表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者:
第六章 修羅と呼ばれる国
PR
70/78

第67話 一つの流れの上へ

 翌朝。

 修練場へ入ると、カイウスは既に中央へ立っていた。

 両腕には黒い武装手甲。足元の土には、何度か踏み込んだ跡が残っている。

 リヴィアは修練場の端に置かれた長椅子へ腰を下ろし、昨日まで俺を打ち据えていた箒を壁へ立てかけていた。


「今日は、リヴィアさんではないんですか」


「私が教えるのは昨日までだ」


 リヴィアが片手を振る。


「三つの属性を、お前へ別々に使わせたのはカイウスだ。なら、それを一つへ繋ぐ相手も、こいつがいい」


「繋げられるかは、こいつ次第だがな」

 カイウスが両拳を打ち合わせる。


「脚へ風を流す《速》、神経へ水を通す《瞬》、筋肉へ火を巡らせる《剛》。話はリヴィアから聞いている」


「はい」


「なら、その三つを今までどおり使え。俺が切り替わる境目を潰す」


 カイウスが右足を前へ出し、拳を構えた。


「昨日繋いだ流れを見せろ」


「分かりました」


 修練場の中央へ進み、カイウスと向かい合う。

 足を肩幅に開き、ゆっくりと息を吸った。

 無属性の魔力を腹の奥へ集める。

 腹から両脚へ。

 足から腰、背中、肩、腕を通して掌へ。

 胸から腹へ戻し、再び脚へ流す。


 一巡。


 二巡目へ入った瞬間、カイウスの右拳が動いた。


 速い。

 拳が肩から離れるより早く、水の魔力を神経へ流す。


 《瞬》。


 視界の中で、迫る拳の輪郭が鮮明になる。

 顔を左へ傾け、拳の軌道から外れた。


 直後、カイウスの左肘が胸元へ迫る。

 右腕で受けようとしたときには、無属性の魔力が途切れていた。

 肘が腕ごと胸へ食い込む。


「ぐっ……」


 衝撃に押され、二歩後ろへ下がった。

 さらにカイウスが踏み込んでくる。

 両脚へ風の魔力を流そうとするが、腹に戻ってくるはずの流れがない。

 足元で風が散り、身体だけが前へ傾いた。

 そこへ、カイウスの足が掛けられる。

 身体が浮き、背中から地面へ落ちた。


「一つ目で切れたな」


「《瞬》は使えました」


「だから切れた」


 カイウスは構えを解かない。


「お前は《瞬》を使うため、巡らせていた魔力を全て水へ変えた。次は水を捨て、風へ変えようとした」


「属性を切り替えなければ、《速》は使えません」


「切り替えることが悪いんじゃない。切り替えるたび、土台まで捨てているのが問題だ」


 カイウスの右手が、俺の腹を指す。


「お前は三つの強化を使っているんじゃない。三度、魔力を入れ替えているだけだ」


 上体を起こし、自分の腹へ手を当てる。

 昨日までの四日間で、ようやく繋げた無属性の流れ。

 だが、《瞬》を使った瞬間、身体を巡っていた全ての魔力を水へ染め直していた。

 使い終われば水を解き、今度は風へ変える。

 その度に、身体の中から流れそのものが消えている。


「では、無属性の魔力と属性の魔力を、別々に流すんですか」


「分けると思えば、また二つになる」


 カイウスの指が、俺の腹から胸、肩、腕へ動く。


「無属性の流れは、身体の中へ残し続けろ。その上で、必要な場所へ届いた分だけ属性を重ねる」


「一つの流れの上へ、属性を乗せる……」


「使い終えた属性だけを解き、流れそのものは腹へ戻せ」


「三つを同時に使うということですか」


「違う。同時に使えば、今のお前では三つとも薄くなる」


 カイウスが右拳を引く。


「《瞬》で俺の拳へ反応しろ。《速》で外側へ踏み込み、《剛》で俺の胸へ拳を届かせる。最後に、拳まで流した魔力を腹へ戻せ」


「順番を決めてしまっていいんですか」


「最初から乱れた流れを繋げられると思うな。まずは一本道を作れ」


 カイウスが僅かに腰を落とす。


