」


「最後に火属性を使いましたが、基本的には無手です」


「無手……ですか?」


 女性が聞き返した直後、受付の奥から足音が近づいてきた。

 白いワイシャツの袖を肘まで捲り、黒いスラックスを身につけた細身の男性。鋭く整った目元に反して、どこか柔らかな雰囲気を持つ帝都ギルドの長だった。


「報告書を見せてもらえますか」


「はい」

 受付の女性から報告書を受け取り、ギルド長が内容へ目を通す。


「鎧殻猪の外殻は、並の剣では傷をつけることさえ難しい。無手で討伐したというのは本当ですか?」


「はい。ただし、一つの技だけで倒したわけではありません。最初に外殻へ亀裂を入れ、別の技で内側を崩した後、もう一度同じ場所へ攻撃しました」


「なるほど。外側と内側、それぞれに別の方法を使ったと」


 ギルド長は報告書から顔を上げ、俺の両掌を見る。

 《水浸》を使った右腕には、まだ僅かな痺れが残っている。

 指を開くことはできる。

 だが、魔力を流そうとすると、掌から肘の内側へ冷たい痛みが走った。


「右腕を痛めていますね」


「少し、魔力の流れを乱しました」


「少し、で済んでいればいいのですが。治療術師を呼びましょうか?」


「明日、リヴィアさんに見てもらう予定です」


「リヴィア殿ですか。でしたら、私たちが診るよりも確かでしょう」


 ギルド長は報告書を受付へ返した。


「帝国へ来た目的は、少しずつ果たせているようですね」


「まだ、始まったばかりです」


「その言葉が出るのであれば、心配は要らなそうです。ただし、身体を壊してしまえば、始めたものを続けることもできません。今夜は右腕を休ませてください」


「分かりました」


 報酬を受け取り、帝都ギルドを後にする。

 依頼は達成できた。

 《獅吼爆炎》と《獅子琉掌》を繋ぐことで、鎧殻猪の外殻も越えられた。

 だが、《獅子琉掌》を使った感覚は、すでに曖昧になり始めている。


 どれだけの水属性を流したのか。

 どこまで浸透し、どの範囲へ広がったのか。

 俺自身にも、正確には分からなかった。


 偶然、うまくいっただけなのかもしれない。

 その答えを得るため、翌朝、俺は報告と修練を兼ねてリヴィアの屋敷を訪れた。

 扉を開けると、屋敷の中にある修練場の中央に立っていたリヴィアが、こちらへ顔を向ける。


「おはようございます」


「ああ。右腕を出しな」


 挨拶を返すより先に告げられた。


「まだ、何も話していませんが」


「見れば分かる。右肩が下がっているうえに、指先まで動きが硬い。昨日、何をした?」


 言われたとおり右腕を差し出す。

 リヴィアは俺の手首を掴み、掌を上へ向けた。

 指先で手首から肘までを押しながら、僅かに眉を寄せる。


「筋肉を傷めたわけじゃない。命脈の内側に、属性魔力の残滓がこびりついているね。それも水属性だ」


「分かるんですか」


「私を誰だと思ってる。説明しな」


 鎧殻猪との戦いを、順を追って説明する。

 最初に《獅吼爆炎》を使い、外殻へ亀裂を入れたこと。

 畑を守るため、同じ技を続けて使えなかったこと。

 リヴィアが見せた一掌を思い出し、魔力を内側へ通そうとしたこと。

 だが、掌から直接流そうとした魔力は、外殻の表面へ広がり、そのまま空気中へ散った。


「それで、《焔纏》とは反対の方法を考えました」


「反対?」


「《焔纏》が火属性を身体の外側へまとう術式なら、水属性は自分の内側へ浸透させられるのではないかと考えました」


 右掌を開き、昨日の感覚を思い出す。


「全身を巡る魔力円環から細い流れを分け、右腕の命脈に沿って水属性を流しました。それが《水浸》です」


「自分の身体を、属性魔力の通り道にしたのか」


「はい。俺から相手へ直接入れられないなら、先に自分の中へ流れを作る。そこから掌打の衝撃を使い、鎧殻猪の外殻にあった亀裂へ繋ぎました」


「それが《獅子琉掌》か」


「はい」


 リヴィアが右手を離す。


「兄さんが、祖父の《桔梗》を自分の身体と長剣に合わせ、《グラジオラス》へ作り直したのを見ました。俺も同じように、教わったものを自分にできる形へ組み直せないかと思ったんです」


