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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者:
第三章 砕けぬ門、逆流する水
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第37話 獅子宮第二階層 獅噛破打(レディル・フェリーレ)

 大剣が、俺の鼻先を削り落とすように通り過ぎた。

 巻き上げられた風が頬を打つ。

 半歩でも踏み込みが遅ければ、頭ごと持っていかれていた。


 「――《魔力身体強化・速》」

 脚へ流した魔力に風を重ねる。

 足首から膝、腰へ。

 淡い緑色の魔力が細い帯となって絡みつき、俺の身体を横へ弾いた。


 直後、騎士人形の大剣が石床へ叩きつけられる。

 轟音。

 砕けた石片が頬をかすめた。

 俺は大剣の脇をすり抜け、錆びた刀を騎士人形の脇腹へ走らせる。

 刃が、甲冑の継ぎ目を捉えた。

 けれど、浅い。

 硬質な音とともに刀が弾かれる。

 騎士人形は大剣を床から引き抜く勢いのまま、柄頭を叩き込んできた。


 「くっ――!」

 咄嗟に刀の峰で受けた。

 重い。

 腕だけでは支えきれず、衝撃が右肩まで突き抜ける。

 戦いの合間に、生活魔法で生み出した水を使って洗い、冷やした右肩が、また熱を持ち始めている。


 右手の指先が痺れる。

 柄を握る感覚が、一瞬だけ遠のいた。


 『無理に受けてはいけません。今のあなたの右肩では、次は耐えられません』


 「分かってる……!」

 分かってはいる。

 だが、騎士人形は待ってくれない。

 顔のない兜がこちらを向く。

 兜の奥で、赤い魔力光が細く揺れた。

 第一階層で戦ったものと同じ姿。

 だが、速さも、重さも、比べものにならない。

 こちらの動きに合わせ、攻撃の軌道さえ変えてくる。


 訓練相手。

 そう呼ぶには、あまりにも容赦がなかった。

 騎士人形が踏み込む。

 大剣による横薙ぎ。

 俺は再び風の魔力を脚へ流した。

 緑の魔力の波が足元に散る。

 低く沈み込み、迫る刃の下を潜り抜ける。

 狙うのは胸甲の中央。

 これまでの攻防で装甲の一部が歪み、その奥に黒い金属の楔が露出している。


 『あの楔が全身の魔力路を留めています。砕くことができれば、騎士人形は動きを止めるはずです』


 問題は、どう砕くかだ。

 斬っても届かない。

 突いても胸甲に切っ先を逸らされる。

 ならば。

 俺は胸の奥へ魔力を引き戻した。

 緑色の魔力が消え、身体が一瞬だけ本来の重さを取り戻す。

 そのまま火属性の魔力を全身へ巡らせる。

 掌から火球を生み出すことはできない。

 術式も、火を球体に保つ方法も知らないからだ。

 だが、身体の内側で爆ぜさせることならできる。


 「《魔力身体強化・剛》!」

 全身から赤い魔力の波が迸った。

 筋肉が一斉に収縮する。

 足裏で石床を踏み砕き、その反動を腰から肩へ通す。

 錆びた刀を大上段から振り下ろした。


 けれど――早い。

 刀が楔へ届くより先に、剛の爆発が終わってしまう。

 刀身が胸甲へぶつかったときには、力の大半が抜けていた。

 甲高い音。

 刀は楔の手前で弾かれ、俺の身体が大きく泳ぐ。


 『レグルス、右です!』

 騎士人形の膝が腹へ突き刺さった。


 「がっ……!」

 息が潰れる。

 身体が宙へ浮き、そのまま石床を転がった。

 背中を打ちつけ、肺に残っていた空気まで吐き出す。


 立て。

 頭ではそう命じているのに、腕がすぐには動かない。

 剛を使った両脚が細かく震えていた。

 筋肉の奥が焼けるように痛む。

 発動は一秒にも満たない。

 それでも、何度も繰り返せば身体のほうが先に壊れる。


 騎士人形が歩いてくる。

 大剣の切っ先が床を擦り、耳障りな音を響かせた。


 『剛は、纏い続ける力ではありません』

 セレスの声が、痛みで濁りかけた意識へ届く。


 『速で間合いを奪い、通常の強化で軸を作る。そして剛を使うのは、打撃が届く刹那だけです』


 「刹那だけ……」


 『ええ。今のあなたは、力を出してから刀を当てようとしています。それでは遅い。刀が当たる瞬間に、力を爆ぜさせるのです』


 騎士人形が大剣を振り上げた。

 俺は錆びた刀を杖代わりにして立ち上がる。

 右肩が痛む。

 腹も、背中も、脚も痛い。

 それでも、柄を握る指にはまだ力が残っていた。


 「もう一度だ」

 息を吸う。

 全身へ散っていた魔力を、身体の中心へ集める。

 胸でも腹でもない。

 頭から足元までを貫く、一本の軸。

 そこへ魔力を戻す。

 風にも、火にも染めない。

 騎士人形の大剣が振り下ろされた。


 「《魔力身体強化・速》」

 魔力を風へ変える。

 緑色の魔力の波が脚を走った。


 一歩。

 刃の軌道から身体を外す。


 二歩。

 騎士人形の左側へ回り込む。


 三歩目で風を解いた。


 速さが消える。

 急激に戻った身体の重さを、石床へ沈める。


 大剣が軌道を変えた。

 こちらの移動を読んでいたかのように、横薙ぎへつなげてくる。

 俺は後ろへ跳ばない。

 逆に一歩、騎士人形の懐へ踏み込んだ。

 大剣は強い。

 だが、刃が長いぶん、柄元に近づけば威力は落ちる。

 迫る柄を左腕で受け流し、錆びた刀の鍔を騎士人形の胸甲へ押し当てる。

 右肩が悲鳴を上げた。

 構うものか。


 「そこだ!」

 刀を押し込み、歪んでいた胸甲をさらにずらす。

 金属が軋む。

 奥にあった黒い楔が、完全に露出した。

 騎士人形の腕が動く。

 大剣を捨て、鉄の拳で俺の頭を狙ってきた。

 刀を引き抜きながら身を沈める。

 拳が髪をかすめた。

 俺は再び風を脚へ巡らせ、その脇を駆け抜ける。

 

