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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者:
第二章 王都、暗躍する影
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23/29

第23話 魔導列車と王都ヴァルエスト 後編

セレスのセリフを「」から『』に変更しました

夜の王都は、美しかった。

白い石造りの建物。遠くに見える王城と思われる建物。街路に並ぶ魔導灯の光。

それらは夜の闇に滲み、まるで地上に星を落としたように輝いている。


王都ヴァルエスト。

大陸西方に名を轟かせる、ヴァルエスト王国の心臓。

昼は商人と貴族と冒険者で賑わい、夜は酒場と劇場と魔導灯の光で眠らない都。


だが。

その光が届かない場所もある。

建物と建物の間。

表通りから一本外れた細い路地。

湿った石壁。

雨の名残を含んだ冷たい空気。

踏みしめるたびに、石畳が小さく鳴る。


レグルスは、ゆっくりと息を吐いた。


「……王都っていうのは、歓迎の仕方がずいぶん洒落てるな」


『皮肉を言っている場合ではありません』

腰に装着されたセレスの声が、低く響いた。


『右前方に二人。左の屋根に一人。背後にも一人います』


「四人か」


『少なくとも、です』


「最悪だな」


『はい。ですが、想定よりはましです』


「それ、慰めになってないぞ」

軽口を返しながらも、レグルスの右手はすでに刀の柄に添えられていた。

まだ抜かない。


指先で柄巻きの感触を確かめる。

心臓が速い、喉が渇く、だが、足は震えていなかった。

それが少しだけ、不思議だった。

森でゴブリンと戦った時とは違う。

獅子宮で訓練していた時とも違う。


今、目の前にいるのは人間だ。

意思がある、殺意がある。

こちらを見て、考えて、殺しに来る。

前方の男が、一歩踏み出した。


灰色の外套。

顔の下半分を布で覆っている。

右手には短剣、もう一人は細身の剣を抜いていた。

屋根の上の影は、弓を構えている。


「荷物を置いていけ」

短剣の男が言った。


声に熱はない。

奪うことに慣れている声だった。

だが、ただの盗賊にしては、動きに無駄がない。


「悪いな。旅荷物に大したものは入ってない」


「なら、その腰にある本を置け」


レグルスの指が、ぴくりと止まった。


セレス。

狙いは金でも刀でもない、腰にある、この本だ。


「……へえ」

レグルスは軽く笑った。


「王都の追い剥ぎは読書家なのか」


「渡せ」


「嫌だね」


次の瞬間。

屋根の上から矢が放たれた。

風を裂く音。

レグルスは左足を半歩引いた、矢が頬の横を抜け、背後の壁に突き刺さる。

完全には避けきれなかった。


頬に浅い痛みが走る。

遅れて、血が一筋流れた。


『正面!』

セレスの声と同時に、短剣の男が踏み込んできた。


低い。速い。刃が腹を狙って滑り込む。


レグルスは刀を抜いた。

銀の線が、夜の路地に走る。

だが、斬らない、刃を立てず、刀身の腹を短剣の軌道に置く。


金属音が弾けた。

弾く。

正面から受け止めない。

力を逃がす。

角度をずらす。

相手の刃を、こちらの間合いの外へ追い出す。

獅子宮で、何度も繰り返した動きだった。

相手は、全身をプレートアーマーで覆った鎧。

刃は通らない、斬っても意味がないし叩いても響かない。

ならば。

鎧の攻撃を弾き、姿勢を崩す。関節の隙間へ突きを通す。

それしかなかった。

何度も吹き飛ばされた、何度も膝をついた。

指が痺れ、腕が上がらなくなっても、セレスは淡々と言った。


もう一度、と。

その積み重ねが、今、手の中にある。


「ぐっ……!」

短剣の男の腕が流れる。


レグルスは一歩踏み込み、柄頭を男の胸へ叩き込んだ。

男が息を詰まらせる。

だが、倒れない。

横から細身の剣が迫り、少し肩口を斬られた。


レグルスは体の奥にある魔力を意識した。

熱ではないし血でもない。

もっと身体の深い場所を流れる、見えない力。

それを足へ。腰へ。肩へ。

全身に薄く通す。魔力による身体強化。

瞬間、世界の輪郭が少しだけ鮮明になった。


相手の肩の揺れ。

剣の軌道、踏み込みの癖。


見える。

レグルスは刀を返し、細身の剣を弾いた。