「私の技を、そのまま真似たわけじゃない。力を内側へ届けるという考え方だけを残し、自分が持つ水属性と魔力円環へ組み込んだわけか」


「そうなります」


 リヴィアは腕を組み、しばらく何も言わなかった。

 失敗だったのか。

 右腕を傷めただけの、使い道のない術式だったのか。

 やがて、リヴィアが小さく息を吐く。


「……だが、実戦の最中によくそこまで思いついた。それだけは褒めてやろう」


「それだけですか」


「勘違いするな。褒めたのは発想だ。技の出来じゃない」


 僅かに緩んでいたリヴィアの口元が、すぐに元へ戻る。

 右の掌が、俺へ向けて差し出された。


「その《獅子琉掌》を、一割の威力で私の掌へ打ちな」


「一割ですか……」


「どうした?」


「まだ、そこまで細かく加減できません」


「では、浸透させる深さは?」


「分かりません」


「広がる範囲は?」


「それも、まだ……」


「流れを止める場所は?」


 答えられない。

 《水浸》から流した水属性が、鎧殻猪のどこまで届いたのかさえ分からなかった。

 リヴィアの目が細くなる。


「なら、今のお前が作ったものは、完成した技じゃない」


 差し出された右掌は下ろされない。


「偶然うまくいった事故だ」


「事故……」


「不満か?」


「いえ。自分でも、同じように使えるか分かりません」


「分かっているなら、もう一度やりな。今のお前が出せる、最も弱い一掌でいい」


「危険ではないんですか?」


「お前の一掌を止められないようなら、最初から教える側に立っちゃいないよ」


 俺は右掌へ意識を向ける。

 全身を巡る魔力円環から、僅かな流れを分ける。

 水属性へ切り替えた魔力を、肩から腕の内側へ流していく。

 昨日よりも細く。

 一度に押し込まず、空いている場所へ流す。

 冷たさが手首を通り、ゆっくりと掌へ広がった。


「《水浸》【アクア・インフーシオ】」


 皮膚の上には、何も現れない。

 それでも、右腕の内側には水属性の流れが生まれている。


「いきます」


「ああ」


 右足を前へ。

 腰を回し、リヴィアの右掌へ自分の掌を重ねる。

 強くは打たない。

 掌が触れた瞬間に生まれた繋がりへ、右腕の内側を巡る水属性を流す。


「《獅子琉掌》【パルマ・フルクトゥス】」


 水属性が、掌からリヴィアの内側へ移ろうとする。


 その瞬間、リヴィアの左手が動いた。

 親指が俺の手首へ触れ、中指が肘の内側を弾く。


「っ……!」


 掌へ集めていた水属性が、行き場を失った。

 流れが反転し、手首から肘、肩へ向かって逆流する。

 冷たい痛みが右腕の内側を駆け上がった。

 リヴィアの右掌が僅かに回る。

 押し返された水属性が掌の外へ逃がされ、細かな水滴となって床へ落ちた。

 俺は右腕を押さえながら、一歩下がる。


「今、どこまで入ったか分かったか?」


「掌の内側までは届いたと思います」


「届いていないよ」


「ですが、流れが繋がった感覚はありました」


「繋がっただけだ。お前の水属性は、私の皮膚へ触れたところで止まっていた」


 リヴィアが自分の掌を俺へ見せる。

 傷はない。

 水属性の残滓すら、ほとんど感じられなかった。


「お前が私の内側へ入ったと思った流れは、行き場を失って自分の腕へ戻ってきたものだ」