「俺は右拳しか打たない。外へ抜け、懐へ入り、俺の身体へ一撃を当てろ」


「分かりました」


「立て」


 地面へ手をつき、再びカイウスの前へ立つ。

 無属性の魔力を全身へ巡らせる。

 足から腰、背中、肩、掌へ。胸を通して腹へ戻す。


「始めるぞ」

 カイウスの右肩が動いた。


 神経へ水の性質を重ねる。

 拳が来る。

 見えた。

 だが、《瞬》の感覚を保ったまま脚へ風を流そうとしたため、水と風が腰の辺りでぶつかった。

 両脚が動かない。

 カイウスの拳が額の手前で止まる。


「遅い」

 拳を引いたカイウスが、再び構える。


「もう一度だ」


 無属性の魔力を巡らせる。

 右拳へ反応し、水を解く。

 直後、両脚へ風を流した。


 《速》。


 一歩目が鋭く伸び、カイウスの右腕の外側へ入る。

 右拳を腹の横へ引き、筋肉へ火の魔力を流そうとした瞬間、足から腰へ戻るはずの流れが消えた。

 《速》を使うため、両脚へ魔力を集めすぎた。

 上半身へ届く魔力がない。

 火へ変えられたのは、右肩から拳へ残っていた僅かな魔力だけだった。


 拳を放つ。

 カイウスの左掌が、俺の拳を正面から受け止める。

 乾いた音が鳴った。


「軽い」


 掌で拳を押し返され、体勢が崩れる。

 そこへ、カイウスの右肩がぶつかった。

 足が地面から離れ、再び背中から土の上へ落ちた。


「もう一度」


「はい」

 立ち上がり、魔力を巡らせる。


 《瞬》で反応する。《速》で踏み込む。《剛》で拳を放つ。


 三つ目まで届いた。

 だが、拳へ集めた火の魔力を、そのまま外へ叩きつけてしまった。


 拳の先から赤い魔力が散る。

 カイウスへ触れるより早く、身体の循環が止まった。

 振り抜いた腕を掴まれ、足を払われる。

 三度、地面へ転がされた。


「拳から魔力を捨てるな」


「攻撃へ使った魔力まで戻すんですか」


「魔力を放つ技なら、それでいい。だが、今のお前は拳を届かせるために《剛》を使っている」


 カイウスが俺を見下ろす。


「火を相手へぶつけるんじゃない。火で動かした身体をぶつけろ。拳が届いた後も、流れはお前の中へ残せ」


「はい」


「立て」


 何度も、同じ右拳が放たれた。

 《瞬》へ意識を向けすぎれば、足元の流れが止まる。

 《瞬》を早く解けば、拳を見失う。


 水を残したまま風を重ねれば、二つの属性が腰でぶつかる。

 《速》で深く踏み込みすぎれば、身体だけが先へ進み、拳へ力が届かない。

 《剛》を早く使えば、肩が強張り、攻撃を読まれる。


 拳を当てることだけに集中すれば、火の魔力と共に、無属性の流れまで身体の外へ漏れた。

 一つを直せば、別の場所が止まる。

 三つの強化を別々に使うことはできる。

 だが、一つの流れとして繋げようとした途端、これまで意識せずに切り替えていた境目が、はっきりと身体へ現れた。


 何度目かも分からない失敗の後、カイウスの左掌に拳を受け止められる。

 火の魔力が腕から散り、腹へ戻る流れが消えた。

 直後に足を掛けられ、地面へ倒される。息を吐きながら、空を見上げた。


『あなた、三つの強化を使うたびに、一度ずつ構え直しているわ』


「構えは変えていない」


『身体ではなく、意識の話よ』

 セレスの声が、呆れたように響く。


『《瞬》を使って終わり。次に《速》を使って終わり。最後に《剛》を使って終わり。あなたの中では、一つの動きが三度も途切れているわ』


「順番を間違えないようにしている」


『刀を振るとき、踏み込みが終わるのを待ってから腰を回していたのかしら』


「いや」


 足を踏み込むと同時に腰を回し、その力を肩から腕、切っ先へ届ける。

 どこか一つが完全に終わるまで、次を待つことはない。

 足が動いている間に腰が回り始め、腰の力が届く前に肩も動いている。

 それぞれの動きは僅かに重なりながら、一つの斬撃へ繋がっていた。