 緑。

 通常。


 緑。

 通常。


 切り替えるたび、魔力を身体の中心へ戻す。

 混ぜない、焦らない。

 速さは、剛へつなぐための道だ。


 騎士人形が振り返る。

 捨てた大剣を拾い上げ、今度は両手で正眼に構えた。

 胸甲の楔を守る姿勢。

 こちらの狙いに気づいている。


 『次が最後です』

 セレスの声は静かだった。


 『今の身体で剛を繰り返せば、右腕が動かなくなります』


 「ああ」


 『それでも、行くのですね』


 「ここまで来て、やめられるか」

 助言を受けることはできる。

 支えてもらうこともできる。

 けれど、最後に選ぶのは俺だ。


 踏み込むのも。

 刀を振るのも。

 その結果を背負うのも。

 すべて、俺自身だ。


 痛みは消えていない。

 恐怖がないわけでもない。

 それでも、不思議なほど心は静かだった。

 刀を中段へ構える。

 錆びた刀身には、いくつもの刃こぼれが刻まれていた。

 その中央には細い亀裂まで走っている。

 次の一撃で折れてもおかしくない。

 ならば、折れる前に届かせる。

 騎士人形が踏み込んだ、これまでで最も速い。

 大剣の切っ先が、真っ直ぐ胸を狙って伸びてくる。


 俺はその場から動かなかった。

 息を吐く。

 大剣が迫る。

 まだだ。

 切っ先が視界を埋める。

 まだ、早い。


 「――《速》」

 緑色の魔力の波が、足元で一度だけ弾けた。

 身体を半歩、右へ滑らせる。

 大剣が脇腹すれすれを通過した。

 同時に風を解く。

 魔力を中心へ戻す。

 騎士人形の腕が動き、大剣を横へ薙ごうとする。

 だが、その動きより先に懐へ入った。

 俺は左足を深く踏み込み、錆びた刀を大上段へ振りかぶる。

 斬るのではない。

 刃で断とうとすれば、また甲冑に力を逃がされる。

 必要なのは、刀の重さを余さず叩きつけること。

 表面ではなく、その内側へ衝撃を通す。

 右肩の痛みも。

 震える脚も。

 積み重ねてきた何千、何万という素振りも。

 すべてを、この一打へ乗せる。


 騎士人形が大剣を引き戻す。

 俺の刀が振り下ろされる。

 黒い楔まで、あと30センチ。

 まだだ。

 15センチ。

 まだ。

 刀身が楔へ触れる。


 その刹那。


 「《魔力身体強化・剛》!」

 全身を巡っていた魔力が、赤く爆ぜた。

 赤い魔力の波が背中から腕へ流れ、刀身へ突き抜ける。


 足裏、膝、腰、背、肩、腕。

 身体のすべてが一本につながり、衝撃が一点へ集束した。

 視界の端で、赤金の鬣が翻った。

 騎士人形の胸甲に、俺の背後から立ち上がる巨大な獅子が映り込んでいる。

 これまで見た淡い幻影とは違う。

 炎のような赤。

 星明かりのような金。

 獅子は大きく顎を開き、騎士人形の胴を上下から挟み込む。

 振り下ろす錆びた刀が、上顎の牙と重なった。

 石床を踏み締める俺の脚から、もう一つの牙が突き上がる。

 上下の牙が、同時に閉じた。


 「――獅噛破打レディル・フェリーレ

 名前が、自然と口から零れた。

 轟音が響いた。

 錆びた刀は、楔を斬らなかった。

 刀身から流れ込んだ衝撃が楔の内側で爆ぜ、その中心から無数の亀裂を走らせる。


 一瞬の静寂。

 次の瞬間、黒い楔が粉々に砕け散った。

 胸甲が内側から弾ける。

 騎士人形の全身を走っていた赤い魔力光が明滅した。


 一度。


 二度。

 そして、消える。


 大剣が手から滑り落ちた。

 騎士人形は片膝をつき、砕けた胸へ手を添える。

 顔のない兜が、ゆっくりと俺へ向けられた。

 まるで一礼するように頭を垂れ、その巨体が前へ倒れる。

 石床が揺れた。

 同時に、背後に現れていた赤金の獅子も光の粒となって消えていく。

 残ったのは、砕けた甲冑と、荒い俺の呼吸だけだった。


 「勝った……のか」

 錆びた刀を支えにしようとして、膝から力が抜けた。

 その場に片膝をつく。

 右肩だけではない。

 剛を通した腕や背中、脚の奥まで細かく裂けているように痛んだ。


 『ええ。あなたの勝ちです』

 セレスの声が、今度は少しだけ柔らかくなる。


 『速さと力を、ようやく別々のものとして扱えましたね』


 「別々じゃない」