「それが、さっきの痛み……」


「鎧殻猪は、お前の流れを止めようとはしなかった。外殻には《獅吼爆炎》で作った亀裂もあった。だから水属性は、空いている場所へ勝手に流れ込んだ」


 リヴィアが一歩近づき、俺の右腕を指差す。


「だが、人間は違う。身体強化を使える者なら、触れられた瞬間に魔力を集めて流れを止める。今のように遮られれば、水属性はお前自身へ逆流する」


「相手へ届かなかった場合、俺の腕が壊れる可能性があるということですか」


「それだけじゃない」


 リヴィアの指先が、俺の胸元へ向けられる。


「昨日は火、水、火と、短い間に属性を切り替えたね」


「はい」


「魔力円環の流れが、今も僅かに乱れている。切り替えに失敗すれば、右腕だけじゃ済まない。円環そのものが止まり、全身へ魔力を送れなくなる」


 右腕へ意識を向ける。

 水属性は外へ逃がされたはずだが、胸の奥には不規則な脈動が残っている。


「《水浸》を使って自分の内側へ流れを作る。その発想は間違っていない。掌打の衝撃を橋にして、相手の内側へ繋げたのも悪くない」


 リヴィアは認めたうえで、言葉を続ける。


「だが、お前は何も選べていない。深さも、広さも、威力も、止める場所もだ」


 もし、人間へ使っていたら。

 水属性が筋肉の隙間へ入るだけで止まるのか。

 骨や臓器まで届くのか。

 俺自身にも分からない。


「倒せたから完成じゃない」


 リヴィアの声が、修練場へ響く。


「どこまで壊すかを自分で選べて、初めて技になる」


「……はい」


「まずは、自分の腕の中で流れを止められるようになりな。肩、肘、手首、掌、指先。指定した場所まで流し、そこで止める。それができるまでは、《獅子琉掌》を人間へ使うことは禁止する」


「分かりました」


「《水浸》も同じだ。実戦では使うな」


 完成したと思っていたわけではない。

 それでも、鎧殻猪を倒せたことで、使える技になったと思いかけていた。

 実際は、条件が偶然揃っただけだった。

 外殻へ亀裂があった。

 鎧殻猪は流れを止めなかった。

 どれだけ内部を壊しても構わない相手だった。

 一つでも違えば、《獅子琉掌》は失敗していたかもしれない。


「では、今日は《水浸》の制御を練習します」


「その前に、もう一つ聞く」


 リヴィアが腕を組み直す。


「鎧殻猪へ、どうやって掌を当てた?」


「突進を引きつけ、牙の軌道から身体を外しながら、側面へ掌を沿わせました」


「つまり、向こうからお前の間合いへ入ってきたわけだ」


「はい」


「では、お前の掌が届く場所へ立たない相手には、どうする?」


 答えが出ない。

 鎧殻猪は、俺を突き飛ばすために正面から向かってきた。

 だからこそ、身をかわすだけで掌が届いた。

 人間が相手なら、構えや視線から何かを狙っていることに気づく。

 距離を取り、掌が届く場所へ入らない。

 逆に、俺が近づく瞬間を狙う者もいる。


「魔物を倒せる威力は手に入れた。だが、技を当てる方法は何も身につけていない」


「カイウスのような踏み込みが必要ということですか」


「それだけじゃない。足が速ければ、相手に触れられるわけじゃないよ。間合いを測り、相手の動きを誘い、その上で自分の攻撃が届く場所へ立つ。お前には、対人戦の経験が足りなさすぎる」