『なら、同じでしょう?』


「ああ」

 土へ手をつき、立ち上がる。

 服についた砂も払わず、カイウスへ向き直った。


「もう一度、お願いします」


「何か分かったか」


「一つずつ終わらせてから、次へ移ろうとしすぎていました」


「なら、身体で直せ」


 無属性の魔力を腹へ戻す。

 足から腰、背中、肩、掌へ。掌から胸を通り、腹へ帰す。

 カイウスの右拳が放たれる。

 水の魔力を神経へ重ねた。

 迫る拳が見える。

 水を解き終えるより先に、左足へ風を流す。

 水と風が、胸から腰の間で僅かに重なった。

 二つの属性をぶつけず、その下にある無属性の流れを通して脚へ繋ぐ。

 左足が斜め前へ出る。

 カイウスの拳を外側へ躱し、その懐へ入った。

 風をまとった足が地面へ着くより先に、腰を回す。

 足から腹へ戻る魔力へ、火の性質を重ねた。


 《剛》。


 右拳を放つ。

 カイウスの左掌が迫る。

 俺の拳が胸へ届くより、僅かに早い。

 拳を受け止められた。

 だが、先ほどまでとは違う。

 右腕へ流した火の魔力が、拳から外へ漏れていない。

 カイウスの掌へ触れた衝撃を肘、肩へ通し、胸から腹へ戻す。

 無属性の流れが、一度も途切れず腹へ帰った。


「戻りました」


「ああ」


 カイウスが俺の拳を押し返す。


「ようやく一度、戻ったな。だが、俺へは届いていない」


「次は届かせます」


「言うようになったな」


 再び右拳が構えられる。


「なら、続けろ」


 太陽が修練場の真上を越えても、カイウスの右拳は止まらなかった。

 攻撃は一つだけ。

 狙いも、速さも、踏み込む距離も変わらない。

 それでも、俺は同じ場所で何度も失敗した。

 《瞬》から《速》へ繋げても、《剛》へ届く前に止まる。

 三つを繋げても、拳から腹へ戻せない。

 腹へ戻せても、次の循環へ入るまでに呼吸が止まる。

 カイウスは一つの失敗も見逃さなかった。


「今の水は長い」


「風を脚へ集めすぎだ」


「腰が止まっている」


「拳を当てることだけを考えるな。戻りまで繋げろ」


 短い言葉と共に、拳か足が飛んでくる。

 失敗するたび地面へ倒され、立ち上がる。

 次第に、《瞬》《速》《剛》という名前を一つずつ意識することが減っていった。


 拳が動けば、神経へ水が流れる。

 見えた軌道へ、風が身体を運ぶ。

 踏み込んだ力を、火が拳へ届ける。

 拳から返ってきた衝撃と魔力を、胸から腹へ戻す。

 一つずつ命じるのではない。

 カイウスの右拳を見た瞬間から、自分の拳を引き戻すまでを一つの動きとして繋ぐ。

 失敗する場所が、少しずつ先へ延びていった。


 夕刻。


 両脚は重く、右拳の皮膚は赤く腫れている。

 カイウスの拳を躱しきれなかった頬と肩には、鈍い痛みが残っていた。

 それでも、腹を中心に巡る無属性の魔力は、朝よりも滑らかに全身へ届いている。

 カイウスが右拳を構える。


「次で最後だ」


「はい」


「条件は変えない。俺の右を外へ躱し、胸へ一撃を当てろ」


「分かりました」


 足から腰へ魔力を上げる。

 背中、肩、腕、掌。胸から腹へ戻し、次の巡りへ繋ぐ。


 カイウスの右足が動いた。

 拳が放たれる。

 水の魔力が神経へ重なった。

 拳の軌道だけでなく、踏み込んだ足、沈んだ肩、僅かに開いた右脇まで見える。

 左足へ風を流す。

 水の感覚を完全には捨てず、迫る拳の外側へ踏み込んだ。

 頬の横を武装手甲が通過する。

 風をまとった左足が地面へ着く。

 その前から、腰は回り始めていた。

 足に残る風を腹へ戻しながら、背中から右肩へ火を重ねる。

 右腕の筋肉が、一瞬だけ膨らむ。

 拳を放った。

 カイウスの左掌が、俺の拳を止めるために上がる。

 朝から何度も塞がれた軌道。

 それでも、今度は迷わない。

 左足で地面を押し、腰の回転を拳へ届ける。