一度目より軽い、相手の剣が外へ流れる。

空いた肩口へ、切っ先を置く。

突く。

深くは刺さない。

殺すためではない止めるための突き。

刀の切っ先が外套を裂き、男の肩を浅く穿った。


「がっ!」

男が後退する。


追わない、追えば、屋根の弓に撃たれる。

そう思った瞬間。

二本目の矢が飛んできた。


『上です!』


「分かってる!」

レグルスは刀を振り上げる。

斬るのではない矢の軌道に刀身を置き、角度をつける。

キン、と軽い音がした。

矢が逸れ、石畳に跳ねる。

指が痺れた。

矢を弾くのは、鎧の剣を弾くのとは違う。

軽い、速い、けれどできた。

レグルスの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「……無駄じゃなかったな」

獅子宮での時間。

鎧を相手に、斬れないことを叩き込まれた日々。

その代わりに磨いた、弾く技。

隙間を狙い続けた、突く技。

その全部が、今、命を繋いでいる。


短剣の男が舌打ちした。

「聞いていた話と違うぞ」


「魔術師ではない。だが、魔法による強化を使う」


「本を奪え。本人は殺しても構わん」


レグルスの目が細くなる。

やはり、狙いはセレス、だが妙だった。

こいつらはセレスが何なのかを理解していない。

ただ、命令されたから奪おうとしている。


『レグルス。彼らは契約者について知っているわけではなさそうです』


「ああ。誰かに使われてる」


『その誰かが問題です』


「だろうな」

背後の気配が動く。

レグルスは振り返らなかった。

右足を軸に体を沈める。

背中を狙った刃が、髪の上を通り抜けた。

低い姿勢のまま、鞘を後ろへ突き出す。


鈍い音。

鞘尻が、背後の男の膝に入った。


「ぐあっ!」

男の膝が崩れる。

レグルスは振り向きざま、刀の棟を男の手首に叩き込んだ。

短剣が石畳に落ちる。

殺さない。だが、戦えなくする。

それが今のレグルスにできる線だった。


正面の二人が同時に動く。

上から矢、前から剣、右から短剣。

逃げ場は狭い、普通なら詰みだ。

だが、レグルスは息を吸った。

風を感じる路地を抜ける細い空気の流れ。

壁に当たり、曲がり、足元を撫でる冷たい風。

魔力をそこへ混ぜる。


獅子宮で覚えた、風系補助魔法。


 纏風舞踏。


 ウインドステップ。


纏風舞踏(ウインドステップ)

足元に風が巻いた。

暴風ではない。

敵を吹き飛ばす力でもない。

ただ、足運びを軽くする風。

踏み込みを鋭くし、重心移動を滑らかにし、次の一歩へ体を押し出す補助魔法。


レグルスは踏み込んだ。

魔力で強化した脚、風に支えられた足運び。

体が、いつもより半歩だけ先へ届く。

短剣を弾き上げる、肘を腹に入れる、呼吸を奪う。

横から来る剣を、刀身で滑らせる。

弾く。

外す。

崩す。

そして、切っ先を相手の喉元寸前で止めた。

突き。

刃は触れていない、だが、男は止まった。

一歩でも動けば貫かれる。

男の本能が、それを理解したのだ。


「動くな」

レグルスの声は低かった。

自分でも少し驚くほど、冷えていた。

残るは、屋根の弓兵。

弓兵はすでに移動を始めていた、屋根伝いに逃げるつもりだ。

距離がある。

刀では届かない。

レグルスは屋根を見上げ、歯を噛んだ。


「くそ、届かない……!」


『届かせる必要はありません』


「は?」


『足場を崩してください』

セレスの声は落ち着いていた。


風刃(ウインドカッター)です』


レグルスは一瞬だけ眉をひそめた。

だが、すぐに理解する。

風刃は、敵を斬るためだけの魔法ではない。

戦場を動かすためにも使える。

レグルスは刀を左手に寄せ、右拳を握った。

魔力を集める、拳の中で風が唸る。

指の隙間から、細い風が漏れた。

弓兵が屋根の上を駆ける。

その足元の古い瓦、雨で脆くなった縁。

そこを狙う。

レグルスは掌を屋根へ向ける。


風刃(ウインドカッター)!」

掌から、薄い風の刃が放たれた。

鋭い音が路地に走る、風刃は弓兵の体ではなく、その足元の瓦を斬った。

バキン、と乾いた音。

瓦が割れ屋根の縁が砕ける。

足場が崩れた。


「なっ……!」

弓兵の体勢が大きく乱れる。

片膝が沈み、弓を構え直せない。


今だ。

レグルスは足元に風を集めた。


纏風舞踏(ウインドステップ)