 リヴィアの言うとおりだった。

 魔物との戦いは、これまでにも経験してきた。

 だが、人間を相手にした戦いとなれば、学園での模擬戦や昇格試験を除けば多くない。

 相手を殺さず、壊さず、それでも勝つ。

 今の俺が身につけようとしている無手の技には、その経験が必要になる。


「三日後、帝都の闘技場で月例徒手大会が開かれる」


「月例徒手大会?」


「武器を使わず、帝国中から集まった武人が腕を競う大会だ。身体強化と、魔力を用いた体術までは認められている。射出型の攻撃魔法と、殺傷性が高いと判断された技は禁止だ」


「勝敗は、どのように決まるんですか」


「降参、戦闘不能、場外。あとは審判が続行不可能と判断した場合だね」


 リヴィアが顎で、修練場の出口を示す。


「参加してきな」


「俺が、ですか?」


「他に誰がいる」


「ですが、《獅子琉掌》も《水浸》も使えません」


「《獅吼爆炎》も禁止だ。あれを人間へまともに打ち込めば、大会じゃ済まなくなる」


「新しく作った二つの技を、どちらも使わずに戦えということですか」


「そうだ」


 リヴィアは、迷うことなく言い切った。


「魔物を倒す技は手に入れた。次は、それを使わずに人へ勝ってきな」


「何を使えばいいんですか」


「私が教えた足運びと、腰の使い方。それから拳と蹴り。魔力円環と《瞬》も、身体強化の範囲なら使って構わない」


 特別な技に頼らず、命脈闘法の基本だけで戦う。

 相手の攻撃が届く場所へ立ち、そこから自分の拳を届かせる。


「技がなければ戦えないというなら、お前はまだ技に使われているだけだ」


 刀を持っていた頃も同じだった。

 技を放つことだけを考えれば、相手はその前に動く。

 どれほど威力があっても、届かなければ意味はない。


「参加登録は、今日の夕刻までだ。ここから帝都闘技場へ行けば間に合う」


「分かりました。参加してきます」


「一度や二度負けた程度で、落ち込んで帰ってくるんじゃないよ」


「初めから負けるつもりはありません」


「その意気だけは覚えておきな」


 リヴィアへ一礼し、屋敷にある修練場を出る。


『せっかく作った二つの技を、どちらも使えないのね』


「使えない理由は分かった。今の《獅子琉掌》は、技と呼べるものじゃない」


『でも、鎧殻猪を倒したことまで偶然ではないでしょう?』


「ああ。思いついたものを形にできたことは、無駄じゃない」


『なら、その形を自分で扱えるようになればいいわ』


「その前に、大会だ」


『ええ。技を使わずに、どうやって拳を届かせるのか。きちんと覚えてきなさい』


「簡単に言ってくれるな」


『誰かさんの師匠ほどではないわ』

 セレスの言葉に僅かに笑いながら、帝都闘技場へ向かって歩き出した。


 レグルスが修練場を出てからも、リヴィアはしばらく閉じた扉を見つめていた。

 右腕を壊しかねない術式を、実戦の最中に組み上げた。

 無茶ではある。

 だが、教えられた技をそのまま真似るのではなく、自分が持つ属性と、これまで積み重ねてきた身体の使い方へ繋いだ。


「まったく。褒めた直後に、課題を増やしてくれるね」


 小さく息を吐き、修練場を後にして、屋敷の奥にある執務室へ向かう。

 執務室の扉へ施錠術式を掛けた後、机の上に置いてある魔導通信機を起動した。


 掌に収まるほどの黒い通信機。

 表面には帝国の紋章すら刻まれていない。

 リヴィアが魔力を流すと、幾重もの術式円が浮かび上がった。

 術式円が重なり、一つの光へ変わる。


『――あの子の今の様子は、どうですか』


 通信が繋がると同時に、静かな女の声が室内へ響いた。

 穏やかでありながら、拒絶することを許さない重みを持つ声。

 ノーザンブリア帝国の頂点に立つ女帝。その人の声だった。


「武の才については、まだ測りかねます。あるのか、ないのか……正直、私にも分かりません」


『貴女がそこまで曖昧な評価をするのは、珍しいですね』


「実際、曖昧なんですよ。教えた動きをすぐに掴むこともあれば、単純な足運び一つに何度も躓く。天才と呼ぶには、あまりに不器用です」


 リヴィアは、先ほどまでレグルスが立っていた修練場へ視線を向ける。


「しかし、努力と反復を継続することに関しては、何の問題もありません。まだまだ子供だってのに、よくやっていますよ。倒されようが、できなかろうが、自分が納得するまで何度でも繰り返す」


