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星すら斬るまで、俺は振り続ける  作者:
第二章 王都、暗躍する影
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22/29

第22話 魔導列車と王都ヴァルエスト 前編

王都へ行く。

その言葉を口にしてから、レグルスの生活は少しだけ慌ただしくなった。

ベルグラードの街で過ごした時間は長い。

この街で依頼を受けた、この街で初めてゴブリンを討伐した。

この街でセレスと出会い、黄道十二宮と契約し、獅子宮へ足を踏み入れた。

思い返せば、ほんの少し前までの自分は、ただ燻っているだけの冒険者だった。

兄や姉と比べられ、刀を扱い切れず、力も才能も足りないと自分で分かっていた。


それでも、振り続けた。

そして今、王都へ向かおうとしている。


「不思議なものだな」

部屋の中で荷物をまとめながら、レグルスはぽつりと呟いた。


「何が?」

腰のベルトに固定されたセレスが問い返す。


「少し前まで、王都なんて自分には関係ない場所だと思ってた」


「今は違うの?」


「少なくとも、行ってみようとは思ってる」


「ならば十分ね」

セレスの声は落ち着いていた。


「人は、足を向けた場所にしか辿り着けないのよ」


「それ、誰かの言葉か?」


「私の言葉よ」


「自信満々だな」


「当然ね。良い言葉でしょう?」

少し誇らしげな声音に、レグルスは苦笑する。

最近のセレスは、以前よりもわずかに感情が表に出るようになった。


怒る、拗ねる、笑う、時々、礼を言う。

もちろん本人は認めないだろうが、レグルスには分かる。

ただの知識体ではなくなってきている。

いや、最初からそうだったのかもしれない。

こちらが気付いていなかっただけで。


「荷物はそれだけ?」


「ああ。余計なものを持っていっても邪魔になる」

着替え、最低限の保存食、刀の手入れ道具、ギルドの依頼で稼いだ金、冒険者証。

そして腰にはセレス。


「お前は荷物に入れなくていいのか?」


「あなた怒るわよ、二度とそのような扱いをするんじゃないわ」


「冗談だ」


「冗談に聞こえなかった」

セレスが不満そうに言う。

その反応に、レグルスは少しだけ安心した。

王都へ行くことに不安がないと言えば嘘になる。


だが、一人ではない。

そう思えるだけで、胸の奥の重さは少し軽くなった。


翌朝。

レグルスはギルドへ向かった、まだ朝早い時間だというのに、ギルドの中はいつも通り人の声で満ちていた。


依頼掲示板の前で腕を組む冒険者。

報酬を受け取る者。

酒場の方で朝食をかき込む者。

その中を抜け、受付へ向かう。


黒髪の受付嬢がレグルスに気付き、少し驚いたように目を開いた。


「レグルスさん」


「あ、おはようございます」


「今日、出発ですか?」


「ああ。魔導列車で王都まで行くつもりです」


「片道八時間ほどですね」


「長いですね」


「でも徒歩や馬車に比べれば、ずっと早いですから」

受付嬢はそう言って、少し寂しそうに笑った。


「王都ヴァルエストは、ベルグラードとは比べものにならないほど大きいです。人も多いですし、ギルドもこちらとは規模が違います」


「……やっぱり不安になってきましたね」


「ふふ。レグルスさんなら大丈夫です」


「そう思う根拠はなんです?」


ミリアは真っ直ぐにレグルスを見る。


「二週間前と今では、立ち姿が違います」


「立ち姿?」


「はい。以前は、どこか焦っているように見えました。でも今は違います。落ち着いています」


そんなことを言われるとは思っていなかった。

レグルスは頬を掻く。


「受付嬢って、そんなところまで見ているんですか?」


「見ますよ。冒険者の状態を見るのも仕事ですから」


「少し怖いですね」


「失礼ですね」

受付嬢が少しだけ笑う、そして、小さな封筒を差し出した。


「これは?」


「王都ギルドへの紹介状です。絶対に必要というわけではありませんが、持っておけば手続きが少し楽になると思います」


「助かる」


「向こうでは無理をしないでくださいね」


「努力はしますよ」


「そこは、はい、って言うところです」


「善処します」

そのやり取りに、レグルスも笑った。


ベルグラードのギルド、最初は居心地が悪かった。


だが今は違う。

この場所にも確かに、自分の足跡が残っている。


「行ってきます。またいつか」


「はい。いってらっしゃい、レグルスさん」

その言葉を背に、レグルスはギルドを出た、向かう先は、ベルグラード駅。

