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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者:
第三章 砕けぬ門、逆流する水
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第36話 獅子宮第二階層 魔力身体強化(剛)

 騎士人形の間合いへ踏み込む、その直前。

 俺は錆びた刀から片手を離し、掌を上へ向けた。

 掌の中心へ魔力を集める。

 生活魔法で水を生み出したときと同じように、今度は火を思い描いた。


 熱。

 燃焼。

 そして、爆発。


 集めた魔力へ火の属性を重ねると、掌の上に赤い光が生まれた。

 光は小さく揺らめき、火花を散らす。

 俺はそれを球体へ押し固めようとした。


 「火球よ」

 掌の上で、赤い光が一瞬だけ膨らむ。


 だが、球体になる前に形を崩した。

 僅かな炎が指先を舐め、火の粉となって消えていく。

 騎士人形まで届くどころか、掌から離すことすらできなかった。


 「……駄目か」


 『当然よ』

 セレスが呆れたように息を吐く。


 『風刃のときとは違います。あれは、あなたが知っている“斬る”を風属性で再現し、私が術式の構築を補助したから形になったのです』


 「なら、火球も補助できないのか?」


 『私は、あなたが掴んだ形を整えることはできます。ですが、何もないところから理解そのものを与えることはできません』

 セレスは、消えた火の粉へ視線を落とした。


 『火を球体へ留め、圧縮し、安定させたまま放つ。火の属性を持っていることと、火球を魔法として使えることは別よ。あなたは火球を作る術式も、放つための制御も知らないのでしょう?』


 「水は出せた」


 『あれは生活魔法として形が決まっていたからよ。属性だけを集めても、それだけでは魔法にならない わ』


 掌に残っていた熱が消えていく。

 火球として外へ放つことはできない。 

 だが、火の力そのものが消えたわけではない。

 形にできないなら、無理に形を作る必要はない。


 「なら、火球は諦める」


 『珍しく聞き分けがいいわね』


 「火を放つのはな」

 俺は再び、錆びた刀を両手で握った。


 「火の爆発力だけ、身体強化へ借りる」


 斬れないなら、砕く。

 そう決めて、騎士人形の間合いへ踏み込んだ。

 黒鉄の大剣が、頭上から落ちてくる。

 俺は魔力身体強化を発動し、さらに両脚へ火の魔力を重ねた。


 爆ぜろ。

 踏み込んだ足が石床を蹴る。

 今までとは比べものにならない力で、身体が前へ押し出された。


 だが――速すぎた。


 脚だけが先に進み、腰も肩もついてこない。

 重い刀が、俺の身体を後ろへ引っ張った。


 「くっ……!」

 崩れた体勢のまま刀を持ち上げる。


 直後、黒鉄の大剣が叩きつけられた。

 刃と刃がぶつかる。

 甲高い音ではない、鉄塊を叩きつけられたような、鈍い衝撃だった。

 両腕が痺れ、治まっていた右肩の痛みが蘇る。

 俺は押し負け、そのまま石床を転がった。


 『レグルス!』 

 セレスの声が飛ぶ。


 「大丈夫だ」

 そう答えながら立ち上がる。


 生活魔法で冷やした右肩には、まだ僅かに冷気が残っている。

 傷が治ったわけではない、無理に使えば、また腫れ上がるだろう。


 騎士人形は追ってこなかった。

 俺が間合いの外へ出ると、中央へ戻り、大剣を下段に構える。

 やはりこいつは、侵入者を仕留めるためだけの人形ではない。

 決められた間合いに入った相手へ、決められた型で攻撃する。

 訓練相手としては、これ以上ないほど都合がよかった。


 『今の、火を脚へ集中させたの?』


 「ああ」


 『力は出ていたわ。でも、上半身が置いていかれていた』


 「分かってる」


 火の爆発力を使えば、力は増す。

 考え方そのものは間違っていない。

 問題は、その力が一か所にしか生まれていないことだ。

 脚だけを強くしても、刀は振れない。

 刀を振るには脚、腰、背中、肩、腕。

 全ての力をつなげる必要がある。

 俺は再び、騎士人形の間合いへ入った。


 大剣が持ち上がる。

 今度は、火属性の魔力を順番に流す。


 脚。腰。背中。肩。腕。

 身体の内側で、小さな爆発が連続して起きた。

 踏み込みは先ほどより安定している。

 腰も回った。

 遅れて肩が動き、錆びた刀が横薙ぎに走る。

 騎士人形が黒鉄の大剣で受け止めた。

 重い衝撃が返ってくる。

 