 息を整えながら、倒れた騎士人形を見る。


 「速さで届いて、剛で壊す。二つで、一つだ」


  短い沈黙のあと、セレスが小さく笑った。


 『その答えなら、合格でしょう』


 手の中で、微かな音がした。

 錆びた刀を見る。

 刀身に残っていた厚い錆の一部が、薄い殻のように剥がれ落ちていた。

 その下から現れたのは、まだ指一本分にも満たない細い地金。

 けれど、そこには確かな銀色の輝きがあった。


 「お前も、少しは認めてくれたのか」

 問いかけても、刀は答えない。

 ただ、これまでより僅かに軽くなったような気がした。

 騎士人形の背後で、閉ざされていた石門が動き始める。

 重い石が擦れ合い、第二階層全体が低く震えた。

 開かれた門の向こうには、さらに深い闇が続いている。


 その奥。

 巨大な石の前脚のようなものが、一瞬だけ見えた。

 動いてはいない。

 それでも、闇の中から何かに見られているような感覚が消えない。

 やがて、頭の内側へ無機質な声が響いた。


 《獅子宮第二階層の試練を達成しました》

 《基本行為・叩くが規定値に到達しました》

 《派生技・叩く――獅噛破打レディル・フェリーレを獲得しました》

 《魔力身体強化が中級へ到達しました》

 《変化形――《速》《剛》を獲得しました》

  一度、声が途切れる。


 その直後。

 これまでとは異なる、低く重い響きが頭の奥へ刻まれた。


 《称号【ネメアの獅子】に、新たな付随特性が刻まれました》

 《付随特性――《孤高の獅子》を獲得しました》


 目の前に、淡い光の板が開く。

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 レグルス・クレハルト

 黄道十二宮契約者 獅子宮適合者

 レベル18

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 固有能力

 【未踏領域】いずれ人の世を外れる存在と為る

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 称号

【ネメアの獅子】

付随特性

《獅子の誇り》

・身体最適化効率上昇・恐怖耐性上昇・威圧耐性上昇

《孤高の獅子》

・幻覚、認識阻害、精神干渉、孤立への耐性

 孤立状態が長期化するほど精神安定性上昇

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 契約:獅子宮第二階層踏破

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 基本行為

 ・斬る Lv7・突く Lv6・叩く Lv6・弾く Lv5

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 派生技

 斬る《袈裟吼絶》(ルギトゥス・カエスーラ)【???】

 突く《獅牙突》(レオニス・イクトゥス)

 叩く《獅噛破打》(レディル・フェリーレ)

 弾く【???】

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 身体操作

 魔力感知 初級

 魔力操作(魔力身体強化) 中級 変化形・《速》・《剛》

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 属性

 ・風属性 ・火属性 

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 習得魔法

 生活魔法 下級

 風魔法初級 纏風舞踏【ヴェンティトゥム】

 風魔法初級 風刃【ウェントゥス・ラミナ】

 火魔法 ???

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 秘奥義

 壱之太刀・試・獅吼・一閃(風):未完成。身体能力不足により出力制限。

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努力蓄積:30,248

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