 火の魔力が、最後の一押しとして右腕を走った。

 カイウスの掌が閉じるより先に、俺の拳が胸元へ触れる。


 重い音が鳴った。

 拳が、カイウスの胸へ沈む。

 その身体が半歩だけ後ろへ下がった。


 届いた。

 火の魔力を拳から散らさず、肘、肩へ戻す。

 胸から腹へ。腹から両脚へ。

 三つの属性を使った後も、無属性の流れは途切れていない。


「できた……」


「止まるな」

 カイウスの声が間近で響いた。


 胸へ当てた右腕を掴まれる。

 同時に、カイウスの足が俺の左足の後ろへ入った。

 予想していなかった動き。

 反射的に神経へ水を流す。

 足を払われる。

 見えている。


 次は《速》。


 そう考え、両脚へ風を送ろうとする。

 だが、左足はカイウスに掛けられ、右足も地面から浮いていた。

 風を流す場所がない。

 次へ進めず、属性の流れが腰で滞る。

 腕を引かれ、肩で押し込まれた。

 身体が宙を回る。背中から地面へ落ちた。

 衝撃を全身へ通し、どうにか無属性の流れだけは残す。


 だが、水の次へ重ねようとした風は、行き場を失ったまま消えていた。

 見上げると、カイウスが俺の右腕を掴んだまま立っている。


「一撃は届きました」


「ああ。決めた動きの中ではな」


 腕を離され、上体を起こす。


「三つを繋いだんじゃない。順番どおりに並べただけだ」


「違いは、今の攻撃ですか」


「そうだ。お前は水の次に風を使おうとした。だが、足が地面になければ《速》では動けない」


 カイウスが一歩離れる。


「拳へ《剛》を届かせた後も同じだ。次の攻撃が来れば、また《瞬》から始めようとする。今のお前には、水、風、火の順番でしか流せない」


「では、三つを繋げられたわけでは……」


「最初から言ったはずだ。まずは一本道を作れ、と」


 カイウスが両拳を下ろした。


「今日のお前は、その道を作った。それ以上でも、それ以下でもない」


「なら、次は――」


「その順番を壊す」

 リヴィアの声が、修練場の端から届いた。


 長椅子から立ち上がり、こちらへ歩いてくる。


「カイウスの言うとおり、今のお前は三つを順番どおりに並べただけだ。だが、並べられないものを自由に繋ぐことはできない」


 リヴィアが俺の前で立ち止まる。


「明日は、私が相手だ」


「カイウスさんと同じ流れを使えばいいんですか」


「使ってみろ」


 リヴィアが僅かに口元を上げた。


「ただし、最初に《瞬》を使えると思うなよ」


「最初から順番を崩すんですか」


「最初だけじゃない」


 拳、足、肩。

 リヴィアの指が、俺の身体を順に示す。


「《速》で踏み込もうとすれば、その足を潰す。《剛》を拳へ集めれば、打つ前に懐へ入る。《瞬》で攻撃を見ようとすれば、見てからでは間に合わない場所から打つ」


 昨日まで箒を握っていた右手が、ゆっくりと開かれる。


「今作った順番は、私が全部壊す」


 開かれた掌が、俺の胸元へ向けられた。


「その中で、次にどの属性を重ねるかを自分で選べ。それでも流れを途切れさせるな」


「分かりました」


 立ち上がり、服についた土を払う。

 今日、三つの強化を一本の道へ並べた。

 だが、戦いの中で、相手がその道を歩かせてくれるとは限らない。

 道を塞がれれば、別の場所へ流す。

 順番を崩されれば、そこから繋ぎ直す。


「明日も、お願いします」


「ああ」


 リヴィアは掌を下ろさない。


「今日と同じものが通じるとは思うなよ」


 無属性の魔力を、もう一度全身へ巡らせる。

 足から腰、背中、肩、掌へ。

 今はまだ、その上へ水、風、火を順番に並べることしかできない。


 明日、その順番は壊される。

 その先で初めて、三つの属性は俺自身の流れになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