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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者:
第四章 墜落する果てなき傲慢
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第43話 天空の裏側

 整備用昇降機が、街の灯りよりも下へ消えていく。

 表示灯は消えたまま。

 動いていることを示す音もなく、細い金属の箱だけが中央島スペルビアの下層へ降り続けていた。


『レグルス。魔力反応が遠ざかっていくわ』


「分かってる」


『追わないの?』


「追いたい。でも、下層には入るなと言われたばかりだ」


 ヴィオラだけではない。

 港ではカサンドラにも、無茶をするなと注意された。

 理由もなく決められた規則ならともかく、今は国全体の浮遊機関に異常が起きている。構造を知らない俺が勝手に入り込めば、何が起こるか分からない。


「まずは報告する。追うのは、それからだ」


『ええ。それがいいでしょうね。契約者と無謀者を同じ意味にされては困るもの』


「誰のせいで無謀者みたいに言われてると思ってるんだ」


『少なくとも、私のせいではないわ』

 即答だった。


 俺は反論を諦め、空中連絡橋のたもとに設置された緊急通信装置へ向かった。

 壁に埋め込まれた魔導板へギルドカードを翳す。

 青い光がカードの表面を走り、数度の呼び出し音が鳴った。


「こちら、ルミナス魔導連合冒険者ギルド中央支部です。所属と現在地をお願いします」


「Dランク冒険者、レグルス・クレハルトです。中央支部の東側第二連絡橋にいます」


「確認しました。どのようなご用件でしょうか」


「使用停止中の整備用昇降機で、下層へ移動する水属性の魔力反応を確認しました。人に近い形をしています」


 通信の向こうで、短い沈黙があった。


「レグルス様ご自身が目視されたのでしょうか」


「いいえ。俺より魔力感知に優れた相棒が捉えています。王都ヴァルエストでも、同じ反応を確認しました」


「……承知しました。現在、下層の保守技師へ確認を取っております。その場でお待ちください」


「分かりました」

 通信が切れる。


 俺は下降していく昇降機へ視線を戻した。

 すでに金属の箱は見えない。


「まだ追えるか?」


『弱くなっているけれど、痕跡は残っています』


「間に合えばいいけどな」


 待つこと数分。

 連絡橋の向こうから、慌ただしい足音が近づいてきた。


「す、すみません! 通ります!」

 人の間を縫うように、一人の少年が走ってくる。


 年齢は俺よりも下に見えた。

 体格は大きくも細くもない。ポケットの多い作業着を身につけ、短く切った赤銅色の髪の上からバンダナを巻いている。

 片手には工具鞄。

 腰には、太い持ち手を折り畳んだような小型の金属器具が差されていた。

 少年は俺の前まで来ると、膝へ手をついて息を整えた。


「み、水属性の反応を報告した方は……あなた、ですか?」


「はい。レグルス・クレハルトです」


「ノア・ヴェインです。浮遊機関の保守を、その……担当してます。しています」

 最後だけ言い直し、ノアは気まずそうに口を閉じた。


「よろしくお願いします、ノアさん」


「は、はい。よろしく、お願いします」

 挨拶を終えると、ノアは工具鞄の横へ取りつけていた薄い魔導板を取り外した。


 指先で表面をなぞる。

 複数の線と数値が浮かび上がった瞬間、それまでのたどたどしさが消えた。


「……本当に出てる。水属性の残留反応。しかも停止中の昇降機に沿って、下層第三十二区画まで移動してる」


「本来は、出ないものなのですか」


「出ません。この辺りの供給路を流れているのは、浮遊機関用に変換された複合魔力です。水属性を単独で通す配管も術式もない」


 魔導板へ向けられた言葉には、迷いがなかった。

 人と話していた時とは別人のようだ。


「随分と若く見えますが、正式な技師なのですね」


「じゅ、十六です。でも、保守技師の資格はちゃんと持っています」


「疑っているわけではありません。説明を聞けば、よく分かります」


「そ、そうですか。なら、よかったです」


「ヴェインということは、カサンドラさんとはご親族でしょうか」


「母です。港で会ったんですか?」

 ノアは即答してから、はっとしたように口元を押さえた。


「ええと……お会いに、なられたんですか?」


「先ほどの事故で、お世話になりました」