さらに身体強化。

脚に魔力を通し石畳を蹴った。


一歩。

壁を蹴る。

二歩。

風が足裏を押す。

三歩。

体が浮く。


屋根の縁が近づく。

レグルスは瓦の端を掴み、そのまま体を引き上げた。

だが、登るだけではない。

弓兵の視線がこちらへ向き、短剣を抜こうとしている。


遅い。

レグルスは屋根の上で、低く構えた。


刀を脇に引く。

切っ先を前へ。

突きの構え。

身体強化。

纏風舞踏(ウインドステップ)

そして、崩れた屋根の傾斜。

すべてを、一点に乗せる。


獅子宮で、鎧の隙間へ突きを通し続けた。

ただの突きでは足りない。いまの戦闘で頭の中で閃いたもの

速く。鋭く。

獅子の牙のように、相手の守りを穿つ一撃。

レグルスの足が、屋根を蹴った。

風が背中を押す。

体が急降下する。

切っ先が、夜を裂く。


「獅牙突ッ!」


刀が走った。

弓兵の肩口。

そこを、正確に貫く。


「がああっ!」

弓兵の悲鳴が夜に弾けた。

刀は肩付近を貫き、命の中心は外している。

だが、弓を引く腕は完全に潰れた。

弓兵の体が瓦の上に倒れる。

レグルスは着地の勢いを殺しきれず、片膝をついた。

肩で息をする。

右腕が痺れているし足も重い。


獅牙突。

決まった。


『威力は十分です』

セレスが言った。


『ですが、着地が雑です。姿勢も崩れました』


「……やっぱり見抜くか」


『当然です』


「今くらい褒めろよ」


『生きているので褒めています』


「それ褒めてるのか?」


『はい』


レグルスは苦笑し、弓兵の背に膝を乗せる。

刀の切っ先を首筋へ向けた。


「誰に頼まれた」


「し、知らない……!」


「知らないで本を奪いに来たのか」


「依頼だ。顔も見ていない。金は前払い。指示は紙で来た」


「紙は?」


「燃やした。そういう決まりだ」


嘘ではなさそうだった。

やはり、末端、本当の敵は姿を見せていない。


『レグルス、下です』

セレスの声に、レグルスは路地へ視線を落とす。

倒したはずの短剣の男が、何かを握っていた。


小さな黒い石。

魔道具か。

男がそれを砕こうとする。

嫌な予感がした。


「まずい!」

レグルスは屋根から飛び降りる。

纏風舞踏(ウインドステップ)の風を足元に集め、落下の衝撃を殺す。

だが、間に合わない。

黒い石が砕けた。


瞬間。

路地に黒い煙が広がった。


「くそっ!」

視界が消える。

鼻を刺す苦い匂いでも毒ではない、目くらましだ。

煙の中で、人の気配が薄れていく。


足音が複数。

逃げる気だ。


『追うべきではありません。罠の可能性があります』


「分かってる!」

苛立ちを飲み込む。


レグルスは掌に風を集めた。

 風刃(ウインドカッター)ではない。

 纏風舞踏(ウインドステップ)の応用。

風を広げ、煙を押し流す。

やがて視界が戻った。

路地に残っていたのは、落ちた短剣。

壁に刺さった矢。

砕けた黒い石の粉。

そして、屋根の上から落ちた瓦の破片だけ。

襲撃者たちは、消えていた。

完全に逃げられた。


レグルスは肩を押さえる。先程の戦闘で少し斬られ服の下で血が滲んでいる。

深くはない。

だが、痛む。


『無事ですか』


「無事って言える範囲だな。たぶん」


『見せてください』


「本にどう見せるんだよ」


『あなたが見て、私に説明してください』


「結局俺じゃないか」


『合理的です』


「便利な言葉だな、それ」

軽口を返しながらも、レグルスの表情は晴れない。


「あいつら、明らかにお前を狙ってた」


『そのようですね』


「でも、契約者とか獅子宮のことを知ってる感じじゃなかった」


『ええ。命令の内容だけを与えられていたのでしょう』


「じゃあ、その命令を出したやつがいる」


『そして、その者は少なくとも、私が普通の本ではないと知っている』

夜風が吹いた。

王都の空は広いはずなのに、路地から見上げる星は細い。

