第64話 命脈闘法
夜が明けきる前、俺は帝都の東門へ着いた。
空の端が薄く白み始め、門前では夜番を終える兵士と、朝一番に帝都へ入ろうとする商人たちが行き交っている。
門から少し離れた石壁の傍に、カイウスは立っていた。
右腕には、今も白い布が巻かれている。だが、元老院闘技場で見たときよりも巻かれている範囲は狭い。
「遅れていないな」
「はい。待たせましたか」
「今来たところだ」
俺の腰には、兄から借りた古い片手剣。その後ろには、いつものようにセレスを吊るしている。
カイウスは俺の格好を一度だけ確認すると、東門へ向かって歩き始めた。
「行くぞ」
「師匠は、どのような方なんですか」
「会えば分かる」
「先に知っておいた方が、失礼がないと思うんですが」
「先に話せば、お前は勝手に人物像を作る」
カイウスは振り返らない。
「会って、自分で判断しろ」
『随分と慎重ね』
セレスの声に、俺も小さく頷く。
帝都の城壁を出てからも、カイウスの歩みは一定だった。
だが、昨日までの修練場で見せていた余裕がない。肩に余計な力が入っているわけではないが、時折、無意識に右手を握り直している。
『元老院へ挑んだときより、緊張しているように見えるわね』
「俺にも、そう見える」
「何か言ったか」
「いえ、何でもありません」
帝都の東側には、低い丘陵が連なっている。
街道の両側には麦畑が広がり、その間を細い水路が縫うように走っていた。
やがて街道を外れ、緩やかな坂道へ入る。
太陽が帝都の城壁から姿を現す頃、石を積んだ低い塀が見えてきた。
塀の内側には、小さな住居と土を固めただけの修練場がある。
看板もなければ、武術を教えていることを示す紋章もない。
カイウスが木製の門へ手を伸ばす。
「開いている。入ってきな」
内側から、女の声が聞こえた。
カイウスの指は、まだ門へ触れていなかった。
門を開けて中へ入る。
修練場の中央では、一人の女性が箒で落ち葉を集めていた。
二十代後半ほどに見える。
灰がかった黒髪を首の後ろで束ね、飾り気のない白い上衣と、足首の細い黒色のパンツを身につけている。
身体は細く、背もそれほど高くない。
武器を持っている様子もなければ、魔力もほとんど感じられなかった。
だが、カイウスは彼女の前まで進むと、深く頭を下げた。
「師匠、朝早くに申し訳ありません」
「朝でなければ、門前で帰していたよ」
女性は箒を止め、俺へ視線を向ける。
淡い琥珀色の瞳。
ただ見られているだけのはずなのに、皮膚の下まで覗き込まれているような感覚があった。
「連れてきました」
「見れば分かる」
女性は箒を肩へ担いだ。
「弟子を増やすつもりはないと、何度も言ったはずだけど」
「弟子にしてくれとは言いません。こいつの魔力の巡りだけ、見てください」
「それを同じことだと言うんだよ」
カイウスは何も言い返さない。
女性の視線が、再び俺へ戻る。
「名前は」
「レグルス・クレハルトです」
「クレハルト……元老院第十席と同じ姓だね」
「弟です」
「そうか。私はリヴィア。それだけ覚えておけばいい」
「よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、リヴィアは箒を住居の壁へ立て掛けた。
「カイウス。お前から見て、何が問題だった」
「属性を切り替える度に、魔力の流れが途切れます。四日間で多少は繋がるようになりましたが、俺ではこれ以上――」
「本人に聞いている」
リヴィアの言葉に、カイウスが口を閉じる。
「レグルス。お前は、何が問題だと思っている」
「足から腰、腰から肩、最後に掌へ力を届ける間に、魔力が途切れています」
「それだけか」