「ああ、それなら母さん、まだ港に――じゃなくて、母はまだ港にいると思います」


「無理に敬語を使わなくても大丈夫ですよ」


「でも、初対面の人には、ちゃんと話せって言われてるので……」


「カサンドラさんに?」


「はい。できてませんけど」

 そこで、ノアの魔導板から短い音が鳴った。

 新しい文字列が表面へ浮かび上がる。


「中央ギルドからです。俺の管理下なら、レグルスさんの下層立ち入りを許可するって。ただし、旧第五整備区画より先へは進まないこと。異常があった場合は、すぐ報告」


「それなら、追えます」


「その相棒って、まだ魔力反応を感じられますか?」


「セレス」


『ええ。下へ続いているわ』

 セレスから返る声を確かめる。


「まだ追えます」


「分かりました。じゃあ、行きましょう」

 ノアは工具鞄から細い鍵を取り出し、整備用昇降機の制御盤へ差し込んだ。


                  ◇


 扉が閉まり、昇降機が動き始める。

 俺たちを乗せた箱が、建物の外壁に沿って降下していった。

 初めのうちは、硝子張りの建物や連絡橋が見えていた。

 魔導街灯が灯る街路。

 その間を走る空中魔導列車。

 無数の窓からこぼれる生活の光。

 だが、高度を下げるほど、それらは頭上へ遠ざかっていく。

 代わりに現れたのは、島の岩盤へ沿うように張り巡らされた配管だった。

 人の胴回りほどのものから、家一軒が収まりそうなものまで、太さも形も異なる金属管が幾重にも交差している。


 青、緑、黄。

 管の表面へ刻まれた魔導回路が、それぞれ違う色で脈打っていた。

 さらに下には、巨大な環状機関がある。

 回転するたびに空気が震え、低い唸りが昇降機の床を通して足裏へ伝わってきた。


「あれが、中央島の浮遊機関ですか」


「あれは姿勢を保つ補助機関です。主機はもっと下。岩盤の中心を貫くように組まれてます」


「あれで補助ですか」


「スペルビアは大きいですから。小さい機関じゃ、風が強いだけで島が傾きます」

 ノアは機関の回転音を聞きながら、魔導板の数値を確認している。


 その時だった。

 昇降機の照明が消えた。

 一瞬遅れて、身体が浮く。

 箱が落ちた。


「掴まってください!」

 ノアの声と同時に、昇降機が激しく揺れて停止する。


 俺は壁へ片手をつき、体勢を支えた。

 落下した距離は数メートルほどだろう。それでも、眼下に地面がない場所での落下は心臓に悪い。


「浮遊出力が、また落ちたのですか」


「違います。昇降機側の第二供給路が切れただけです。たぶん、さっきの空震で接続部が緩んだ」

 ノアは床へ工具鞄を置き、迷わず制御盤の蓋を外した。

 暗闇の中へ、魔導板の青い光が差し込む。


「第三回路は生きてる。制動術式も問題なし。第二を切り離して、予備回路へ直接繋げば動く」

 工具を二本取り出し、複雑に絡み合う細い魔導線へ差し込んでいく。

 話し方から、先ほどまでのぎこちなさが完全に消えていた。


「手伝えることはありますか」


「その光ってる線を押さえてください。隣の赤い線には触らないで。魔力が逆流します」


「分かりました」

 指示された線を押さえる。

 ノアは接続部を外し、別の回路へ繋ぎ替えた。

 ぱちり、と青い火花が散り照明が戻った。


「動かない機械は、殴る前に中身を見るんです」


「俺は機械を殴ったことはありません」


「戦う人って、だいたい最後は殴るじゃないですか」


「少なくとも俺は、斬る方です」


「もっと駄目じゃないですか」

 ノアが真顔で返した直後、昇降機が再び動き始めた。


                   ◇


 下層第三十二区画。

 扉が開いた瞬間、熱を含んだ空気が流れ込んできた。

 油と鉄。それに、焦げた魔石の匂い。

 上層とはまったく違う空気だった。

 頭上では無数の配管が絡み合い、壁の向こうから魔導炉の燃焼音が響いている。作業用足場の隙間から下を覗けば、どこまでも暗闇が続いていた。

 遠くには、島の岩盤を囲む巨大な金属環が見える。

 そこから伸びる何本もの鎖が、暗闇の奥へ垂れ下がっていた。


「空の上というより、巨大な工房ですね」


「上の街を動かすものは、だいたいここに集まってますから」


 ノアの後を追い、金属製の通路を進む。

 しばらくすると、配管の間にいくつもの扉が現れ始めた。

 作業場ではない。

 住居だった。

 狭い通路へ洗濯物が干され、開いた窓から食事の匂いが漂っている。小さな食堂では仕事を終えた作業員たちが遅い夕食を取り、外では子供が歯車とボルトを組み合わせた玩具を走らせていた。