レグルスは刀を納めた。

鞘に刃が収まる音が、やけに大きく聞こえた。


「王都に来て早々これか」


『歓迎としては、あまり上品ではありませんね』


「ベルグラードの酒場の方がまだましだ」


『あちらは椅子が飛んできますが』


「王都は矢が飛んでくる。どっちもどっちだな」

軽口を叩いた。


けれど、胸の奥は重かった。

誰かが自分たちを見ている。

セレスを狙っている。

そして、まだ姿を見せていない。

その事実だけが、夜の冷たさよりも深く肌に残った。


     ◇


同じ頃。

王都ヴァレンシュタインの北区。

王立魔術学園。

昼間は貴族の子女や優秀な平民魔術師たちで賑わう学園も、夜になると別の顔を見せる。

白い石造りの校舎。

尖塔。

月光を受ける硝子窓。

整えられた庭園。

その奥にある研究棟だけが、まだ青白い魔導灯を灯していた。

最上階。

一人の女が、机の前に立っていた。

年の頃は、二十を少し越えたほど。

背は高く、細身、無駄を削ぎ落とした刃のような線を持っている。

長い銀灰色の髪を背に流し、眼鏡の奥薄い青色の瞳で、机上の小さな水晶を見つめていた。

水晶の中には、煙に包まれた路地の映像がぼんやりと映っている。

やがて映像は乱れ、消えた。

女は細い指で水晶に触れる。


「失敗、ですか」

声は柔らかい。

だが、温度がない。

机の上には、いくつもの書類が整然と並んでいた。

王立魔術学園、臨時講師採用記録。

魔力適性調査表。

王都入城者の名簿。

その中に、一枚の紙がある。


レグルス・クレハルト。


ベルグラードより王都へ入城。

腰に装着された不明な書物を所持。

女はその名をなぞった。


「レグルス・クレハルト。四名家の端。剣才なし。刀術適性、低。魔力量、平凡」

淡々と読み上げる。

そして、わずかに笑った。


「記録とは、いつも遅れているものですね」


窓の外では、王都の灯りが星のように広がっている。

女は羽根ペンを取った。

新しい紙に、短く記す。

対象、要観察。

書物の奪取は急がない。

契約反応の有無を確認。

女の指先が止まる。

しばらく考えたあと、最後に一文を書き加えた。

姉との接触時、反応を観測。


「さて」

女はペンを置いた。


「獅子は、どこまで牙を隠せるのでしょう」

その呟きは、誰にも聞かれず研究室の闇へ沈んだ。


     ◇


宿へ戻ったレグルスは、扉を閉めるなり壁に背を預けた。

体が重い。

魔力による身体強化は便利だ。

だが、慣れていないせいか消耗が大きい。

特に、魔力量が少ないのか風刃(ウインドカッター)纏風舞踏(ウインドステップ)魔法を続けて使った後は、体の中を空っぽにされたような感覚が残る。


『座ってください。傷を確認します』


「だから本がどうやって確認するんだよ」


『あなたが見て、私に説明してください』


「結局俺じゃないか」

文句を言いながらも、レグルスは服を脱いだ。

肩の傷は浅い。

頬もかすり傷程度。

腹や足には打撲があるが、動けないほどではない。

備え付けの水差しと布で血を拭う。

生活魔法で水を温め、布を湿らせる。

獅子宮で得た生活魔法は地味だ。

だが、こういう時ほどありがたい。


「……便利だな、これ」


『戦闘能力だけが成長ではありません。生き残るための力もまた、重要です』


「正論だな」

レグルスは苦笑した。


その後、椅子に座り、机の上にセレスを置く。

宿の部屋は狭いが、清潔だった。

木製の机、簡素な寝台、小さな窓。


王都の宿にしては安い部屋だが、ベルグラードの自室に比べれば十分整っている。

窓の外には、夜の王都が見えた。美しい。

だが、その美しさの裏で、誰かが糸を引いている。


「セレス。俺は今日、ちゃんと戦えてたか」

ふと、そんな言葉が出た。

セレスは少し黙った。

それから、いつもの落ち着いた声で答える。


『はい。少なくとも、初めてあった時のあなたなら死んでいました』