 だが、今度は押し負けなかった。

 俺はそのまま力を込め、黒鉄の大剣を押し返す。

 空いた脇腹へ、錆びた刃を叩き込んだ。

 鈍い音とともに、黒い鎧が僅かにへこむ。


 浅い。

 これでは足りない。

 火を流す順番を意識しすぎたせいで、それぞれの力に僅かなずれが生まれている。

 脚で生み出した力が腰へ届く前に弱まり、腰の力が肩へ届く前に途切れる。

 点を並べているだけだ、一本につながっていない。


 騎士人形の大剣が振り戻される。

 俺は魔力身体強化へ風属性を重ねた。

 身体が急激に軽くなる。

 迫る刃の下を潜り、間合いの外へ抜けた。


 以前は意識していなかった。

 魔力身体強化を使えば、速く動ける。

 それだけだと思っていた。

 だが今なら分かる。

 俺はずっと、無意識に風属性を混ぜていた。

 身体を前へ運び、動きを加速させる風。

 それを意識して扱うようになったことで生まれたのが、身体強化の《速》だ。


 「身体強化って、普通はみんな属性を混ぜるのか?」

 俺が尋ねると、セレスは小さく首を横に振った。


 『いいえ。普通の魔力身体強化は、魔力を全身へ行き渡らせて、筋力や反応をまとめて底上げするものよ。騎士も冒険者も、魔導士も基本は同じ。属性を重ねて使い分けたりはしないわ』


 「できないのか?」


 『できないと思っている、というほうが近いわね。そもそも身体強化へ属性を重ねようとする人が、ほとんどいないもの』


 セレスは俺の脚から、握っている錆びた刀へ視線を移した。


 『あなたは風属性を無意識に混ぜたまま、魔力身体強化を使い続けていた。だから、速さに特化した形へ変化したのでしょうね』


 「なら今は、風属性を火属性に替えようとしている」


 『ええ。魔力身体強化そのものを、目的に合わせて組み替えようとしているのよ』


 「前例は?」


 『少なくとも、私は知らないわ』


 その答えに、思わず口元が緩んだ。


 「面白いじゃないか」


 『身体を壊さなければ、ね』

 セレスが右肩を見る。

 俺も同じ場所へ意識を向けた。

 先ほどより熱を持ち始めている。

 火を重ねるたび、筋肉の内側から炙られているようだった。

 今のやり方を続ければ、騎士人形を壊す前に俺の身体が壊れる。


 火属性の力が足りないのではない。

 使い方が違う。

 俺は騎士人形へ目を向けた。

 脇腹につけたへこみは、すでに消えかけている。

 石床から吸い上げられた魔力が、騎士人形の足を通って右胸へ集まっていた。


 そこから肩へ、腕へ、腰へ、脚へ。

 全身へ行き渡った魔力は、再び右胸へ戻っていく。

 傷を直すときだけではない。

 騎士人形の魔力は、常に身体の中を巡っている。

 核を中心に、途切れることなく。


 「こいつは、使うたびに送り出してるんじゃない」


 『え?』


 「魔力を巡らせてる。余った魔力を捨てずに、身体の中へ戻しているんだ」

 俺の使い方は逆だった。

 速く動くなら脚。 

 刀を振るなら腕。

 必要な場所へ、その都度魔力を送り込んでいた。

 一方通行だ。

 だから途中で力が失われる。

 火属性を点々と爆発させても、全身の力にはならない。

 必要なのは順番ではない、循環だ。

 俺は刀の切っ先を石床へ下ろし、両目を閉じた。

 まず、火属性を消す。その瞬間刀の重たさが増す。

 風属性も混ぜない。

 何の属性も重ねていない魔力だけを、臍の少し下へ集める。

 なぜそこなのかは分からない。

 だが胸や頭へ集めるよりも、身体の中心が安定するように感じた。

 集めた魔力を、背骨に沿って上へ流す。


 背中。


 肩。


 両腕。


 そこから胸を通し、再び腹へ戻す。


 同時に、腰から両脚へ流す。

 腿から膝。

 脛を通り、足裏へ。

 足裏まで届いた魔力を、脚の内側から腹へ返す。

 送り込むのではない。

 途切れさせず、巡らせる。

 最初の循環は、右肩で止まった。

 痛みのある場所へ無理に魔力を押し込んだせいだ。

 流れが詰まり、肩の内側が熱を持つ。

 一度消し、やり直す。

 今度は右肩を通る魔力を細くした。

 足りない分は胸と背中へ逃がし、止めずに戻す。

 二度目は、脚の途中で乱れた。

 三度目は、呼吸と魔力の流れが合わなかった。

 それでも繰り返す。

 吸う息に合わせ、腹へ集める。吐く息に合わせ、全身へ巡らせる。

 

 何度目かの呼吸で、魔力が一周した。

 脚も。


 腰も。


 背中も。


 肩も。


 腕も。


 別々に存在していた身体が、一本の軸でつながったような感覚があった。

 俺は目を開け、刀を持ち上げる。


 重い、だが先ほどまでとは違う。

 刀の重さを、腕だけで支えていない。

 足裏から脚、腰、背中を通り、全身で受け止めている。

 これならいける。

 循環させた魔力へ、火属性を重ねた。

 瞬間、全身が熱を帯びる。

 筋肉が膨れ上がり、刀が僅かに持ち上がった。

 