 どこも広くはない。

 だが、壁や床は清潔に保たれ、窓辺には小さな鉢植えが置かれている。

 浮遊機関を整備する者と、その家族が暮らす区画なのだろう。


「ノア! 三番棟の給湯器、また止まったぞ!」

 通路の上から、作業着姿の男が声を飛ばした。


「帰りに見るよ! 今は中央からの調査!」


「昨日も帰りにって言ってただろ!」


「昨日のは直した! 今日のは別だろ!」

 ノアが負けじと言い返す。


 先ほどまで敬語に苦戦していた少年と同じ人物とは思えない。


「知り合いとは普通に話せるんですね」


「普通っていうか……敬語って、言葉の順番を考えてるうちに、言いたいことが逃げるんです」


「機械の話になると、随分と滑らかでしたが」


「機械は敬語を間違えても怒らないので」


「そういう問題でしょうか」


「俺にとっては、そういう問題です」

 ノアは少しだけ恥ずかしそうにバンダナの端を直した。


 生活区画を抜けると、再び機械の音が大きくなっていく。


「ノアさんは、どうして技師になったのですか」


「子供の頃、壊れた小型艇を見たんです」

 今でも子供ではないのか、と一瞬思ったが、口には出さなかった。


「墜落して、翼も機関も壊れてた。もう絶対に飛ばないと思ってたのに、技師たちが何日もかけて直して……最後には、また空へ上がったんです」

 ノアは頭上を走る魔導回路を見上げた。


「それから、ずっと知りたかった。どうして鉄の塊が空へ上がるのか。どうすれば、落ちたものをもう一度浮かせられるのか」


 人と話す時の迷いは、そこにはなかった。

 ノアが憧れているのは、誰か一人の技師ではない。

 魔導技術そのものなのだろう。


『レグルス。左の通路です』

 セレスの声が割って入る。


「魔力反応は、左へ進んだようです」


「左って……旧整備区画ですよ。もう使われていないはずなのに」

 ノアが測定器を向ける。

 青い線が、ゆっくりと左側へ傾いた。


「本当に水属性だ。しかも、さっきより強くなってる」


 俺たちは生活区画から離れ、薄暗い通路へ入った。


                    ◇


 進むほど、周囲の景色が変わっていった。

 初めは金属で覆われていた壁から、古びた石が露出し始める。

 魔導回路の光も減り、代わりに壁へ刻まれた細い溝が続いていた。

 溝は配管のように枝分かれし、下へ、さらに下へと伸びている。

 足元から伝わる熱も、いつの間にか消えていた。

 空気は冷たく、湿っている。


「ここは、誰が造ったのですか」


「分かってません」

 ノアは石壁へ手を当てた。


「今使われている浮遊機関が造られるより前から、この石造部分だけはあったそうです。俺たちは古い土台へ新しい機関を繋いで、出力を調整してる」


「つまり、ルミナスの人々が大地を浮かべたわけではない?」


「今の高さまで持ち上げて、安定させたのは俺たちの技術です。でも、最初に浮かせたのが誰かは……記録がありません」


 上層では、魔導技術によって空へ築かれた国だと聞いた。

 それは間違いではないのだろう。

 だが、その礎まで彼らが造ったわけではない。

 現代の技術の下に、正体の分からない古代の何かが埋まっている。

 不意に、遠くから水音が聞こえた。


 一滴。

 また一滴。


 やがて小さな流れとなり、石壁の奥を走っていく。


「水が流れているのですか」


「そんなはずはない。この区画の水路は、ずっと前に閉鎖されています」

 ノアの測定器に表示された数値が跳ね上がる。


『近いわ』

 セレスの声が低くなる。


『この先にいます』


 通路の終わりに、巨大な石扉が現れた。

 高さは俺の三倍以上。

 金属製の補強も、取っ手もない。左右の石壁と一つに繋がり、初めから開くことを想定していないように見える。

 扉の中央には、一人の人影が彫られていた。

 両腕で抱えた大きな水瓶を、ゆっくりと傾けている。

 水瓶から流れ落ちた水は川となり、森を潤し、街を巡り、最後には幾筋もの流れとなって空へ昇っていた。


「こんな場所、整備図面には載ってない……」

 ノアが石扉へ近づく。


「セレス。青い人影は?」


『扉の前にいます』


「俺には見えません」


『ええ。けれど、水瓶へ手を触れています』


 その直後だった。

 ノアの測定器が、甲高い警告音を発した。


「水属性反応、急上昇! 下がってください!」


 俺はノアの肩を掴み、石扉から引き離した。

 浮き彫りの水瓶へ、淡い青色の光が灯る。

 光は刻まれた水の流れに沿って広がり、森を、街を、大地を巡っていく。

 最後の一筋が空へ届いた瞬間、足元から低い振動が突き上げた。

 遠くで、巨大な鎖が軋む。

 浮遊機関の回転音が、一度だけ大きく乱れた。


「また出力が……」

 ノアは測定器を確認し、すぐに通信機を取り出した。


「この区画は、俺の権限じゃ判断できない。統括技師へ連絡します」


 セレスへ触れていた指先が、熱を感じた。

 表紙に刻まれた獅子座の紋章が、内側からわずかに熱を帯びている。


「セレス」


 返事はない。


「この水瓶を、知っているのか?」


 長い沈黙。

 石壁の奥を流れる水音だけが続いている。

 やがて、セレスから静かな声が返ってきた。


『確かめる前に話せば、あなたを間違った場所へ導くことになるわ』


「それでも、何かを知っているんだな」


 再び、沈黙が落ちる。

 そして――


『……今は、何も言えません』

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