「相手の懐へ入ることを恐れて、踏み込みが止まることもありました。ですが、それはカイウスさんとの修練で、少しずつ直せています」
「自分では、魔力も繋がり始めたと思っているのか」
「はい。最初よりは」
「なら、向こうの杭まで歩いて戻ってこい。普段どおりに身体を強化して」
修練場の端には、腰ほどの高さの木杭が立っている。
俺は《速》を使い、脚へ風の魔力を巡らせた。
地面を蹴り、一気に加速する。
木杭の前で身体を返し、リヴィアの前まで戻った。
「止まれ」
言われたとおり、その場で足を止める。
リヴィアは俺へ近づくこともなく告げた。
「右脚へ送った力が腰を通り、背中を上がって、右肩で一度止まる。次の一歩へ移る度に、また脚から魔力を送り直している」
カイウスから指摘されたものと、同じだった。
「見ただけで分かるんですか」
「見ていたのは魔力だけじゃない。力が止まれば、身体も止まる。肩の動き、呼吸、指先。それだけ分かりやすく残っていれば、見落とす方が難しい」
リヴィアが右手を差し出す。
「手を出せ」
俺が右手を差し出すと、手首へ細い指が添えられた。
「一番使い慣れた強化を」
「分かりました」
再び《速》を使う。
風の魔力が身体の中心から両脚へ流れ、筋肉を軽くする。
「変えろ」
風を止め、水の魔力へ切り替える。
《瞬》。
神経を伝う信号へ水の性質を重ね、知覚と反応を引き上げる。
切り替えた瞬間、手首へ触れているリヴィアの指が僅かに動いた。
「もう一つ」
水を止め、火の魔力へ切り替える。
《剛》。
筋肉の奥へ熱が走り、瞬間的な力が引き上げられる。
「なるほど」
リヴィアの親指が、俺の前腕を軽く押した。
それだけだった。
だが、全身へ巡っていた火の魔力が乱れた。
肩から腕へ届いていたはずの力が逆流し、膝から力が抜ける。
「っ……!」
片膝を地面へつく。
すぐに魔力を立て直そうとしたが、火の魔力は体内に残っている。それなのに、身体強化だけが崩れていた。
『魔力を消されたのではないわ』
セレスの声が響く。
『あなたの中には残っている。ただ、流れの境目を僅かにずらされたのよ』
リヴィアが俺の手首から指を離した。
「魔力を消したわけじゃない。お前が作った切れ目を、少し広げただけだ」
「触れただけで……」
「それだけ大きな切れ目ならね」
俺が立ち上がると、リヴィアは再び手を差し出した。
「もう一度、手を」
今度は魔力を使わず、右手を差し出す。
リヴィアは手首へ指を添えたまま、しばらく何も言わなかった。
カイウスも黙っている。
やがて、リヴィアの指が手首から肘、肩へ移る。
次に背中へ回り、腰へ軽く触れた。
「妙な身体だね」
「何か、問題がありますか」
「体内へ沈んだ魔素が、普通の人間ほど奥まで根を張っていない。その下に、今の時代では輪郭すら分からなくなっている古い道が残っている」
「古い道……?」
「そのくせ、風は脚、水は神経、火は筋肉へ、不自然なほど深く馴染んでいる」
リヴィアの指が、背中から離れる。
「身体の一部だけが、別々の方向へ形を変え始めているようにも見える」
属性を得た場所。
心当たりがあるとすれば、獅子宮しかない。
だが、それだけで原因を決めつけることはできなかった。
「なぜ、そんな身体になっているんでしょうか」
「知らない」
リヴィアは迷わず答える。
「私に分かるのは、今のお前の身体だけだ。見てもいない過去まで、知った顔で語るつもりはない」
『信頼できる答えね』
セレスの言葉に、俺も同意する。
リヴィアの視線が、俺の腰へ移った。
「その剣は借り物だね」
「分かるんですか」
「握る手を見れば分かる。自分の武器として馴染ませようとしていない。いずれ返す物を扱う手だ」