 だが、すぐに腕が震え始める。

 右肩の冷気が消え、焼けるような痛みへ変わった。


 『レグルス、火属性を消して!』

 セレスの声に従い、すぐに火の魔力を切る。

 力が抜け、刀の切っ先が石床へ落ちた。


 『ずっと火を巡らせるのは無理よ。身体強化で耐えられたとしても、筋肉のほうが先に壊れるわ』


 「ああ。俺も今、分かった」


 火属性を巡らせ続ける必要はない。

 重い刀を構える間は、通常の魔力身体強化でいい。

 火属性が必要なのは、力を生み出す瞬間だけだ。


 踏み込む瞬間。


 受け止める瞬間。


 刀を振り抜く瞬間。

 その一瞬だけ、循環する魔力へ火を重ねる。


 全身を燃やすのではない。

 身体の中心を巡る魔力へ、火を走らせる。

 俺は呼吸を整え、騎士人形の間合いへ入った。

 黒鉄の大剣が持ち上がる。

 今度は動かない。

 足裏で石床を捉え、魔力を全身へ巡らせる。


 腹を中心に。


 背骨を軸に。


 脚から腰、背中、肩、腕へ。


 全てを一つにつなげる。


 騎士人形が踏み込んだ。

 黒鉄の大剣が、斜め上から振り下ろされる。

 迫る刃を見据え、俺は刀を持ち上げた。


 まだだ。

 騎士人形の刃が届く重さが乗り切る、その直前。

 

 今だ。

 循環する魔力へ、火属性を重ねる。

 それは炎ではなかった、全身を焼く熱でもない。

 身体の中心で生まれた一つの衝撃が、足裏から背骨を駆け上がり、両腕まで一気に突き抜ける。


 その瞬間、俺の全身から赤い魔力波が流れ出した。

 赤い波は炎のように揺らめきながら身体の輪郭を走り、足元から肩、両腕へ一息に駆け上がる。

 視界の端へ赤い残光を残し、次の瞬間には消えていた。

 筋肉が、通常の身体強化を越えて収縮する。


 ほんの一瞬だけ。

 俺の全身から、爆発的な力が生まれた。

 錆びた刀と黒鉄の大剣が衝突する。

 轟音が広間を揺らした。

 今度は押し負けない。

 俺の刀が、騎士人形の大剣を上へ弾き飛ばした。


 火属性を切る。

 刀の重さが戻ってくる。

 だが、身体の中心を巡る魔力は止めない。


 一呼吸。

 全身のつながりを保ったまま、腰を落とす。


 体勢を崩した騎士人形の胸が開く。

 俺は石床を蹴った。

 もう一度。

 必要な瞬間だけ、火属性を重ねる。

 再び、赤い魔力波が全身から流れ出す。

 身体を包むように一度だけ脈打ち、すぐに消えた。


 脚が石床を押す。

 腰が回る。

 背中が引かれ、肩から腕へ力が伝わる。

 今度は、どこにも途切れはなかった。

 錆びた刃が、騎士人形の胸部へ叩き込まれる。


 黒い鎧が大きくへこみ、騎士人形の身体が後方へ吹き飛んだ。

 

 二歩。

 

 三歩。


 黒鉄の足が石床を削り、騎士人形が片膝をつく。

 俺は刀を振り抜いた姿勢のまま、息を吐いた。


 右肩は痛む。

 両腕にも疲労が残っている、それでも、先ほどのような焼ける痛みはない。

 火属性を重ねていたのは、ほんの一瞬だけだ。


 『今の、見えた?』

 セレスが目を見開いている。


 「何がだ?」


 『赤い魔力よ。波みたいに、あなたの全身から流れ出していたわ』


 自分でも視界の端には捉えていた。

 だが、あれが外からも見えていたらしい。


 「火を流し続けたんじゃない」

 俺は刀を引き戻した。


 「魔力身体強化を全身へ巡らせたまま、力が必要な一瞬だけ火を重ねた」


 『それで、通常の身体強化以上に筋力を引き上げたのね』


 「ああ。ただ筋肉を強くするだけじゃない。踏み込みから刀身まで、全身の出力を一つにつないで、一瞬だけ跳ね上げる」


 『長くは使えないわね』


 「使わない。保たせれば、身体が先に壊れる」


 騎士人形の右胸が、赤く明滅する。

 石床から魔力が吸い上げられ、へこんだ胸部がゆっくりと元へ戻り始めた。

 まだ倒せてはいない。

 騎士人形は大剣を支えに立ち上がり、再び構えを取る。

 俺も錆びた刀を構え直した。

 火属性を纏い続ける強化ではない。

 身体の中心へ魔力を巡らせ、必要な一瞬だけ火属性を重ねる。

 通常の身体強化を越えて、筋力と全身の出力を爆発的に引き上げる瞬間強化。

 発動と同時に流れ出す、赤い魔力波。


 魔力身体強化――《剛》。


 俺はようやく、力を振るうための一瞬を掴んだ。


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