第3話 最初の敵
――ギャギャッ!
耳障りな叫び声が地下空間に響いた。
薄暗い遺跡の通路。
崩落によって地底へ落ちたレグルスは、反射的に腰を落とした。
数十メートル先。
緑色の皮膚。
醜く歪んだ顔。
黄色い目。
手には錆びた短剣。
冒険者なら誰もが知る最低級魔物。
ゴブリンだった。
「……本物かよ」
喉が渇く。
実際に対峙してみると想像以上に生々しい姿…
獣のような臭気。
唾液を垂らしながらこちらを見据える目。
生き物としての殺意。
すべてが現実だった。
――ギャアッ!
ゴブリンが突進する。
レグルスは慌てて剣を構えた。
訓練用として毎日振り続けてきた打刀。
今まで何万回も振ったが、それでも実戦は初めてだ。
怖い。
足が震える。
逃げ出したい。
だが――。
『警告』
『敵性個体接近』
『肉体最適化を実行』
頭の中で声が響く。
同時に世界が変わった。
ゴブリンの動きが見える。
いや、今まで見えていなかったものが見えるようになった。
踏み込み。
重心。
肩の動き。
刃の軌道。
まるで答えを教えられているようだった。
「右から来る――!」
ゴブリンの短剣が振り下ろされる。
レグルスは半歩だけ身体をずらした。
刃が鼻先を掠める。
避けられた。
今の自分なら避けられる。
その瞬間だった。
身体が自然に動く。
無理やりではない。
力任せでもない。
まるで昔から知っていた動作を思い出したように。
刀を振る。
横薙ぎ。
最短、最適、一閃。
ゴブリンの首元を刃が通過した。
――ギッ?
短い悲鳴。
次の瞬間、首から鮮血が噴き出した。
ゴブリンの身体が崩れ落ちる。
静寂。
レグルスはその場で固まった。
「……勝った?」
信じられなかった。
強くなった実感はない。
筋力が爆発的に増えたわけでもない。
だが。
動きに無駄がなかった。
今まで訓練で積み上げてきたものを、百パーセント使えた感覚。
『黄道十二宮システム』
『適正評価完了』
『剣士適正:A』
『努力蓄積値を確認』
『保有経験を戦闘技術へ変換』
ユウトは息を呑んだ。
「努力……蓄積?」
毎日剣を振ったことか。
誰にも評価されなかった時間。
才能がないと笑われた日々。
そのすべてが。
無駄ではなかった。
『継続行為を確認』
『蓄積率:非常に高い』
『称号取得』
『ネメアの獅子』
光る文字が消える。
ユウトの胸が熱くなった。
誰も認めてくれなかった。
それでも振り続けた。
雨の日も、雪の日も、怪我をしても。
ずっと
だからこそ今がある。
「……そうか」
自然と笑みが浮かぶ
その直後
奥の闇から新たな声が響いた。
――ギャアアア!
――ギィッ!
――ギャギャッ!
一体ではなかった。
二体、三体、五体
次々と現れる緑色の影。
ゴブリンの群れ。
レグルスの表情が引き締まる
普通なら逃げるしかない数だ。
だが
不思議と恐怖は薄れていた。
刀を握る
身体に馴染む。
システムが言った。
努力は蓄積されていると
ならば、試してみよう。
自分が積み上げてきたものを。
「来い」
静かな声で告げる。
切先を下げる
正眼。
毎日何千回も繰り返した構え。
ゴブリンたちが一斉に飛び掛かってきた。
その瞬間。
レグルスは前へ踏み出した。
星すら斬るための最初の一歩を。