魔導列車が発着する石造りの駅舎だ。

ベルグラードの駅は王都ほど大きくはない。

それでも、地方都市としては十分に立派だった。


石の柱。

大きな時計。

線路の上にかかる鉄骨の屋根。

ホームには旅人や商人、王都へ向かう学生らしき者たちが集まっていた。

やがて、低い振動が足元から伝わってくる。

遠くから黒い車体が近付いてきた。

先頭部には魔導炉が組み込まれており、淡い青白い光が脈打っている。

蒸気機関とは違う。

燃える石炭ではなく、魔力を循環させることで車輪を動かす巨大な魔導具。

それが魔導列車だった。


「……でかいな」


「これほど大きな魔導具が民間で使われているとはね」

セレスの声に、わずかな興味が混じる。


「珍しいのか?」


「私が知る時代には、これほど安定した大型魔導機構は一般化していなかったのよ」


「へぇ。お前でも知らないことがあるんだな」


「あるわ」

珍しく素直だった。


「だからいろんなもの見て学んでいるの」


「本当に知識欲の塊だな」


「知識を深めることは決して悪いことではないわ」


「褒めてるんだよ」


「ならいいわ」

列車の扉が開く。

レグルスは切符を確認し、指定された車両へ乗り込んだ。

中は想像していたよりも快適だった。

布張りの座席、木目の壁、窓には透明なガラス。

天井には小さな魔導灯が等間隔で並び、柔らかい光を落としている。

席へ腰を下ろすと、セレスが小さく息をつくような声を漏らした。


「揺れるわね」


「まだ動いてないぞ」


「人が多いからいろんな気配がするわ。少し落ち着かないのよ」


「本なのに繊細だな」


「わたしはいつも繊細よ」


「初耳だ」


やがて発車を告げる鐘が鳴った。

短い振動、車輪が軋む音、魔導炉の低い唸り。

列車はゆっくりと動き出す。

窓の外で、ベルグラードの街並みが後ろへ流れていく。


ギルドのある通り。

市場、屋根の低い家々、よく歩いた道。

すべてが少しずつ遠ざかっていく。

レグルスは窓の外を見つめたまま、しばらく黙っていた。


「寂しいの?」

セレスが優しげな口調で静かに問う。


「少しな」


「戻れないわけではないではないわ」


「分かってる」


「ならいいの」


少し間が空いた。


「だが、寂しいと思える場所があるのは人として悪くないかもね」


レグルスは目を瞬かせた。

セレスの声は、いつものように理屈だけではなかった。

どこか柔らかい。


「……お前、たまに良いこと言うよな」


「たまにとは何よ」



列車は町を抜け、草原へ出た。

速度は速すぎないが馬車よりは遥かに速い、景色がゆっくりと横へ流れていく。

だが、風景を眺める余裕はある。

遠くに森、畑、小さな村、川に架かる石橋。

昼に近付く頃、車内販売の女性が小さな台車を押して通路を進んできた。


「軽食と飲み物はいかがですか」


レグルスは硬貨を出し、パンと温かい茶を買った。

パンには燻製肉と野菜が挟まれている。

簡単なものだが、列車で食べると妙に美味く感じた。


「また食べているの」


「腹が減るんだよ」


「私には分からない感覚ね」


「羨ましいか?」


「……少しだけ」

小さな声だった。

レグルスはパンをかじる手を止める。


「珍しいな。素直に認めるなんて」


「今のは忘れて」


「無理だな」


「忘れて」


「王都で美味いものを見つけたら、感想くらいは聞かせてやるよ」


「.....感想だけ」


「食えないからな」


「不公平ね」

セレスの声が少しだけ拗ねていた。

その拗ね方が妙に人間らしくて、レグルスはまた笑ってしまう。


列車の旅は長かった。

だが退屈ではなかった。

景色は少しずつ変わっていく。

草原が広がり、丘陵地帯を抜け、遠くに王都へ続く街道が見え始める。

途中の駅では商人が乗り、兵士が降り、学生らしき一団が楽しそうに会話していた。

王都の魔術学園へ向かうのだろうか。

その言葉を耳にした時、レグルスはふと姉のことを思い出した。


姉は王都にいる。

魔法の才能に恵まれ、騎士剣も扱える、家族の中でも特別な存在。

昔から、姉は眩しかった。

兄とは違う。

姉はレグルスを馬鹿にしなかった。

けれど、その優しさすら、時に苦しかった。


「姉さん、元気にしてるかな」


「会うつもりなの?」


「まだ分からない」


「なぜ?」


「今会ったら、何を言えばいいか分からない」


「強くなった、と胸を張って言えばいい」


「自分で言うものじゃないだろ」


「では、私が言ってもいいのよ」


「やめろ。絶対やめろ」


「なぜ。私は客観的に評価できるわ」


「それが一番恥ずかしいんだよ」


セレスが不思議そうに沈黙する。