古い片手剣の柄へ、右手を添える。
兄から借りたこの剣は、俺の手に馴染まない。
それでも刀を失った今、何も持たずに歩くことができず、腰へ下げ続けている。
「剣へ戻るつもりか」
「はい」
「なら、拳は剣を得るまでの代用品か」
すぐには答えられなかった。
刀を失った直後の俺なら、そう答えていたかもしれない。
刀の代わりになる武器が見つからず、何も握らずに戦える力を求めた。
始まりは、確かに代用品だった。
「最初は、そうだったのかもしれません」
リヴィアの目を見て答える。
「ですが、今は違います」
「何が違う」
「刀を振るうために覚えた足運びも、腰の使い方も、刀を失った後も身体に残っていました」
兄が見せた《グラジオラス》。
祖父から学んだ《桔梗》を、自分の身体と長剣に合わせて作り直した一撃。
そして、カイウスとの四日間。
刃へ届けていた力を、掌へ繋いだ。
「積み重ねたものは、形が変わっても繋ぎ直せる。それを、兄とカイウスさんから教わりました」
「刀を手に入れたら、拳は捨てるのか」
「捨てません」
「なぜだ」
「次に刀を握ったとき、刀だけに戦わせないためです」
今までの俺は、刀へ頼っていた。
刀が折れれば、何も斬れなくなる。
だが、刀を振るってきたのは俺だ。
足も、腰も、腕も、積み重ねてきた時間も、すべて俺の中に残っている。
「刀も拳も、俺の身体から繋がるものとして覚えたいんです」
リヴィアは何も言わなかった。
俺の答えを確かめるように、暫く目を合わせたまま動かない。
やがて、修練場の中央へ歩いていく。
「口だけなら、何とでも言える」
リヴィアがこちらへ振り返った。
「カイウスとの四日間で掴んだ、一番の一撃を見せろ」
「分かりました」
「私を倒すつもりで来い」
「ですが――」
「怪我をさせるかもしれない。そう言うつもりなら、余計な心配だ」
リヴィアは構えを取らない。
両腕を下ろしたまま、自然に立っている。
隙だらけに見える。
だが、どこへ踏み込めばいいのか分からない。
「始めろ」
短く息を吐く。
リヴィアの正面へ立ち、両手を上げる。
一歩目。
正面から僅かに身体を近づけ、相手の意識を引く。
二歩目で右足を斜め前へ置き、相手の正面から外れながら懐へ入る。
《速》。
風の魔力を両脚へ流し、踏み込みを加速させる。
リヴィアの視線が僅かに動いた。
こちらへ向き直るより先に《瞬》へ切り替える。
水の魔力が神経へ流れ、動きが遅く見えた。
左手を腰へ引く。
そこに鞘はない。
だが、刀を抜く動きによって肩を開き、腰の回転を右の掌へ繋ぐ。
最後に《剛》。
火の魔力を腰から背中、肩、腕へ叩き込む。
右の掌を、リヴィアの胸元へ放つ。
届く。
そう確信した瞬間、リヴィアの人差し指が俺の右肩へ触れた。
掌へ集まっていた力が消える。
火の魔力は残っている。
だが、腰から肩へ届いていたはずの繋がりだけが断たれた。
俺の掌は、リヴィアの上衣へ触れただけで止まった。
「今ので三度だ」
「三度……」
「脚へ風を送り、一度捨てる。次に水を神経へ送り、また捨てる。最後に火を腕へ送り直す」
リヴィアは肩へ添えていた指を離す。
「お前は一つの流れを三つの属性へ変えているんじゃない。必要な場所へ、その都度、別の魔力を送り直しているだけだ」
「俺は、繋いでいるつもりでした」
「つもりだけだ」
リヴィアが俺の右脚を指す。
「一つ目は脚」
次に、目元へ指を向ける。
「二つ目は神経」
最後に、右肩を指した。
「三つ目は腕。それぞれに行き止まりを作り、それを流れと呼んでいる」
返す言葉がなかった。
四日間で繋がり始めたと思っていた。
だが、俺が繋げたのは足運びと打撃の形だけだった。