「はっきり言うな」


『事実です』


「まあ、そうだな」

レグルスは自分の手を見る。

刀を握っていた手。

何度も震えた手。

けれど今日は、最後まで離さなかった。


『弾く技術は実戦で通用しました。突きも、相手を制するには十分でした』


「風魔法は?」


風刃(ウインドカッター)は未熟です。掌から放つ形は成功しましたが、精度も威力もまだ安定していません』


「だよな」


纏風舞踏(ウインドステップ)も、移動補助としては機能しました。ですが、維持時間は短く、魔力消費も大きい』


「獅牙突は?」


『威力は十分です』


「お」


『ですが、着地が雑です。姿勢も崩れました。実戦で何度も使えば、そのうち自滅します』


「褒めてから落とすなよ」


『事実です』


「本当に容赦ないな、お前」


『優秀な本ですので』

その言い方があまりに堂々としていて、レグルスは少し笑った。

だが、笑いはすぐに消える。


「問題は、誰が俺たちを狙ったかだ」


『はい』


「王都に入ってすぐだ。偶然じゃない。入城者の情報を見られる立場か、ギルドか、門か、宿か……」


『あるいは、王都に入る前から見られていた可能性もあります』


「嫌なこと言うなよ」


『可能性の話です』


レグルスは深く息を吐いた。

考えても、今は材料が少ない。

分かっているのは一つ。

王都ヴァレンシュタインは、ただ姉に会いに来るだけの場所ではなくなった。

何かがいる。

セレスを知り、契約者を探し、まだ姿を見せない何かが。


『レグルス。明日はどうしますか』


「予定通り、姉さんに会いに行く」


『危険かもしれません』


「だからこそだ。姉さんなら、王都のことも学園のことも知ってる。俺一人で考えるより早い」


『巻き込むことになります』


「もう王都に来た時点で、巻き込まれてるだろ」

レグルスは立ち上がり、窓の外を見た。

王都の灯りは美しい。

けれど今は、その灯りの一つ一つが誰かの目に見えた。


「それに」

レグルスは小さく笑う。


「姉さんに隠し事しても、だいたい三秒でばれる」


『優秀な方なのですね』


「優秀すぎて面倒な人だよ」

そう言いながらも、声には少しだけ懐かしさが滲んだ。


姉。

魔法の天才。

王都で名を上げた、クレハルト家の才女。

兄とは違う。

父とも、祖父とも違う。

レグルスが刀で迷い、家の中で肩身の狭さを感じていた頃にも、姉だけは時々、何も言わずに稽古場へ水を持ってきてくれた。

その姉が今、王都にいる。


『レグルス』


「ん?」


『今日の戦いで、一つだけ確かなことがあります』


「何だよ」


『あなたはもう、ただ守られるだけの弱者ではありません』

レグルスは何も言わなかった。

その言葉は、胸の奥に静かに落ちた。

強くなった。

まだまだ足りない。

それでも、確かに一歩進んだ、獅子宮で積み上げたものは、夢でも幻でもなかった。


「……明日だな」


『はい』


「明日、姉さんに会う。そして、この王都の裏側を少しずつ剥がす」


『慎重にお願いします』


「努力する」


『そこは断言してください』


「無理だな。俺だぞ」


『自覚があるなら改善してください』


「善処する」


『信用できません』


いつものやり取り。

だが、その軽さに救われた。

レグルスは寝台に腰を下ろし、刀を枕元に置いた。

窓の外で、王都の鐘が鳴る。

夜半を告げる音。

それはまるで、王都編の幕が本当に上がったことを告げる合図のようだった。

レグルスは目を閉じる。

暗闇の中で、今日弾いた刃の感触がまだ手に残っている。

そして、どこかで自分を見ている、誰かの気配。


王都ヴァレンシュタイン。

美しく、巨大で、底の見えない街。

その夜は静かに深まり、レグルス・クレハルトの知らない場所で、すでに次の糸が結ばれ始めていた。


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