本当に分かっていないらしい。

窓の外はやがて夕暮れに染まり始めた、空が橙色から深い藍へ変わっていく。

列車の中の魔導灯が少し明るさを増した。


そして、発車からおよそ八時間。

車内に到着を知らせる声が響いた。


「まもなく、王都ヴァルエスト。王都ヴァルエストに到着いたします」


その瞬間、車内の空気がわずかに変わった。

旅人たちが荷物をまとめる。

商人が外套を整える、学生たちが窓へ顔を寄せる。

レグルスも窓の外を見た。

まず見えたのは、光だった夜の中に浮かぶ無数の魔導灯。

街道沿いに並ぶ白銀の灯り。

そして、その向こうに広がる巨大な都市の影。


街を守る城壁、塔、そして高く伸びる建物。

ベルグラードとは規模が違う。


列車はゆっくりと速度を落とし、巨大な駅舎へ滑り込んでいく。

王都中央駅。

石造りの柱が幾本も並び、その上には鉄骨とガラスで組まれた大きな屋根がかかっていた。

夜空を映すガラス。

白く輝く魔導灯。

いくつものホーム。

行き交う人々。

列車が完全に停止すると、レグルスはしばらく動けなかった。


「……これが王都か」


「想像以上ね」

セレスの声にも、わずかな驚きが混じっていた。


「お前でも驚くんだな」


「ふん.....驚いてなどいないわ」


「声が驚いてたぞ」


「気のせいよ、気のせい」

レグルスは荷物を持ち、列車を降りる。

ホームに足を踏み出した瞬間、空気が違うと感じた。


人の数、音の密度、魔力の流れ。すべてが濃い。

駅の構内は広く、天井が高かった。

石の床は磨かれ、魔導灯の光を鈍く反射している。

案内板には複数の路線名が並び、駅員が忙しなく人を誘導していた。

ベルグラードの駅が街の玄関なら、ここは都市そのものの心臓のようだった。


駅を出る。

夜風が頬を撫でた。

目の前に広がった光景に、レグルスは思わず息を呑む。


石畳の大通り。

両脇に並ぶ三階、四階、場所によっては五階建ての石造建築。

大きなガラス窓から漏れる灯り。

一定間隔で立つ魔導街灯。

魔導街灯は淡い白銀色の光を放ち、夜の街を柔らかく照らしていた。

馬車が石畳を鳴らして走る。

荷を積んだ小型の魔導運搬車が、低い音を立てながら通りを進む。

人々は夜だというのに多い。


商人、旅人、冒険者。

学園の制服らしき服を着た若者たち。


遠くには王城と思しき尖塔が、夜空へ突き刺さるようにそびえていた。

ここが、王国最大の都市。

王都ヴァルエスト。


ベルグラードとはまるで違う。

街が生きている。

巨大な獣のように、魔力と人の熱で脈打っている。


「すごいな」

それ以外の言葉が出なかった。


「雰囲気に飲まれないようにしなさい」

セレスが静かに言う。


「大きな街ほど、人は自分を小さく感じるの」


「経験談か?」


「記憶」


「そうか」


「だが、あなたはここへ来たの。なら堂々としていなさい」


「簡単に言うなよ」


「簡単ではないから言っているの」


レグルスは小さく息を吐く。

確かに圧倒された、だが、足は震えていない。

胸の奥には、不安よりも熱があった。


まだ見ぬ強者。

まだ見ぬ技術。

まだ見ぬ世界。


ここには、それがある。


「まずは宿だな」


「そうね。野宿は勧めない」


「王都で野宿はさすがに嫌だ」


「私も嫌よ」


「本なのに?」


「本だからよ。紙質に湿気は敵よ」


「現実的だな」


駅前の案内板を確認し、レグルスは宿屋の多い区画へ向かう。

大通りは明るい。

しかし、少し横道へ入ると空気は変わった。

石畳はそのままだが、魔導街灯の数が減る。

店の灯りも少ない、建物の影が道に落ち、夜が少しだけ濃くなる。

宿を探して歩いていると、セレスがふと声を低くした。


「レグルス」


「どうした」


「右の路地」


レグルスは足を止める。

耳を澄ませた。

かすかな物音、布が擦れる音、誰かが息を潜める気配。

ただの酔客ではない。

レグルスの手が自然と刀の柄に伸びる。


「……王都ってのは、到着初日から歓迎が激しいんだな」


「呑気なことを言っている場合」


「言ってないと緊張する」


「なら許すわ」


路地の奥。

魔導街灯の光が届かない暗がりで、何かが動いた。

そして。

低い声が聞こえた。


「……対象を確認」


レグルスの背筋に冷たいものが走る。

ただの強盗ではない、明確に、こちらを見ている。

こちらを狙っている。


王都ヴァルエスト。

その華やかな光の裏側で。

まだ名も知らぬ何かが、静かに牙を剥こうとしていた。


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