「誰に、そんな巡らせ方を教わった」
「身体強化は、自分で試しながら作りました。属性魔力を身体へ纏わせる術式は、姉から教わっています」
「姉は、魔力を身体の内側へ押し込めと教えたのか」
「いえ。身体の外側へ纏わせる方法だけです」
「なら、姉に責任はないね」
リヴィアが呆れたように息を吐く。
「外へ纏う術式を、自分の判断で身体の奥へ押し込んだのか」
「はい」
「よく今まで壊れなかったものだ」
これまで何度も、無理をしてきた。
魔力が尽きるまで《速》を使い、筋肉が悲鳴を上げても《剛》を重ねた。
自分の身体に合っていると思っていたのは、壊れなかったからに過ぎない。
「目を開けて、よく見ていろ」
リヴィアが俺の胸元へ右の掌を添える。
押されている感覚はない。
魔力も感じない。
それでも反射的に足を開き、衝撃へ備える。
リヴィアが静かに息を吐いた。
その身体の輪郭が、僅かに揺らぐ。
陽炎にも似た、薄い揺らぎ。
元老院闘技場で兄が《グラジオラス》を放つ直前、身体の内側から滲み出したものに似ていた。
次の瞬間。
胸元から、全身を押し流す力が入り込んだ。
「っ!」
足裏が地面から離れる。
後方へ飛ばされ、二度、三度と足をついて、どうにか倒れずに踏み止まった。
リヴィアは一歩も動いていない。
『魔力は動いていないわ』
セレスの声にも、僅かな驚きが混じっている。
『少なくとも、私には魔力の放出を感じ取れなかった』
「今のは、魔力ではありませんよね」
「ああ」
リヴィアが掌を下ろす。
「命ある身体が、その内側で生み出す力――《気》だ」
「気……」
「魔力は、外から取り込んだ魔素を、身体が扱える形へ変えた力だ。だが、《気》は外から持ってくるものじゃない」
リヴィアが自分の胸元へ指を置く。
「呼吸し、血が巡り、心臓が打つ。命が動く度に、身体の内側で生まれ、絶えず巡っている」
指が胸から腹へ下がる。
「その《気》が巡る道を、命脈と呼ぶ」
先ほど言っていた、魔力回路の下に残る古い道。
それが、命脈。
「《気》を命脈に沿って巡らせ、歩法、打撃、防御へ一つの流れとして繋ぐ」
リヴィアが右足を僅かに前へ出す。
それだけで、細い身体が大きく見えた。
「それが【命脈闘法】だ」
「では、カイウスさんが使っていた《魔闘術》は……」
「帝国で《魔闘術》と呼ばれているものの多くは、【命脈闘法】の型だけを残し、《気》の代わりに魔力を通したものだ」
リヴィアの視線が、カイウスへ移る。
「カイウスに教えたのも、命脈に沿った足運びと、力の通し方までだ」
カイウスが右拳を握る。
「俺には、《気》を感じ取れなかった」
「カイウスさんでも、ですか」
「何年かけても無理だった。だから、師匠から教わった道へ魔力を通した。それが、昨日までお前に見せた《魔闘術》だ」
カイウスの魔力は、脚から腰、背中、肩、腕へ途切れることなく流れていた。
《気》を使えなくても、その道筋だけは身体へ刻み込んでいたのだ。
「俺も、《気》を使えるようになるんでしょうか」
「今は無理だね」
リヴィアは即座に答えた。
「お前の中に《気》がないわけじゃない。生きている以上、必ずある。だが、今のお前には感じることも、動かすこともできない」
「なぜですか」
「この世界の人間は、生まれたときから魔素の中で息をしている。身体には魔力が根を張り、その流れを自分の力だと思って育つ」
リヴィアが俺の胸元へ指を向ける。
「お前に《気》がないんじゃない。魔力の音が大きすぎて、自分が生きている音を聞き分けられないだけだ」
意識を自分の内側へ向ける。
感じるのは、体内を巡る魔力。
呼吸も、鼓動も、血が流れる感覚も分かる。
だが、そのどれが《気》なのかは分からない。