『兄とは違う、と』


「正反対ですね。十席は一つ教えれば、その先まで自分で進む。あの子は同じことを何十、何百と繰り返して、ようやく次の一歩を踏み出す。」


『そうですか』

 女帝の声が、僅かに柔らかくなった。


『ならば、あの子は今も足を止めてはいないのですね』


「止めるどころか、昨日は実戦中に新しい技を作りましたよ。完成には程遠い代物ですがね」


『それは、いずれ直接見せてもらいましょう』


 当然のように告げられた言葉に、リヴィアが僅かに眉を寄せる。


「陛下。一つ、お聞きしてもよろしいですか」


『何でしょう』


「なぜ、あの子なのです」


 魔導通信機の光が、静かに明滅する。


「陛下が、いずれ御自ら全力で戦う相手として選んだ理由です。現時点で四名家の人間として比べるなら、十席の方が明らかに上だ」


 女帝は何も答えない。

 リヴィアは、そのまま言葉を続ける。


「十席には武の才があり、魔力量も今後さらに伸びるでしょう。あれなら、いずれ元老院の上位席も狙える。今のあの子より、遥かに完成された武人です」


『ええ。十席には武の才があります。魔力も申し分ない。この先も研鑽を続ければ、上位へ至るだけの器です』


 女帝は、第十席の実力を否定しなかった。

 むしろ、その未来まで認めたうえで言葉を続ける。


『十席は、人としての頂へ至り得る。それは間違いなく、稀有な才です』


 僅かな間。


『けれど、所詮は人の器。どれほど高く登ろうと、人の域を超えることはできません』


「しかし、あの子は違うと?」


『あの子は――』


 女帝の言葉が止まった。

 通信が乱れたわけではない。

 続きを口にすることを、意図してやめたのだ。


「それは、どういう意味でしょうか」


『貴女が今のところ知る必要がないことです』


「……相変わらず、肝心なところは教えてくださらない」


『知れば、貴女の教え方が変わります。今は、貴女が見たままのあの子を鍛えてください』


 リヴィアは不満を隠さず、椅子の背へ身体を預けた。


『引き続き、あの子をよろしくお願いします』


「どこまで引き上げろと?」


『今いる段階から、まず一つ』


 柔らかな声が、僅かな間を置く。


『可能であれば、二つ上の段階まで』


「無茶を仰いますね。あの子は、ようやく最初の一歩を自分で掴んだばかりですよ」


『だからこそ、その次にも届く可能性があるのでしょう』


「簡単に言ってくれますね」


『簡単だとは思っていません。だから、第四席である貴女に任せています』


 拒むことを許さない信頼に、リヴィアは深く息を吐いた。


「……承知しました。預かった以上は、一つと言わず、二つ上まで引きずり上げてみせますよ」


『ええ。よろしくお願いします、リヴィア』


 その言葉を最後に、魔導通信機の光が消えた。

 静けさを取り戻した執務室で、リヴィアはしばらく通信機を見下ろす。


「人の頂へ至る兄と、人の器に収まらないかもしれない弟、か」


 女帝がレグルスの何を見ているのか。

 その答えは、まだ分からない。

 リヴィアは通信機を停止させ、レグルスが去っていった方角へ目を向けた。


「まずは三日後だ。せいぜい一度、叩きのめされてきな」


 そう呟いたリヴィアの口元には、僅かな笑みが浮かんでいた。

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