「ただ、お前は普通の人間よりも魔素の根が浅い。その下にある命脈の輪郭が、完全には覆われていない」
リヴィアが俺の右脚から腰、背中へ順番に視線を動かす。
「不完全ながら、お前の魔力は命脈に近い場所を通っている。だから、カイウスの足運びにも短期間で馴染んだんだろう」
「では、教えてもらえるんですか」
「《気》そのものを教えることはできない。感じ取るのは、お前自身だ」
リヴィアが修練場の端へ歩いていく。
壁へ立て掛けていた箒を手に取ると、その柄の先で地面へ円を描いた。
「だが、ばらばらになっている魔力の道を、正しい流れへ直すところまでは見てやる」
「ありがとうございます」
俺が頭を下げると、リヴィアは箒の柄で地面を一度叩いた。
「まだ弟子にしたわけじゃない。頭を下げる暇があるなら、円の中へ立て」
「はい」
地面に描かれた円の中央へ立つ。
リヴィアが俺の正面へ立った。
「《速》も《瞬》も《剛》も使うな」
「では、何を巡らせればいいんですか」
「何にも染まっていない、お前自身の魔力だ」
「無属性の魔力を……」
「足へ落とし、腰、背中、肩を通して掌へ運ぶ」
リヴィアの指が、俺の身体の上に見えない線を描く。
「そこで外へ捨てるな。胸を通し、腹の奥へ戻せ。戻った魔力を、もう一度足へ送る」
「一周させるんですね」
「力を送り出すだけでは、循環とは呼ばない」
リヴィアは地面の円を指した。
「流れは、戻って初めて巡りになる」
目を閉じる。
属性を与えていない魔力を、身体の中心へ集める。
普段であれば、ここから風、火、水のいずれかへ性質を変える。
だが、今は何にも染めない。
無色の魔力を、そのまま両脚へ流す。
足から腰。
腰から背中。
背中を上がり、右肩から腕へ。
掌まで届いた瞬間、魔力が外へ飛び出そうとした。
慌てて押さえ込む。
だが、止めただけでは流れにならない。
掌に溜まった魔力が行き場を失い、指先から散っていく。
「止めるな。戻せ」
リヴィアの声が飛ぶ。
「もう一度です」
再び、魔力を足へ落とす。
腰、背中、肩、腕。
掌へ届いた魔力を、今度は胸へ戻そうとする。
だが、戻ろうとした魔力と、背中から送り続けている魔力が肩でぶつかった。
流れが乱れ、全身から力が抜ける。
『簡単にはいかないわね』
「ああ」
『あなたはずっと、力を切っ先へ届けることだけを考えてきたもの』
刀を振るうとき、力は足から腰、腕を通って切っ先へ届く。
そこで斬る。
届いた力を、自分の身体へ戻そうと考えたことはなかった。
「だから、今度は戻すことを覚える」
カイウスが、修練場の出口へ向かう。
「俺が連れてこられるのは、ここまでだ」
「カイウスさん」
「四日間で教えられることは教えた。ここから先は、俺が口を出すほど遠回りになる」
「ありがとうございました」
「礼は、流れを繋いでからにしろ」
カイウスは立ち止まり、僅かに振り返る。
「次に会ったとき、同じ場所で魔力を途切れさせていたら殴る」
「分かりました」
「それでいい」
木製の門が閉じる。
修練場に残ったのは、俺とリヴィアだけになった。
「人を見送る余裕があるのか」
「ありません」
「なら、続けろ」
「はい」
呼吸を整える。
もう一度、無属性の魔力を身体の中心へ集める。
刀を失って、拳へ繋ぐことを覚えた。
だが、それもまだ、力を外へ届けるための動きでしかない。
足から腰。
腰から背中。
肩から腕。
掌へ。
そこで終わらせない。
外へ放とうとする魔力を押さえつけるのではなく、胸へ戻る道を探す。
流れは、戻って初めて巡りになる。
俺は目を閉じたまま、何度目かの魔力を足へ落とした。
掌へ届いた力を、今度こそ俺自身の内側へ帰すために。




